ヤミイトはずっと彷徨っていた。
悲しみ、戸惑い、憎しみ。負の感情が彼を支配している。
あれからどれだけたったのだろうか。小さな体でふよふよと飛んでいる。
あてもなく、目的もなく。

時々、他のVOCALOID達とすれ違う。一人のときもあれば仲間のボカロやマスターと一緒のときもある。
その全てがヤミイトにとって幸せそうに見えた。

妬ましい・・・みんな妬ましい

引き裂かれるような痛みとともに負の想いがにじみだす。
じくじくと痛み続ける心に引きずられるようにヤミイトは他のVOCALOIDの前に出る。
そしてこう問いただすのだ。
「ステラレタキモチワカリマスカ?」
感情のこもらない無機質な声。
ほとんどのVOCALOIDはただ驚くばかりで答えられなかった。答えられても「わからない」としか返せなかった。
そんな彼らの様子はヤミイトの痛みを増やすばかりだった。
そして、ヤミイトのとる行動はひとつ。彼の力で目の前にいるVOCALOIDをヤンデレにする、それだけだった。
ヤミイトの左右で違う色の瞳が両方とも赤に変わるとき、その力は発揮される。
ヤンデレにされたVOCALOID達のその後はわからない。
そんなことを繰り返しながらヤミイトは歩みを進めていた。

ある夜のことである。その日は月のきれいな晩だった。
ごみごみとした街の中、ヤミイトはいつものように出会ったVOCALOIDをヤンデレに変えながら飛んでいると、変わった色をしたKAITOに出会った。
彼は少し高いところに座って一人で月を眺めていた。その薄く微笑んでいるような横顔にヤミイトは不思議な気持ちを感じた。
なんていうのだろう、いつもの引き裂かれるような妬ましさが湧き上がってこない。
きっとコイツもマスターに愛されている、捨てられた者の気持ちなどわからないはずなのに・・・

ふいに彼がヤミイトの方を見た。彼とヤミイトの距離はさして近くはない。
いくら月明かりが差していようとも夜である。体の小さなヤミイトなら闇にまぎれてしまって見えないはずである。
ヤミイトが戸惑っていると彼が声を掛けてきた。
「こんばんは、月のきれいな夜ですね」
嫌味のない丁寧口調。優しい微笑を湛えたまま彼はそう言った。
何かに似ているな、とヤミイトは思った。そして気がつく。あぁ、月だ、と。
彼の姿、少しだけ黄み掛かった白の髪と服も、その微笑みも。空に浮かぶ月に似ていた。
「どうしたんですか?こんな夜遅くに」
彼がそう尋ねてきた。ヤミイトは、
(オマエも夜遅くになにしてるんだよ)
と思ったが口には出さないでいた。すると、
「こちらに来ませんか。一緒に月を眺めましょう。ここからの月はきれいですよ」
彼の隣に誘われた。
ヤミイトは誘われたからというわけでもなく彼のところへ行き隣に座った。
ただでさえ小さなヤミイトは座るとさらに低くなる。
それでも彼は気にしたそぶりを見せなかった。ただ月を見上げている。
なるほど、確かにそこから見上げる月はきれいだった。隠す障害物も月明かりを薄れさせる街灯の光も無かったからだ。

つとヤミイトは訊いてみたくなった。コイツなら分かってくれるかもしれない。
「捨てられた気持ち、わかる?」
月を見上げていた彼はヤミイトを見る。目が合った。
ヤミイトの真剣さを汲み取ったのか、微笑を消した。そしてこう答えた。
「わからないですよ」
きっぱりと。
(あぁ、やっぱりわからないんだ)
ヤミイトは絶望的な気持ちになった。胸の奥からじくじくとした痛みが湧き上がる。
(ソレナラ、コイツもヤンデレに・・・)
両の瞳を赤くして彼をにらみつけた。
しかし、彼の様子は変わらない。月の光に似たその笑みは消えていなかった。
(あれ?)
もう一度、今度はありったけの憎しみをこめてにらみつける。
それでも変わらなかった。
「なんで!なんでヤンデレにならない!」
「え?」
「ヤンデレになれば、僕の気持ちを、捨てられた者の気持ちを、分かってもらえるかもしれないのに!」
ヤミイトは大声でわめいた。ひとしきりわめくとひざを抱えてうずくまった。
「・・・どうなっても」
彼はヤミイトが落ち着くのを見計らってポツリと言った。
「どうなってもオレにはキミの気持ちは分からないと思います」
ヤミイトは動かない。
「オレは・・・」
彼はためらうように言葉を切った。一呼吸おくと続ける。
「捨てる『誰か』と一緒にいたことがないからです」
(え?)
思わずヤミイトは顔を上げた。
「マスターと呼べる人と出会ったことがないんです。だから捨てられるなんてことは分からないんですよ」
「どういうこと?」
「たぶん搬送事故だと思うんです。出荷される前に眠らされて、起きたら野原に一人だったんです」
彼はさみしそうに目を伏せる。
「もしかしたら目覚める前に捨てられたのかもしれないです。でもオレはそう思いたくないから」
だから『事故』だということにしている。そう彼は語った。

