宵の初め。前にも訪れたことのある墓地へ赴いた僕を、ケンジロウさんは以前と同じように出迎えてくれた。
たった数回の付き合いなのに、まるで長年親しんだ相手と相対しているみたいな、心地よい沈黙を連れて、僕は火葬場へと辿り着く。
広漠とした宵闇の空間に、髪と同じ色の控えめなフリルが付いた、黒いワンピースを着たミクがいた。
「カイトさん。また、来たんですね」
「うん」
「……物好きなんですね」
「そうかもね」
苦笑いを浮かべたら、ミクは微かに目を見開き、すぐに視線を逸らしてしまった。山と詰まれた楽譜へ、逃げるように。
僕はミクから見て斜め前、彼女の顔が見える位置に陣取る。困ったように眉尻を下げるミクを見てしまうと、ちょっとだけ、意地悪をしているような気分になった。でも、僕がここに来た意味は、この場所にいてこそ成立するのだから仕方がない。
風にそよぐツインテールの片方を梳き、ミクはゆっくりと息を吸い、長く細く吐き出した。そしてすっと鋭くブレスして、
「Ah――――――」
と発声練習を始める。
「カイトさんが来ることは、前もってミクに話しておきました」
ケンジロウさんが僕の隣に来て言った。その方が張り合いが出るかと思いまして、と飄々とした笑みで付け足すケンジロウさんに、
「それは……どうでしょうか」
僕は曖昧な返事を返す。実際のところ、僕がいることによって張り合いが出るか否かは、僕には判らなかったからだ。
ミクは人前で歌うのが嫌いなのかもしれない。でも、もしかしたらという思いもあって、それを確かめる確たる手段は存在しない。
だから、僕は見る。彼女の歌う様をこの眼で見るのだ。それがここに来た、僕の意志。
『寒い部屋で』 『膝を抱き君を待つ』
『やさしいだけの』 『いくつもの孤独な夜 越えて』
火葬が始まった。ミクの歌声はこの前と変わらず、穏やかで澄んでいる。
『出会った君は』 『重い扉開けて』
『明るい光の差す部屋』 『「踊ろう」と誘った』
満点の星空を仰ぎ、右手を胸に当てて左手を月に伸ばし、ミクは柔らかく音を紡いでいく。視界の片側に映る楽譜たちへ意識を向ければ、整然と並んだ五線譜が眩く、紅く、燻っていた。
『手を取ってねえ』 『寄せては離れ』
『ステップは君仕込みで』
サビに入って、燻っていた火種が一斉に燃え上がる。火の粉を飛ばして宙に舞う楽譜の欠片たち。
『くるくると回ってとけて ほら』 『ひとつになる』
燃えては灰に消えゆくメロディ。そして、新たに熱を燈されるハーモニー。
『どんな深い闇も』 『君さえいれば』
暖かい灯火のような歌声に反して、焔に照らされるミクの表情は冷え切っていた。瞳の中で揺れる火。風に煽られて横切っていく黒い灰。それらをガラスのような眼で眺めるミクの顔は、哀切に満ちているように思えた。
それは、歌われぬ悲歌(うた)のためを想ってなのか、何度も何度も繰り返したであろうこの行為に虚しさを感じているからなのか。僕には分からない。
分からないけれど、唯一つだけ確かなことは、ミクが歌うことを止めていない、ということだ。辛くても、哀しくても、虚しくても。仮初の明かりでも。意味など見えなくても。
視界を覆う炎の前で、彼女はまだ歌っている。
僕の目には、ミクが目の前の焔に飲み込まれまいと感情を抑えているように見えた。矛盾した気持ちに押しつぶされて壊れてしまわないように、冷たい仮面を被って、じっと耐えている。そんな風に見えた。
やがて歌が終わり、静寂が戻り、カゲロウのように炎は消えた。しんと静まる焼き場で、余韻に浸るミクは楽譜の成れの果てをじっと見下ろす。
燃え尽き果てた亡骸、積み上げられた塵埃を眺めて、そっと目を伏せる彼女はいま何を想っているのだろう。
この場には誰の言葉もなく、ただ淡々と灰の処理をするケンジロウさんと、それを申し訳なさそうに手伝いに行くミクがいて。やっぱり僕も、何も言わずにその作業を手伝いに行った。
全員で片づけを終えた後、無言で二人と分かれた僕は眠る街を歩く。ミクの歌と歌う彼女の顔を思い浮かべながら、それでも僕の頭の中には一つの曲が流れていた。まだ外に出たことのない、僕だけが知る曲だ。
アパートの部屋に戻った僕は、バッグを床に放って真っ先に机に向かった。帰途で生まれたものを、紙に表すために。
五線譜に向き合うと、自然と指が動いた。するすると滑るペン先が次々と記号を描いていく。頭の中で踊るメロディは高揚感となって僕の首を、肩を、腕を、指を伝ってペンに流れ込む。
こんな体験は生まれて初めてだった。鳴り止まない無音の音楽が脳みそを刺激して止まない。
流れるように書き綴り、次のページへ。そしてまたその次へ。
止まらない。洪水のように溢れ出るイメージのまま、僕は瞬く間に空白を埋めていった。
楽しい。楽しい。楽しい。こんなにも楽しい気分はいつぶりだろう?
一心不乱に腕を動かし、取り付かれたようにペンを滑らせている僕の様子は、もしも誰かが見ていたら「狂っている」と評したかもしれない。
それでもよかった。体裁なんてどうでもいい。今はこの満ち足りた気分の趣くままに、この曲を、歌を完成させる。それこそが僕の確固たる意志だ。
あくまで主観的にだけど、あっという間に曲を書き上げた僕は、椅子を倒して立ち上がり、幽鬼のようにふらついた足取りでベッドに潜り込んだ。着けっ放しだった腕時計が目に入る。やっぱりもう明け方だった。
自覚した途端に襲ってきた睡魔に抗う力もなく、僕は乾いた瞳を閉じる。瞼の裏にちらついたのは、まだ見たことのない筈の、あどけないミクの笑顔。
ああ、僕は相当に浮かれているんだ。
眠りの底に引きずりこまれる直前に思ったのは、そんなことだった。
【小説化】火葬曲11
No.D様の火葬曲からイメージを膨らませて小説化しました。よろしくお願いします。
原曲様→https://www.nicovideo.jp/watch/sm6074567
Phantasma様のスウィート・ブレンドhttps://www.nicovideo.jp/watch/sm5595606より歌詞を引用させていただきました。
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