「・・・・・・記憶喪失・・・・・・でも・・・リンちゃんは・・・無事なんだね?」
流石に年長者と言うべきか、直ぐ最初に麗羅に問いかけたのはミクだった。
「あ、はい。頭をぶつけているものの、特に目立つ外傷はありませんでした」
胸元で祈る様に手を組みながら麗羅は応える。少しの間、ミクは目を閉じていたが、不意にそれを開くとネルとレンの方を向き、
「リンちゃん所行くよ」
と言った。
保健室に行くとリンは白いベッドの上で上体を起こし、ぼんやりと窓の外を見ていた。と、窓から風が吹いてきてリンの金髪をサラサラと宙に踊らせる。それでもリンは何の反応も示さない。その様子を見て一瞬、ミクは息を飲んだが、直ぐにリンに話しかけた。
「・・・・・・リン・・・・・・ちゃん・・・・・・?」
と、その言葉に反応してリンが此方を向く。そして、不思議そうに、ごく自然に首を傾げた。
――この人達は、誰?―― そう、瞳が、表情が語っていた。
ミクは力強く握り締めていた拳を緩めるとリンの方に近付き、そっと屈み込んでリンと視線を合わせた。
「私の名前は初音ミク。貴女の・・・・・・近所のお姉さん、て所かな・・・?」
「初音、さん・・・・・・」
ぼんやりとそう呟いた後、「私の名前は・・・・・・」と口の中で呟いた。
「貴女の名前は鏡音リン。か、が、み、ね、り、ん。で、後ろにいる金髪でサイドテールなのがネルちゃん。亞北ネルちゃん。私の従姉妹で貴女の友達だよ。で、こっちの男の子がレン君。鏡音レン君。あ、苗字同じだけど、キョウダイとかじゃないからね? 貴女の幼馴染で家も隣同士なんだよ。で、こっちの金髪ショートカットの子が麗羅ちゃん。椿 麗羅ちゃん。貴女のクラスメートだよ」
優しく、ミクはそう応えた後、首を傾げてみた。何か思い出した? そう、その表情は語っていた。しかし、申し訳無さそうにリンはフルフルと首を振った。
「そっか・・・。・・・まぁ、しょうがないよね。そんな行き成り全部思い出せる訳でもないし。良いよ、リンちゃん。無理して思い出そうとしなくても。ゆっくり、思い出していこ?」
最後に何時も通りの笑顔をリンに向けるとリンもそれに応える様に微笑んだ。
「あ、そうだ。先生ー。もうリンちゃん帰っても大丈夫ですかー?」
不意にミクは顔の向きを変え、声をかける。そして出てきたのは保健の先生だ。サラリと後ろで結わえられている黒髪が揺れる。
「えぇ、もう大丈夫よ。記憶を失ってる以外はね」
「ちょっと先生。面白がらないで下さいよ。生徒が記憶喪失なんですよ?」
「あはは、ごめんごめん。でも、鏡音さんなら大丈夫よ。念の為、病院で精密検査を受ける事をお勧めするけど・・・。あ、そうだ。鏡音君、亞北さん、椿さん」
思い出した様に先生はそう言うと三人の方に向き直る。
「貴方達の担任から此れから数日間休みを取っても良いと言われてるわ。別に此れは強制ではないから断る事も可能よ?」
「え? 先生、私は・・・?」
「初音さんは年欠が危ないから対象外ですって」
「何それ酷ぉい!」
で、如何する? ワーワーと騒ぐミクを完全無視して先生は改めて三人に問う。
「大変申し訳ないのですが、断らせて頂きます」
キッパリと、ハッキリとそう言い切ったのは麗羅だ。「リンの事、宜しくね」柔らかく微笑みながら麗羅はそう言うと、そっと、レンの耳元で
「頑張ってね」
と言うと保健室から出て行った。
暫く、沈黙が流れた。其れを破ったのは先生だった。
「ほら、初音さん。もう直ぐ五時間目始まるわよ。行った行った」
「えぇ~!? 麗羅ちゃんの分、私に下さいよぉ~」
「絶対初音には休みを取らせるな、て担任からのお言葉よ」
「うぅ~・・・。あの青マフラーめ・・・・・・。何時か天誅下してやるぅ・・・!」