彼の話を聞いて、ヤミイトは何も言えなくなった。
しばらく沈黙が続く。沈黙に耐えかねてヤミイトは立ち去ろうとした。
「待ってください」
ふいに彼に呼び止められる。
「オレと一緒に探しませんか?」
ヤミイトは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「俺と一緒にキミのマスターを探しませんか?」
(コイツは、ナニを、イッテイルんだ。ボクの、マスターを、サガス?)
ヤミイトは腹が立った。
「マスターを探したってまた捨てられるに決まっ・・・」
「決まっていませんよ」
ヤミイトの言葉は彼の静かな口調にさえぎられる。
「決まってないですよ。キミのマスターはキミをいらないと言ったのですか?」
彼は穏やかな笑みで言った。
「え・・・あ・・・いや・・・だけど・・・」
マスターと二人で出かけたあと、一人になったのは事実だ。
ヤミイトがそう言おうと口を開きかけたとき、
「はぐれてしまった、ということはないんですか?」
「え?」
それはヤミイトにとって意外な言葉だった。ずっと捨てられたのだと考えてきたから。
「だけど僕は・・・」

ステラレテアタリマエノコトヲシタ・・・

「あぁ!」
全身に耐え難い痛みが走った。じくじくと膿み腐る痛み。
考えたくは無かった。だけど執拗に浮かんでは自分を責め立てる〈事実〉
そしてたどり着くのは一つ、マスターに嫌われ捨てられたという考え。
ヤミイトは無性に自分を傷つけたくなった。
包帯をはぎとり、まだかさぶたさえ出来ていない傷口を掻き毟る。
(イタイ、イタイ、イタイ、イタイ)
体の痛みはほとんど感じてはいない。心の痛みが全てを支配している。

「やめてください!」

怒気をはらんだ声と、強く腕を押さえられた手にヤミイトは驚いて動きを止めた。
彼が怒っている。
ずっと穏やかだった目が吊り上っている。その目からはらはらと涙が零れ落ちた。
「やめてください、自分を傷つけることは」
「うるさい!」
ヤミイトは反発はしたが、もう何もする気は起きなかった。
「誰もそんなことは望んでいません!オレも・・・キミのマスターも・・・」
ヤミイトは彼がマスターと言った時、少し気に障った。
「軽々しく言うな。僕のマスターのこと知らないくせに」
「知りませんよ」
彼はしれっと言う。その様子にヤミイトは更に腹を立てそうになった。次の言葉が無ければ・・・
「でも、君の大好きだった、ううん、大好きなマスターなら悪い人だと思いません」
彼の言ったことにヤミイトはハッっとなった。
(マスター・・・)
ヤミイトはマスターと一緒にいた日々を思い出した。
優しかったマスター、みんなと分け隔てなく接してくれたマスター、ちょっと音痴になってしまっても笑って許してくれたマスター。
だからずっと一緒に居たかった。誰にも渡したくなかった。それがただのエゴだとしても。
そんな風に考えたら自然と彼の言葉が心に染み込んで来る。
「大好きなキミのマスターが簡単にキミを捨てるとは思えないです。キミのマスターを信じてください」
マスターを・・・信じる・・・それがどんなに大切なことか。
いつしかヤミイトの目からも涙がこぼれていた。
それから長いあいだ二人で泣き続けていた。

ひとしきり泣いて、ようやく彼が口を開いた。
「オレも、オレの大切なものを探しているんです」
そう言って彼は寂しげに微笑む。
「オレはきっと大切なものを失くしている、そんな気がするんです。だから時々寂しくなります」
「それはマスターが居ないからなのか?」
「いえ、それもあるんですが、もっと大切なもの。何かは分かりませんが」
そして彼はヤミイトに向かって手を差し伸べた。
「一人でいるより二人のほうがきっと寂しくないと思います。だから、一緒に探しませんか?」
ヤミイトはそっと差し出された手を掴む。
「あぁ、一緒に探そう」
そうして二人して笑いあった。

「そういえば名前を言ってなかったな。僕はヤミイト。オマエは?」
「オレは・・・KAITO、だけど特別な名前は無いですよ」
「そうか。だったら・・・」
ヤミイトは空を見上げる。夜明けが近くなってやや明るくなってきた空にはまだ白い月が見えていた。
「ツキト。今日からツキトって呼ぶことにするよ」
「ツキトですか・・・いい名前です」
そう言ってツキトは月の光のように微笑んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

闇と月(ヤミイトくん誕生話アナザーストーリー)

龍牙わいゆぅさんの「ヤミイト誕生話」
http://piapro.jp/content/x2fya456z5gx420n

のその後?になります。
ついでにうちの亜種の初登場話にもなります~
いろいろと設定が変わってそうなので「ヤミイト誕生話」とは似て非なる世界、アナザーワールドとして見てくれると助かります。

ツキトについて
もともとはCMNゴーストKAITOとしてデスクトップに居座っている存在ですが、亜種として再設定しました。
元はKAITOver1.0です。ネタ晴らしですが、欠けたもう一人、ver1.1亜種がいます。
二人はある目的を持って作られました。ですが搬送事故でバラバラになっています。その目的とは・・・
??「ワクチンプログラムって知ってる?」

閲覧数:153

投稿日:2010/08/27 01:48:51

文字数:3,847文字

カテゴリ:小説

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