『マスター! マスター! 聞こえますか!?』
そんな可愛らしい少女の声が聞こえ、俺は周囲を見渡した。
暗く黒い世界だ。
特に何も見当たらないが、空に幾つもの線が伸びている。規則的に並んだ緑色の線は縦、横、奥へと駆け巡っている。例えるならグリッド線。X軸、Y軸、Z軸を指し示すラインに似ている。それが何本も連なり、無機質な空間を演出している。
見たままに電脳フィールド、といった風景だ。
「ダイブなんて初めてしちまったけど……、本当に出来るもんなんだな……」
感想はそんなところだった。
聞くからに胡散臭いと思っていたが、体感してみるとなかなかに感慨深いものがあった。
「どーせなら、もっとエロい世界に飛び込みたかったけどな」
俺がそんなことを呟いた直後だった。
『ようやく見つけました! マスター! ようこそ電脳世界へ! 私と一緒に戦いましょう!』
俺の眼前でポリゴンが生成されてゆく。線と線が結び付き合い、面と面が繋がり合い、それが少女の姿へと変貌してゆく。
その姿は、実に可愛らしい少女だった。
まず目に付いたのは長い青髪を頭の上のほうで二つに結んだ巨大なツインテール。その髪を留めているのは赤いリボンだ。髪は膝辺りまで伸びていてあまりにも非現実的だ。二次元的といったほうが分かりやすいだろうか。青色の髪といい、現実世界ではコスプレ会場でしか見かけない造形だ。そして細い顎へ向かうのは黒いヘッドセット。その下には銀色っぽいノースリーブのシャツ。髪と同じく青いネクタイがその細い首元に巻かれている。手首から肘上までを覆う黒い腕袋。シャツから下へ視線を下ろすと、そこでは黒くて短いプリーツスカートがふわりとたなびき、その下に絶対領域と呼ばれる若干の太腿チラ見せスタイルからの黒ニーソックス(厳密にはサイハイソックスなんだろうけど)が、これまた少女らしい控えめな肉付きの脚部を覆っている。
見た目は一六歳くらいといったところだろうか。顔立ちは幼さが残るが、目鼻立ちは整っており、相当に美少女だった。その利発そうな眼差しは少女らしい服装と相まって相当に可愛らしい。
というかもうぶっちゃけてしまおう。ストライクだ。
「俺もようやく見つけたよ。生涯、添い遂げるに相応しい姫君ってやつをな……」
俺はそう言ってその少女の手を取った。
「あ、あの……マスター?」
少女はおっかなびっくりといった様子でされるがままになっている。
平常心に戻ったら、怒るだろうか……。
……ならば強引にッ!
この瞬間の隙を逃さずに、少女に抱きついてやろうかと腕を広げたところ、振り向いた少女の頭が突っ込んできた。
「そうでした! 大変ですマスター!」
ガツン!
大変なのはお前の石頭のほうだ。なんつー堅さだよ……。俺は鼻を押さえつつ蹲る。
少女のほうは微塵も痛くないらしく、はきはきと言葉を続けた。
「初めてのログインで勝手も分からないでしょうが、もうゲームが始まってしまいます! このミクが付いておりますので、どうにか今日の戦いを生き残りましょう!」
俺は状況も分からないまま流されつつあった。
「ミク……?」
何かの名前だろうか、と思って俺が問うと少女は頷いて朗らかに笑ってみせる。
「はい! 私、初音ミクと言います! 今日からよろしくお願いしますね、マスター!」
ミクがそう言うと、周囲の空間が揺らぎ始める。
何が何だか分からず、俺は思わずミクの腕を掴んでしまう。
「だいじょうぶですよ、マスター。ゲームが始まるだけですから」
そう言って、ミクが可愛らしいく笑うと、電脳空間は氷解し、視界はブラックアウトする。
俺は恐怖で身が竦んでいた。
「マスター! マスター! 目を開けてください! マスター!?」
少女にそう呼ばれ、俺はびっくりして目を開けた。
「……ここは……?」
辺りを見渡せば、そこはノイズだらけの空間だった。俺とミクの身体だけが綺麗に実体を保っている。
「今はロード中です。丁度良いので、ここでチュートリアルを進めておきたいんですけど、だいじょうぶですか……?」
ミクはそんなふうに言って、小首を傾げていた。なんだかそんな一挙手一投足まで実に可愛らしい。やばいな……。
「マスター? 本当にだいじょうぶですか? お体の具合が悪いんじゃあ……?」
「だいじょぶだいじょぶ! 君の魅力に酔い痴れていたのさ!」
勢い任せにそんなふうに返すと、ミクは急に顔をぼぅっ! と真っ赤に染めて俯いてしまう。
しばらくもごもごした後、ミクはどうにか言葉を捻り出した。
「え、あ、その……う~、……す、すみません……」
なんか謝られた。結構うぶな性格なんだろうか。
というかそろそろ気持ちも落ち着いてきたのか、今更になって様々な疑問が浮かび上がってくる。
そもそもこの少女はなんなのだろうか。そしてこの空間はなんなのだろうか。
ダイブしてしまったということは、俺は今、PCの中にいるということなんだろうが、残念ながら俺の持つ18禁ゲームの中にミクという少女は出てこない。
そこそこに二次元に詳しい俺だが、この初音ミクというキャラクターを、俺は知らないのだ。
……ここは本当に俺のPCの中なのか?