その後もブツブツと何か呟きながらもミクはすごすごと保健室から退散した。
「で、二人は如何するの?」
「俺は・・・。そう言う許可が出てるなら遠慮なく・・・」
「私も取ります。・・・レンだけじゃ出来ない事もあるだろうからな・・・」
「悪いな、ネル」
「何時もの事だ。慣れている」
フゥ、と息を付くとネルは保健の先生に目線を見据えた。もう此れから私達は下校しても良いんですか? えぇ、今日から良いと言われているわ。・・・分かりました。
「では、私はお前等の荷物、取ってくる。其れまでレン、お前は此処にいろ」
「ん、分かった」
それでは、失礼しました。そう言ってネルは保健室から退場した。
「さて、じゃ、私も行くとするかな」
「え、先生何か有るんですか?」
「此れから出張」
「保険医なのに?」
「一応“先生”って付いてるからね」
んじゃ、此れハイ。そう言って無造作にレンに投げて寄越したのは保健室の鍵だった。
「亞北さんが戻ってきたら最後に鍵閉めてね。それじゃ、後は頼んだわね」
そう言って先生も保健室から退場した。パタン、と扉が閉まる音がすると後に残ったのは静寂だけだった。
と、不意にレンはリンの向かいにあるベッドの上に腰を下ろした。そして、フゥ、と息を付く。
「あ、あの・・・?」
「ん? 何?」
「何か・・・・・・ごめんなさい。貴方達に沢山迷惑かけて・・・・・・・・・」
アワアワと言う表現が似合いそうな位慌てたようにリンはレンに言った。その言葉を聞いてレンは一瞬キョトンとしていたが不意にフ、と笑った。
「な!? ちょ、わ、笑う事無いじゃないですか!」
「ごめんごめん、いや、まさかリンからそんな馬鹿丁寧な言葉が出るとは思わなくて・・・」
「っ!? それって記憶を失くす前の私が乱暴者だったみたいじゃないですか!?」
「いや、乱暴者ではないよ。空手やってたけど」
「空手?」
「うん」
そう言うとレンは左の拳を握ったり開いたりを数回繰り返した。その様子をリンは不思議そうに見つめる。と、不意にレンはその拳をリンに向けた。しかし何時ものレンの正拳突きに比べると幾分か遅いのだが。
――行き成り何するんですか!?
リンはそう言おうとした。が、其れは言葉にならなかった。
パン。
気が付いたらリンの身体は勝手に動いていて、レンの拳を受け止めていた。
「おぉ、やっぱ身体は覚えてるもんなんだな」
感心した様にレンはそう言い、リンを見つめた。その視線に気付いたリンはカァ、とその頬を赤く染めた。
「? 如何かしたか? 顔、赤いぞ?」
「っ! だい、じょうぶです!」
慌ててそう言うとリンはそっぽを向いた。
――あぁ、何でこの人が近くにいると心臓がドキドキして、胸がギュウッとなる様な感じがして、顔が赤くなるんだろう? あぁ、心臓五月蝿い!
「荷物取ってきたぞー」
ガラリ、と扉を開けながら三人分の荷物を持ったまま平然としているネルが入ってきた。
「お、あんがと」
「礼には及ばん」
ネルは短くそう言うとリンの方を見据え、
「立てるか?」
と聞いた。リンは少しだけ小首を傾げた後、被っていた布団をどかし、足を出すとゆっくりと床に付けた。そして、ゆっくりと体重を掛けていく。そして、全ての体重が足に乗った後、リンはフゥ、と息を付いた。
「それじゃ、帰るとするか」
そのネルの言葉を筆頭に三人は保健室を出て行き、鍵をかけた。その後の保健室には、静寂が訪れた。
不意に、開けっ放しになっていた窓から、木枯らしが吹き込んできた。
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篁 由美
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