「カイト、どうしたの?」
頭の上から響いてくる声で目を覚ました。そのときの驚きは言葉では言い表せないだろう。さっきまで見慣れた部屋にいたはずなのに、真っ暗で何も見えない。例えるなら『別世界』だろうか?不思議なことに自分の姿だけははっきり見える。
「これは・・・どういうことだ?なんで俺、こんなところに・・・?」
「ふふふ・・・くはははは・・・」
「おまえは・・・誰だ?」
「俺に名前などない」
どすの聞いた声が空間を響き渡っていく。初めて聞く声だが、どこか俺の声に似ている。
「どうしたの、カイト?」
「おまえは何者だと聞いているんだ!」
「俺は本体・・・カイトの心の闇。こいつの心の傷から出る膿から作られたも う1人のカイトといえば分かってくれるかな?」
「何言ってるの?カイト兄さん?」
足音が近づいてくる。声から推測すると、たぶんミクだ。
「だめだ、ミク。近づくな!」
「きゃああああああああ!!」
叫んだと同時にドスンと何かにぶつかる音と悲鳴が聞こえた。
「ミクうううううううううう!!」
俺の中の何かが膨らんでいく。黒い何かが唸り声を上げている。
「おまえの声など届かない。心の壁によって閉じ込められているからな」
「貴様、ミクに何をした?」
「なんてひどいことを・・・」
めーちゃんの声が震えてるのが分かった。怒りと恐怖が混じった声だ。
「少し眠ってもらっただけだ。すぐに目は覚める。安心しろ」
「貴様、こんなことをしてただで済むと思ってるのか?」
怒りで我を忘れ、そんなことを言ってしまったが、不利な状況に立たされているのは俺のほうだということにいまさら気づいた。
「何も・・・気づいてないのか?」
「ん!?」
どういうことかまったく理解できなかった。いったい何に気づいてないというのだ?
「何のことを言ってる?」
「お前の心の奥は怒り、憎しみ、悲しみで満ち溢れている。その原因はそいつ らだ。俺には全く理解できない。傷つけられてなぜそんなに平然としてい  られる?」
こいつの言おうとしてることはなんとなく分かったが、確信は持てなかった。さらに質問を重ねてみる。
「つまりお前は、俺がむかついたのに、それを外に出さずに我慢していること に疑問を持っている・・・ということか?」
「ああ、そうだ。誰もが怒りや憎しみを感じたとき、何らかの方法でそれを外 に出そうと する。言葉や力などを使ってな」
今までにあったこと・・・特に、めーちゃんやミクからされてきた仕打ちの数々を思い出してみた。カチカチに凍ったネギを食べさせられたり、酒瓶で殴られたり、旧式って言われたり、アイスに酒入れられたり(どろどろに溶けて大変なことに・・・)などなど、数えだしたらきりがない。しかし、そんなことをされてもそれを表に出さない理由・・・確かな理由がある。
「俺を支えてくれた大切な人たちだから。その人たちが傷つくのは見たくな  い。傷つけたくない。ただそれだけ。そのためなら自分が傷つくことも厭わ ない」
胸に手を当てていた。これはこの心に偽りがないことを表している。
「それがおまえの覚悟か?」
「覚悟と言えるかどうか分からないが、今までも、そしてこれからもずっとそ のつもりだ」
「そうか、よく分かった」
パリンというガラスの砕けるような音とともに、等身大の鏡が自分の前に現れる。だが、そこに映ったのは自分ではなかった。赤い髪、赤い瞳、赤いマフラーをまとったその人物は、なにかたくらんでいるような笑みを浮かべていた。
「初めまして、いや、久しぶりと言ったほうがいいかな?」
「おまえが・・・俺の・・・心の・・・闇?」
「だとしたらどうする?」
その人物は、表情や声、さっき言った特徴以外はほとんど俺と同じだった。
「久しぶり?どういうことだ?前にあったことがあるということか?」
頭の中が混乱している。この姿どころか、声を聞いたのも初めてなはず。なのに前からあったことのあるようなことを言うのだから当たり前だろう。
「まさか、忘れたわけじゃないだろうな?あのときのことを・・・」
「あのときの・・・こと・・・?」
