悪食娘コンチータ 第一章 王宮にて(パート7)
「落ち着いて、フレア。」
オルスがそう言いながら、フレアの透き通るような美しい腕を掴んだ場所は屋敷から飛び出して正門へと向かう前庭の中央、人型に彫刻された噴水が手にする壷口から、さんさんと暑気払いのための水分を放出している場所であった。
「離してよ馬鹿、変態!」
オルスに引きずられ、カモシカが飛び跳ねるような走りをとめたフレアは、オルスへときっ、と振り返えると、大げさに、そして心から嫌がるように、掴まれた右腕をぶんぶんと上下に振り動かした。
「変態・・。」
多少の衝撃を受けた様子で、オルスが肩を落とす。少し跳ね過ぎたらしい水滴が一滴、オルスの額にぽつんと落ちた。
「一人にさせてよ!あんたには関係ないでしょ!」
続けてそう叫んだフレアの言葉は最後、震えるままに毀れだしたような表現であった。そのまま、顔をくしゃくしゃに歪める。
「前は、前はあんなこと、言わなかったのに。美味しいって、褒めてくれたのに。」
殆ど、声にならない嗚咽に乗せるように、フレアはそう言いながら、空いている左手で目元を押さえつけた。そのまま、抑えた人差し指を頬へと向けて流す。噴水とは違う、悲しい水滴がぽろりと頬から毀れた。こんな時、どう言えばいいのか分からない。オルスは真一文字に唇を軽く噛みながら、ただ心痛という面持ちでフレアを眺めた。フレアはもう抵抗しない。ただ、力を失ったようにだらりと、右腕から力を抜いて、オルスに掴まれるままになっている。
「コンチータ男爵が亡くなってから、何もかも変わっちゃった。」
ぽつりと、フレアはそう言った。その間にも、涙が止まる気配がない。こんな時、グリスならばハンカチーフの一枚でも差し出したのだろうが、オルスにはそのような用意は勿論、心構えすらもできてはいなかった。ただ純朴な少年は、戦で振るう剣技を持ち合わせていても、一人の少女の涙を抑える術などは知らない。
「どうして、コンチータ男爵が死ななければならなかったの?」
導火線に火がついたように、フレアは泣き顔のまま、目元をきつくオルスを見上げた。そのまま、ぐいと近付いて唇を噛みながら訊ねる。
「どうして、ねぇ、どうして?あんた赤騎士団でしょ?どうして、どうしてコンチータ男爵は死んじゃったの?」
「それは・・。」
本当に、僅かな偶然だった。その瞬間を付近で目撃したオルスはそれ以外の答えを持ち合わせていない。
「・・運が、悪かった。」
鋭い剣幕で迫るフレアに対して、オルスが答えられる言葉はそれ以外に持ち合わせていなかった。敵軍の一斉射撃で赤騎士団の死者は10名を遥かに越えた。そのうちの一人が、運悪くコンチータ男爵であっただけ。或いはそれは、ほんの少し運命の女神が気まぐれであったら、自分自身であったのかも知れない。だが、フレアがその言葉で納得をするわけがなかった。
「どうして、あんたじゃないのよ!あんたみたいな弱虫、死んじゃえばよかったのに!」
感情をそのままに、大槌で殴りつけるようにフレアはそう叫んだ。その言葉に、オルスは返す言葉を失う。そう、そうあるべきであったのかも知れない。自分のような若造ではなく、当然コンチータ男爵が生き残るべきであっただろう。
「・・離して。」
暫くして、ぽつりと、フレアはそう言った。それまでにらみつけていた視線を地面へと落として、俯いたままで、小さく。その言葉に、オルスは思い出したかのようにゆっくりと、それまで握り締めていたフレアの右腕を手放した。そうするとフレアはオルスから顔を背け、ちいさく、それじゃ、とだけ言い残して立ち去ってゆく。その後姿を見つめながら、オルスはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
タルト、美味しかった。
それを伝えられなかったことだけを、その胸に強く後悔しながら。
「0点だな。俺は悲しい。一体今まで何を学んできたんだ?」
大げさにかぶりを振りながら、グリスはオルスに向かってそう言った。あれから数日のことである。バニカ夫人の見舞いの仔細をなんとなく話題にしたオルスは、当然ながらその途中でグリスに伝えたことを後悔し、そしてフレアに怒鳴られたくだりを話したところで、グリスは出来の悪い弟子を嘆くようにそう言ったのである。
「ハンカチ一つも差し出せないとは、これは将来が思いやられる。」
続けて、グリスはそう言った。成程、あのような時はハンカチを差し出せばよいのか、とオルスは自分自身に対して理解を促すようにぼんやりと考えながら、溜息混じりにこう答えた。
「いや、フレアのことより、バニカ夫人の様子が。」
「ああ、その件なら一応の結論が出た。」
「結論?」
オルスがそう訊ねると、グリスはすっ、と一枚の紙切れをオルスに向かって差し出した。人差し指と中指に挟まれたその紙をつまみ上げ、内容を一読して、オルスは驚いた様子で眉を持ち上げた。
「避暑?」
「正確には、療養と言った方がいいだろう。」
補足するように、グリスがそう言った。どうやら、バニカ夫人をコンチータ領へ移し、療養に当てるということが決定されたらしい。
「コンチータ領は自然豊かな場所だと聞くからな。」
ふ、と吐息を漏らしながら、グリスは独り言を言うようにそう言った。そのまま、続ける。
「こんなごちゃごちゃとした街よりも、よほど健康にいいだろう。」
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