ミクが強制停止から復帰し始めたのは長らく感じることのなかった特徴的な振動を感じたからだった。常に移動し続けているらしき揺れ、時折大きく響くガタンという音は人間がいた頃ならば当たり前にあったもののような気がする。まだ電力が回りきっていない為にはっきりしない視界に天井らしきものが見える。
一体ここはと思ってたら更に、

「あ、起きた起きた。」
「メイコ姉、目え覚ましたよー。」

ぼんやりした黄色い固まりが2つ現れた。視界が回復してくるにつれ、ミクはそれがよく似た2つの人の顔であること、そして自分はどうやら大きなトラックの幌で覆われた荷台にいるらしいことに気づく。
思わず、ガバッと飛び起きたら

「うわっ、びっくりしたぁ。」
「良かったぁ、きがついて。」

何だかよく似た少年と少女の声にミクは聞き覚えがあった。

「リンっ、レンっ。」

思わず声を上げると、

「あったり~。」
「ミク姉、久しぶり。」

黄色い髪にセーラー服をモチーフにした衣装、まるで一卵性の双子のようによく似た顔の少年少女はミクより後に作られたユニットボーカロイドだ。少女は鏡音リン、少年はレンという。デビュー当時、2人一組で初めて作られたことで大変話題になったものである。また、よく似た声質で奏でられるハーモニーもミクに負けないくらい人気だった。
だからといってどうということはなく、彼らとミクは言うなれば姉貴分・妹弟分の関係を築き、暇がある時はよく一緒にコンピューターゲームをしたり、所属の施設のトレーニングルームを借りてバスケットボールをしたり、人間がやるようなトランプをやったりして遊んだものである。

「2人も無事だったのね。」

ミクが言うと双子のようなユニットは交互にしゃべり出す。

「びっくりしたんだぜ、起きたら何もかんもなくなってんだもんよ。」
「夜になったら変な声がするし、すっごく怖かった。でも2人だったからまだ平気だったわ。」
「でさ、人間もいないしどうしようって思ってたらリンが仲間を探そうって言い出してさ。」
「最初はミク姉を探したんだけど、あたし達がいるとこにはいなくて、他を探すことにしたの。でもどこもすっごく広くて歩いても歩いても砂ばっかりだったわ。そしたら、」
「熱いし、水飲んでなかったしで2人ともバターンッ。」

賑やかに話す後輩達の話をミクはぼんやりと聞いていた。が、ふと気づく。

「お水、そういえばあたし。」
「全然飲んでなかったみたいね。見つけた時、水分不足アラートが出てたもの。それも危険度5。」

急に聞こえた知らない声にミクはトラックの運転席の方に目を向ける。壁に開けられた小さな窓からはショートカットの髪に赤い服の女性が見える。ミクやリンの外見より明らかに年齢が高い大人だ。
運転をしながらこっちをむいてニコッとしている。なかなか健康的な感じの美人である。

「ったく、いくら食べなくていいからって何も持たずに荒野を歩き回るなんてダメよ。ボーカロイドは水だけは絶対取らなきゃ死んじゃうんだから。」

そう、いくら人間そっくりとはいえボーカロイドはどうしたって人造の産物、体を動かしているのは基本的に電気仕掛けの機械であり、従って食事は必要としない。だが、彼らを人間そっくりに作り上げている精巧な人工細胞は極めて生物的な部品であり、その維持には水分が不可欠なのだ。。水は彼らの人工心臓のエネルギーとなり、電気を作り出して体の隅々に送る。また、電気仕掛けのボーカロイド達は熱を持ちやすいので水が体中を巡ってある程度の冷却効果をもたらしている。

更には体内の他の生体部品―特に人工臓器―を維持するために彼らの体内を流れる疑似血液を始めとした疑似体液も水がなければそのうち粘着質の物質となり、血が巡らなくなったボーカロイドは確実に破損、つまりは死に至る。人間が血が粘ってしまうと命の危険があるのと同じことだ。奇跡の物質、水は生物だけでなく作られた存在達にも絶対的存在なのである。

「ごめんなさい、後、助けてくれてありがとう。」
「いーのよ、好きでやってんだから。あ、私はMEIKO、よろしくね。」
「あ、あたしは」
「初音ミクでしょ、知ってるわよー。有名だったもの。」