聞いた話ではダイブしてしまったとしても、知らない空間に連れて行かれるなどという話はなかったはずだ。
俺は本当にダイブしたのか?
そんな疑問すら浮かんでくる。
俺はダイブしたつもりになっているだけで、もっと特別な現象が起きているのではないだろうか。
それなら知らないキャラクターや知らない設定が出てきたとしてもおかしくはない。
おかしいとすれば、何故そんな空間に俺は連れて来られてしまったのか、ということだけだ。
「……なぁ、えっと、はつねさん……?」
相手がAIで動く二次元キャラなのか、あるいは二次元キャラのビジュアルを纏っただけの誰かなのか分からず、俺はとりあえずそんなふうに切り出してみた。
「……? ミク、で結構ですよ? マスター」
「ああ、じゃあ……ミク」
なんか照れるな……。女の子の名前を呼び捨てにしてるぞ、俺。リア充なう。
なんてことを考えているうちに、少しずつ動揺は収まってきた。
っていうかアレだな。出会い頭に抱きつこうとしたり、あと、他にもかなり軟派な挨拶をしてしまったりと、ひょっとして俺って、かなりヤバイ奴なんじゃないかな。いかんいかん。気を引き締めないと。
気持ちを切り替えるつもりで、コホンと咳をしつつ、俺は改めてミクに問いかけることにした。
「ここは何処なんだ? それと君は一体、何なんだ……?」
問うと、ミクは一瞬ぽかんとしたあと、再びにっこりと笑って説明を始めてくれた。
「ここは《バーサス・ボーカロイド》、正式には《VSV.net(ブイエスブイ・ドットネット)》と呼ばれるゲームの中です」
ゲーム。ミクはさきほどから何度かそんな言葉を発していた。しかし、だとすると疑問が残る。
「俺はどうしてこんなところにいる? 大体、俺はそんなゲーム持ってないんだぞ? どうして俺はそんなゲームの中にいるんだ?」
「それについては、今はちょっと説明できません。あとで必ず説明しますので……」
ミクはそう言って、俯いてしまう。長い前髪が彼女の表情を隠す。
そんな顔をされたら、何も聞けないだろうが。
「ごめんなさい、マスター。今説明できるのは、今現在、マスターは自宅のPC端末からネットワーク経由でVSVにアクセスしているということです。だからマスターがこのゲームを知らなくても、それは仕方がないことなんです」
なるほど。どうして俺がそんな空間にアクセスしているのかは分からないが、そういう状態ならば、今の状況は説明できる。正直、含むところがないわけではないが、話せないという以上は置いておく他ない。とりあえずは次の質問へ進むとしよう。
「……で、君は一体……?」
俺がミクへ視線を向けると、ミクはようやく顔を上げてくれた。その顔は一瞬、痛みを堪えるように歪んだが、すぐに微笑を作り出した。ちょっとぎこちない微苦笑ではあったが。
「……マスター。メニュー画面は開けますか?」
「メニュー……?」
俺が脳内でメニューという単語を思い浮かべると、ウェーブパッドが読み込んだのか、メニュー画面が表示された。ふぅん。少し疑問は残っていたが、ウェーブパッドが動作したということは、確かにゲーム空間にダイブしている、という状況で間違いはなさそうだ。
表示されたメニューにはミクと思われるキャラクターのステータス画面と、いくつかのタブが存在していた。
「マスター。スペックというタブは分かりますか?」
「ああ、これだな」
俺は言われた通りにタブを展開する。
すると一気に情報が表示される。
これは……、ミクのスペックだろうか。
「えっと、個体名《初音ミク》。身長158センチ。体重4……」
「きゃぁあああああああ!!」
俺の展開したタブを塞ぐように手を伸ばすミク。何だってんだ?
「どうかしたのか、ミク?」
「なななななな何言ってるんですか、マスター? 電子世界に体重なんてありませんよ?」
ミクがそう言うと、スペックの《体重》の項目にモザイクが掛かった。
視界エフェクトを掛けたらしい。すげーな。今時のゲームはAI側からそんなことまで出来るのか。
だが確かに見てしまった。
「おかしいな。今確かによんじゅう……」
その瞬間俺は次の句を告げられなくなった。
「マスター……」
ミクの形相がとんでもなく恐ろしいことになっていたからだ。
げぇッ! あの超絶美少女は何処へ!? 俺の夢を返して!
「……マスター? ……39キロですよね? ……ミクだけに39キロって言おうとしたんですよね? ……ねぇ? ……そうだって言えよ……ッ!」
「そうですそうです! ミクさんだけに39キロかなーって思っちゃっただけです。ミクさんホントに可愛い子なー! ミクさん可愛いよミクさん! ミクさん超天使! マイスウィートエンジェルミク!」
どうにかそこまで告げると、嵐は過ぎ去ったのか、ミクはくるっと表情を和らげる。
「あはっ! そうですよねー! もうマスターったら、正直者なんだからっ! もうっ!」
てかてかーっと明るい表情を見せるミク。どうにかご機嫌は回復したらしい。
俺は冷や汗を拭いながらも、中断した話を再開させることにした。
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