その双眸は黒曜石のように美しく、その髪は漆の如き深い黒を湛え、月光に映える肌は少女の儚さと清廉された美しさを醸し出している。
森の闇に溶け込む黒を持つ少女を、人々はこう呼ぶ。
夜に愛された娘、と。
何にも染まらない色は黒色だろう。
何ものでも思考を断ち切ってしまいたい時は、己の周りを黒で塗りつぶしてしまうものだ。
そして、何も考えない。外界からの情報を全て断ち切り、己の世界へと閉じこもる。
逃げる場所がないからこそ、人は最も簡単な黒に逃げ込むのだ。
少女もそう。
夜に愛された少女は、ただ、夜を眺めているだけだった。
蝶のような舞を踊るのでもなく、小鳥のさえずりのような声を披露するのでもなく。
ただ、世界に広がる夜の時間をただ眺め、日々起こる事象を傍観するだけの。
ただの、夜にとりつかれたような人形。
ある日人は問うた。
それでいいのかと。
すると少女は血色の良い唇を少しだけ動かして。
『王は私のものだから』
と、笑みを湛えるのでもなく、悲しむ様子もなく。ただ、淡々と少女はそう述べた。
夜の王。夜の闇に住まう王。
人々は少女を≪夜に愛された娘≫と言う。
けれど、それは違う。
一方的な愛ではない。
双方が愛し合っていた。
王と人は相容れない。けれど、夜のように何も染まらぬ黒を持つ二人ならば。
交わることもないのでは、と。二人は、そう考えた。
それならば愛が伝わることもない、理解しあうことも。
ただ、≪愛している≫ということを知っているだけ。
それでいいのだと少女は言う。
そのままでいいのだと夜の王は言う。
二人とも、表情に何もうつさず、そう言った。
普通ではない。それは二人とも分かっていた。
夜の中に輝く月も星も。夜に住まう生き物も、植物も。皆が美しい。
そして、何の混じりけがない黒は、夜よりも美しい。
色褪せぬものがその色にはあった。
それこそが人を惹きつけた。
けれど。
老いぬものは自然界からしてみれば異常なものであり、その異常を、人は、生き物は。
恐ろしいと考える。
ある時、人々は少女に告げた。
夜の王を殺しましょう。貴方は王に惑わされているだけです。
耳を傾けた少女はゆるく首を振る。
違うと少女は言うのだ。
惑わされても幻想にとりつかれているわけでもない。
ただ、純粋に少女が夜の王を愛しているだけなのだと。
一度決めたことを人は中々覆さない。
人々の中では夜の王は異端の王。
そして、その異端の王を愛した少女もまた、異端の徒だと。
少女は人々から批難を浴びた。
精神にも肉体にも人々の手は及んだ。
だけれど、少女が傷つくことはなかった。
すべて、夜の王がいるからこそ。
少女が人々の批難から耐えるのは夜の王がいるから。
人々が少女を異端と叫ぶのは夜の王がいるから。
少女が夜の王を愛してしまうのは、夜の王がいるから。
そして、夜の王は姿を消した。
全て全て、己のせいだと言って。
愛した人の娘の前から姿を消した。
「どうして」
人々の批難から逃れた少女は呟いた。
水の中に音を零したように静かに。
夜の王がいない夜に、そう言った。
答えは帰ってくるはずがなかった。
最早、夜の王はこの世界にいないのだから。
けれど、少女は言う。
「私も、共にいきたかった……」
弱々しく少女は言い、泣いた。
月光に照らされた滴が少女の頬を伝っている。
夜の王がいない夜に浮かぶ月が、ただ静かに少女を見つめている。
誰しもが知っている。
王と人が愛し合うことはできないと。
王と人が共に生きることはできないと。
──夜の王と少女は互いを愛していた、と。
終
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