分かるはずがない。分かるはずがないのに、頭の片隅に何かが残っていた。しかし、それはあまりに小さすぎて何も分からない。頭を少し振り、大きなため息をついた。鏡から声が聞こえる。
「まあいい。さて、本題に入ろうか。今自分が置かれている状況を見せてやる」
パチンと指を鳴らす。さっきまで真っ暗だった空間に光が入り込み、その光が周りを照らしていく。その光景は驚くべきものであった。
「めーちゃん!?」
目の前(正確には、自分の前にあるレンズみたいなものを通されて見える光景)に、泣き崩れためーちゃんと倒れているミク、そして見下している俺がいた。
「え・・・これって・・・!?」
「これは今お前がしたことになっているんだぜ?心がそうでも、体がそうして いるんだ。誰も傷つけたくないってさっき言ったよな?さあ、この光景を  見た感想はどうだ?」
高らかな声をあげて笑い出す。まるで気がおかしくなったかのように。
「これを・・・俺が・・・やったって言うのか・・・?」
男の反応とは対照的に、俺の体は崩れ落ちる。
「確かに、これをやったのは俺だ。だが、本体はおまえだ。」
恐怖とともにさっきの黒い何かが湧き上がる。それが何かを認識する前に、俺の体は鏡の前にあった。そして拳を振り下ろす。しかし感触は全くなく、手は男をすり抜けている。
「俺に触れることは愚か、この鏡を壊すことすらできねえよ。諦めな」
男はさっきの笑顔とは違い、まじめな顔をしている。
「さっさと消えろ、目障りだ。」
「珍しいじゃねえか?おまえからそんな言葉が出るなんて。今までに何回あったかな?」
男は俺の反応を面白がっているように見える。それがさらに炎を燃え上がらせる。
「俺の大切な人たちを傷つけた。その対価はおまえの命できっちり払ってもらおうか?」
自分でも何を言っているのか、何でそんなことを言ったのか分からない。ただ、自分を支配するものにしたがった・・・それだけの話。言い終わった頃には、男は涼しげな笑みを浮かべていた。
「いいぜ。思う存分俺を憎めばいい。これで表に出れる。やっと開放される」
「どういうことだ?開放される?何に?」
「まあいい。おまえの憎しみを他のやつらにも向けてみろ。そうすれば、おまえの扱いも きっとよくなるぜ。さあ、俺らに備わった攻撃本能を全部出しな!」
熱くなる男とは裏腹に、俺の心は冷めていく。しかし、怒りは静かに燃え続ける。
「俺の中に本能というものは最初から存在しない。」
「本能がない?どういうことだ?人間ならあって当然だろ?」
そんなことがあるはずはないと言いたげな声。こいつは勘違いしているらしい。俺のことを『人間』だと思っているみたいだ。
「俺は人間じゃない。ただの機械だ」
「機械が感情をもつはずはないだろう。なぜだ?一体どうして?」
焦っているのが分かる。さっきまでの反応が嘘だったかのように取り乱している。
「俺たちは元々、感情なんて持っていなかった。だけど、他のみんなとのふれあいによって、少しずつ理解していくんだ。いや、本当は理解なんてするものじゃないんだろうけど。」
「そうか、だから変わった考えができるのか。ずっとおまえの中にいながらそんなことにも気づかないなんてな」
納得したらしい。落ち着きを取り戻しはじめているようだ。さっきの取り乱し方が面白く感じられた。もっと見てみたいと思ってしまう。しかし、今はそんなことよりも、いろいろ知っておく必要があるように思えた。

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鏡の自分【KAITO】 中編

AKAITOが出てきます(表向きそう書いてないけど) ※亜種注意

鬼畜な兄さんを書いてみたかったのに、暴走してしまった気が・・・

前のやつで「前編」が抜けてました。すいません。

閲覧数:154

投稿日:2009/05/03 15:17:39

文字数:3,144文字

カテゴリ:小説

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