ニ番目アリス 薔薇と拳銃
ひどく、がらんとした場所。
気が付くと、そこに、佇んでいた。
何だか……脳裏まで、がらんと、真っ白だ。
ココは………どこだろう………?
………ぼく………は………?
ふと、がらんとした思考回路に、何か、白いモノが、はねた。
………白いモノ………
……そうだ……………
僕は、白いモノを追いかけていた………
揺れている……金色の………懐中時計……
そう………あれは、ウサギ。
懐中時計を持った、白ウサギ………
……それなら、僕は、アリス?
真っ白い脳裏は、花でも、咲いたように、輝きだした。
そうだ。僕は、アリス。
ほっとした瞬間に、じわじわと、何かが、せりあがってきた。
青く、蠢くもの。
アリスは、わなわなと口を開くやいなや、歌いだした。
その歌自体も、わなわなと、蠢いていて、そして、実際に、アリスの周りに、何かが、蠢きながら、生えてきたのだ。
生えてきた、それは、大きな木となって、目を開くように、青白い薔薇の花を咲かせた。
そして、青白い薔薇の花は、咲くや否や、なくように、歌いだしたのだ。
「赤じゃない。赤じゃない。赤くなりたいのに、赤くなれない」
「赤じゃない。赤じゃない。赤だったはずなのに、赤くない」
「赤じゃない。赤じゃない。赤じゃないと、きられちゃう」
その歌は、アリスの歌に、あわせる気がないどころか、木同士でも、薔薇の花同士でも、合わせる気が、全くない、てんでばらばらの不協和音だった。
その嵐のような中を、アリスのマフラーは、指揮をするように棚引き、棚引いているうちに、そこに、何かが、現れ出したのだ。
そして、それは、だんだんと、濃くなり、線となり、穴となり、楽譜となった。
楽譜は、棚引いているうちに、はらりと、マフラーから、はなれ、落ち葉のように、空を舞った。
それでも、マフラーは、なおも、棚引きながら、伸びていった。
そして、はしから、楽譜になって、空を舞っていくのだ。
歌が、あふれるごとに、木が生え、薔薇の花が咲き、マフラーが、はしから、楽譜になって、舞い飛び、歌う声が、増えていった。
耳がおかしくなりそうな歌の洪水の中、アリスは、憑かれたように、歌い続けた。不思議なことに、その声がかれることはなかった。
そのうちに、蠢いているのは、薔薇の花とマフラーと楽譜だけではなくなった。
どこから、はい出てきたのか、わいてきたのか、おかしな動物や、人々が、アリスたちの歌に酔っているのだった。
聞き惚れるモノたちに、応えるように、アリスの歌は、ますます、わなわなと蠢いた。
青白い薔薇も、また、いっそう、赤じゃないと、歌うのだった。
「赤じゃない。赤じゃない。赤くなりたいのに、赤くなれない」
「赤じゃない。赤じゃない。赤だったはずなのに、赤くない」
「赤じゃない。赤じゃない。赤じゃないと、きられちゃう」
その歌に乗せられたのか、何者かが、赤いペンキで、その青白い薔薇を、染めようとした時だった。
その何者かを、押しのけて、薔薇の木をかきわけて、誰かが、アリスの前に、立ったのだ。
大きな帽子を、目深にかぶった彼は、銃を構えていた。
アリスは、初めて、歌うのをやめて、青い目を大きく、見開いた。
帽子をかぶった、その姿が、膨れ上がり、いつの間にか、アリスに、いや、青い髪の青年に向かって、銃を構えていたのは、赤い髪の青年になっていた。
「アカイトっ!! 今度こそ、僕を撃てッ!! お前になら、殺されてもいい!!」
青い髪の青年が、歌うように吠えて、抱擁を、待つように、両手を広げた。
銃が、悲鳴を上げるようになった。
そして、青い髪の青年は、胸に、真っ赤な花を、咲かせて、ちに横たわった。
倒れたはずなのに、そのさまは、自らの意思で、横たわったように、穏やかだった。
「彼は、貴方を、激しく、憎んでいたけど、愛してもいたんだ」
青い髪の青年の脇に、いたむように、進み出て、彼は、値札のついた帽子をかぶった、帽子屋は言った。
「うん。わかってる………こんな、できそこないの歌ばっか、歌うばかりの、役立たずなのにね………」
青い髪の青年は、そう言って、泣きそうに、笑った。
「これで、同じところに……逝けるかな………」
自分の胸に咲いた、赤い薔薇を、愛しそうに、見つめて、言った。
「アカイト………怒りそう………だけど……」
そう言って、カイトは、笑ったまま、目を瞑った。
「残念ながら、その花言葉と同じだよ」
帽子屋は、薔薇を撫でて、そう言った。
その薔薇は、先ほどまで、真っ赤だった薔薇は、今や、真っ青だった。
そして、青い薔薇は、今や、青い髪の青年ではなく、一枚のトランプから、生えていた。
青い髪の青年と赤い髪の青年が、お互いの耳に、銃を構え合う絵のトランプに。
構え合っているのに、二人の顔は、ゲームでもしているように、笑顔だった。
帽子屋は、帽子を脱ぐと、秘密を守るように、その大きな帽子で、青い薔薇ごと、トランプを隠した。
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