報告を受けた小競り合いは、大したことではなさそうだった。
二人の足が現場にたどり着く頃には、騒ぎの原因らしき兵士たちが、既にほとぼりも覚めて小さくなっていた。
騒ぎの内容が兵士同士のただの喧嘩なら、ミクが首を突っ込むような話ではない。
レオンが当事者の兵士たちを前に責任者と思しき上官から話を聞いているのを、邪魔にならぬよう少し離れた端に下がり、大人しく話の終わるのを待つことにした。
手持ち無沙汰も手伝って辺りを眺めれば、遠巻きに人垣が出来ていた。騒ぎが気になってというよりは、国王が城下へ降りてきていることを聞きつけて、その姿を一目見ようと集まってきた人たちのようだった。
こんな国王まで担ぎ出す大事になって、当の兵士たちもさぞ懲りたことだろう。
杞憂の消えた気楽さから暢気なことを思いながら、集まった人の輪を眺めていると、その中の外套を纏った人影に目が止まった。
丈の長い黒衣。目深に被った帽子と立てた襟の陰になって、顔形は判別しがたい。
戦地となったこの場所では、別段、珍しい格好ではないが、間近に見える国王の姿に騒然としている周囲の喧騒から、切り離されたようなその静けさが気になり、何気なく視線でその姿を追う。
すると、その気配に気付いたように、黒衣の人影は深く顔を伏せ、人垣を外れるようにすり抜けた。
ミクは夫を振り返った。丁度、こちらを背にして話し込んでいる。まだ話は話は終わらないようだった。
さりげなく声を掛けるには今一歩遠い距離に迷い、もう一度人垣に目を向けると、外套の影はすぐ背後の路地へと消えて行くところだった。
レオンの後ろ姿を目の端に止めて、ミクはそっとその場を離れ、小さな路地の奥へと踏み込んだ。
狭い路地を駆け抜ける。
足元に纏わりつくドレスの裾をたくし上げ、曲がった路地の先に飛び込めば、追いかける影は更にその先の角を折れていく。
追えども追えども、僅かに見えるのは外套の端ばかり。
相手は既に追いかけてくるミクに気付いているのだろう。
初めは息を潜めながら後を追っていた足取りは、今はもう走らなければ追いつけないほどだ。
懸命に走りながら、馬鹿なことをしていると頭の奥で思う。
今は逃げている相手がこちらへ向かってきたなら、ミクが力で敵うはずもない。――それでも、今ここで、その姿を見失うわけにはいかなかった。
視界に丈の長い黒衣がひらめいた。
突然に足を緩めた逃亡者の先では、細い路の先が袋小路となって途切れていたのだ。
人影は後ろから追いかけてくるミクの姿をちらりと振り返ると、そのまま近くにある開けっ放しの扉のひとつへと姿を消した。
後から追いついたミクは、上がった息も整わぬまま扉の中を覗き込んだ。
暗い。
この辺りは、戦の本格化と共に、既に捨てられた一角なのだろう。通りにも、周囲の建物の中にも、人の住む気配はしていなかった。
見咎めるもののない建物の中を抜けてしまえば、そのまま別の通りへも逃れられるだろう。
ほんの一歩先に蟠る暗さに唾を呑み、意を決して扉を潜った。
闇に慣れぬ目で暗い室内を見回した途端、
「・・・動くな」
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短いですが、第22話、前編です。
何はともあれ行動派なミクレチア嬢。現実にドレスで追いかけっこなんかしたら、コルセットが食い込んで窒息するか骨折するか、ハイヒールが折れて倒れるんじゃないかと思いますが、そこは突っ込んじゃいけませんw
さくっと後編に続きます。
http://piapro.jp/content/b6zylqfuirlpnvv4
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