言われてミクはきょとんとした。昔は行く先ざきで名が知れてるのはほぼ当たり前だった。だが、こんな状況になってから初対面で自分を知る者に巡り会うとは。きょとんとした後に来たのは妙な感動だ。

「俺らも水不足で倒れてたんだけどさ、メイコ姉が助けてくれたんだ。」

レンが口を挟む。

「めっちゃラッキーだったんだぜ、2人ともダメだと思ったとこにメイコ姉がいきなしトラックで来てさー。」
「最近の子は困るわ、向こう見ずなんだから。」
「あの、メイコさんって、その、」さっきから気になることがあって、ミクは言いかけたが一瞬ためらう。しかしMEIKOはミクが何を言わんとしているのかすぐ察したようだ。
「私もボーカロイドよ。最初期の型だけどね。」
「え。」

ミクは呟く。

「あたし、てっきり。」

ミクがそう言うのも無理はない。彼女やリン、レンは衣装として身につけているアームカバーに小さな液晶画面が仕込まれている。オーディオ機器についているもののように出力されている音量や音の波を表示するそれは、装着しているボーカロイドの体の状態を表示する大事な役目もある。
言うなればこれと体のどこかに刻まれている製造番号がボーカロイドと人間を区別する為のもので、ミク達は人間に管理されている間はアームカバーを外すことは許されなかった。だが、MEIKOにはそれがない。

「確かにパッと見わかんないってよく言われるけどね、ほら。」

言ってMEIKOは後ろ髪をかきあげる。小窓から何とか見えた首の後ろには人間の皮膚にはとても刻めないような深さで数字と英字が刻印されている。見たことはない製造番号だがその規則性からMEIKOが紛れもないボーカロイドであることが見てとれた。

「私の時は人に近すぎて気持ち悪いって散々言われたからね、アンタ達の代になってからそのちっさい画面が付いたのよ。一目で区別がつくようにって。」

淡々と話すMEIKOだがおそらく最初のボーカロイドとして世に出た彼女の人生はそう甘いものではなかっただろうことはミクでも想像がついた。

「ごめんなさい。」
「何でミクが謝んのよ、よしなさいって。」

MEIKOは笑って言う。

「いいからアンタはもう一杯水飲んでもうちょっと寝な。リン、持ってきてあげて。」

リンははぁい、と答えて荷台の後ろに積んである箱からストロー付きの樹脂製ボトルをすぐ取ってくる。
「はい、ミク姉。」

ミクは礼を言って水を受け取り、飲み始めた。飲んだ瞬間、急に涙腺機能が緩む。

「ちょっと、ミク姉、どうしたの。」

リンが慌てるがミクの目からこぼれる塩水は止まらない。

「ごっ、ごめん、あたしっ、急にっ、ほっと、してっ。」

ボーカロイドは仕様上、人間の反応を忠実に再現するせいで涙を流しながらではうまく話せない。

「ずっと、さっ、さびしくてっ、ひとりぼっちでっ、でっ、でも、リンっ、とレンっ、に会えてっ、メイコっ、さんっ、にもっ、親切にしてもらってっ。あた、あたしっ。」

ヒックヒックしながら喋るミクをリンとレンが静かに見つめてる中、MEIKOが言った。

「1人でよく頑張ったわね。さぁ、それ飲んだら早く寝なさい。顔もふくのよ。」

レンがズボンのポケットからハンカチを取り出して差し出す。ミクは感謝しながらそれを借りて涙をぬぐいにかかる。
正直聞きたいことがまだたくさんあった。しかし涙腺機能の緩みも手伝って思うより疲弊していたらしきボディは水分を補給するとすぐにスリープモードに入ってしまった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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終わりなき旅2

初音ミク達ボーカロイドを人造人間に見立てて作った近未来系(多分)小説です。戦争ですっかり荒れ果てた大地を仲間を探してあてもなく旅をするミク達の物語です。ひょっとしたらUTAU音源のキャラも今後出てくるかも。続きものです。

閲覧数:305

投稿日:2012/10/27 23:40:20

文字数:3,219文字

カテゴリ:小説

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