金庫の奥に古びた封筒が眠っていた。
誰の目にも触れず、長い年月だけを数え続けた一通の手紙。
差出人の名前はない。宛名だけが、少し震えた文字で書かれている。
「未来のあなたへ」
鍵を開ける音だけが静かな部屋に響く。
その音はかつて数え切れないほど開閉された金庫とは違い、どこか遠い記憶を呼び起こす合図のようだった。
私はその封を切らない。
読んでしまえば、そこに書かれている言葉は過去になる。
読まれないまま残るからこそ、その手紙は未来であり続ける。
人生にも、そんな約束がある気がしている。
伝えたかった言葉。
言えなかった感謝。
守れなかった約束。
誰にも届かなかった想いは消えてしまうのではなく、どこか静かな場所で眠り続けるのだろう。
金融という世界では数字や契約が信頼を形にする。
けれど人を動かすものは、最後には数字では測れないものだった。
「あの人なら大丈夫。」
その一言の重みは、どんな書類にも書き切れない。
私は長い年月の中で多くの決断を見てきた。
選ばれた道と選ばれなかった道。
交わされた約束と誰にも知られないまま終わった約束。
そのどれもが誰かの人生を静かに支えていた。
だから今日も金庫の奥に眠る手紙を思い出す。
開かれなかったからこそ、そこには無限の可能性が残されている。
人は未来を知るためではなく未来を信じるために歩いているのかもしれない。
いつか、その封筒を開ける日が来てもいい。
その時にはきっと、書かれている言葉ではなくここまで歩いてきた自分自身が答えになっている。
そして誰にも渡されなかった手紙は、ようやく役目を終え静かに風の中へ溶けていく。
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