「廻子おねえちゃんも、歌うって!!」
 音を立てて、扉が開かれて、楽歩よりも、先に、鈴の声が、響き渡った。鈴の斜め後ろには、廻子が、どこか、ためらいつつも、何か、決意したような顔で、佇んでいた。
「ありがとう。鈴。だが、もう、上限の月だ。お前たちの用を聞こう」
 楽歩は、そんな二人を見て、微笑んで、そう言った。楽歩の言うとおり、上限の月が、円の天辺で、満月を狙って、弓を張っていた。
「でも……」
「お前たちの存在は、廻子にとっても、私にとっても、大きな刺激であり、とても、新しい発見だった。だから、お前たちの用を聞こう。お前たちの未来を決めることだろう?」
 楽歩の一音、一音、はっきりした言葉に、鈴が頷いて、蓮が、鈴の隣に、歩み寄った。
「十五歳になれるのは、俺と鈴の、どちらかだけで、一人は、滅びると言われた。でも、俺たち、二人とも、どちらかがいない生なんて、堪えられない。二人で、生きていきたいんだ。何か、方法を知らないか?」
 どちらからともなく、手を繋いで、ゆっくりと、蓮は、語りだした。
「お前たちは、二人で、生きていきたいのだな?」
「ああ」
「うん」
「二人で、共鳴りして、満月となるように。そのように、二人で、生を分かち合いたいと」
「ああ」
「うん」
「それは、愛だな。愛とは、相分かち合うことで、初めて、奏でられるものだ」
 同時に、異口同音に頷く蓮と鈴を眺めて、楽歩はゆっくりと、そう言った。
「お前たちは、双子の月をうつす鏡。“双子の月鏡”だ」
『“双子の月鏡”』
 蓮と鈴は、同時に言って、同時に、顔を見合わせた。その顔立ちも、きらきらと、目を丸くした、その表情すらも、玉を割ったように、同じだった。
「お前たちが、お前たちとして、存在する以上、双子の月をうつさずにはいられない。みちゆくごとに、うつす力が増え、その身では、おいきれなくなってもだ」
 蓮と鈴は、圧力にでも、耐えるように、ぎゅっと、握った手に、力を込めた。
「異なる心を持ったものが、お互いのすべてを、相分かち合い、相和を保つことは難しい。しかし、お前たちの場合、ことは、もっと、難しくなる」
 一瞬、楽歩の視線が、小さく、揺らいだが、それは、本当に、一瞬で、とても、小さいものだったから、蓮と鈴は、気付いたものの、言葉をおううちに、忘れてしまった。
「均衡の取れないほどの大きな力を、均衡の取れていない場所で、二人で、相分かち合いながら、相和を保つ。ほんの少しでも、崩れれば、力を支えきれずに、滅びるやもしれぬ………お前たちが、二人で、生きていくということは、それほどに、難しいことだ」
 重々しい楽歩の言葉に、蓮と鈴は、お互いの手を、ぎゅっと握って、頷いた。二人の視線は、揺らぐことはなかった。
「だが、不可能ではない。望むのなら、可能にできる確率がある」
 そんな二人の視線を受け止めて、楽歩は、雲間から、月が顔を出すように、微笑んで、そう言った。
「私の友人に逢うといい。私より、遥かに、長く、この世界を見守り続けている彼女なら、もっと、明確な答えを教えてくれよう」
「その人は、どこに、いるんだ?」
 まっすぐに、楽歩をうつして、蓮が聴いた。その視線は、決意に溢れてはいたが、もう、鋭くはなかったし、鋭くなることもないに違いなかった。
「どこにでもあるが、どこにでもない場所だ」
「どこにでもあるが、どこにでもない場所?」
「つまり、また、解いて、捜さなくちゃいけないのか」
 謎解きのような言葉を、鈴は、鸚鵡返しに繰り返し、蓮は頭に手を置いて、そう言った。
「いや、どこにでも、あるのだから、ここにも、入り口がある」
「えっ!? 本当に!?」
「それは、助かる」
 ごく当たり前と言った口調で、帰ってきた、意外な言葉に、蓮と鈴は、弾んだ声を上げた。
「ねぇ、その入り口ってどこにあるの?」
「今から、創ろう」
「ええっ!? 創れるの!?」
「な、何だ、そりゃ!?」
 さらに意外な言葉に、目を白黒させる蓮と鈴には、何も言わずに、楽歩は、美振を鞘から、抜き放った。
  連綿と続く 空間と空間
  音よ その拍子に食い込み 切り開け
 歌いながら、楽歩は、その何もない空間に、美振を、二回、閃かせた。
そして、そこに、十字に線が入ったと思いきや、捲れ出したのだ。捲れたそこは、信じられないほど、真っ暗で、何も無かった。
「ここが、入り口だ」
「ここが!?」
「う、嘘だろ?」
 あっさりと告げた楽歩に、蓮と鈴が、思わず、声を上げたのも、当然だった。そこに、覗いているのは、ただの闇ではなく、“無”だったのだ。何も、潜んでも、生きてもいない、そんな闇だったのだ。
「本当だ」
 蓮と鈴は、じっと、そこを睨んだ。何とか、二人で、飛び込むことはできそうだが、以前として、何もなく、息も凍りつきそうなほど、真っ暗だった。
「急げ。繕われてしまえば、しばらく、創れぬ」
 楽歩の言うとおり、そこは、ゆっくりと、縮まり始めていた。
「鈴! 行くぞ!」
「うん! 行こう! 蓮!」
 鈴と蓮は頷き合うと、お互いの手をぎゅっと、握り、繕われ始めている、空間の切れ目の闇の中に、飛び込んだ。
 そして、瞬く間に、そこには、何も無くなった。蓮と鈴は、最初から、存在しなかったかのように、何もなくなった。
「行ってしまわれましたね」
「ああ」
 吐息のように、言った廻子に、楽歩も、やはり、吐息のように答えた。
「あ………あの…………楽歩様……」
 意を決したように、廻子が、顔を上げて、楽歩の名を呼んだ。
「どうした? 廻子」
「わ、わ、私のようなものとでも、一緒に、歌ってくださいますか……?」
 廻子が、震える、消え入りそうな声で、そう聴いた。
「何故、お前が、そんなことを気にするか、わからない。お前の声が、それだけ、美しく、お前の心音(こころね)が、それだけ、清らかなのだから、お前の歌が、美しくないわけがなかろう」
 言葉とともに、切れ長の目が、優しく細められ、唇が、緩やかな孤を描いた。その美しい微笑を見ていると、胸が切なくなって、瞳が潤みそうになる。でも、その微笑を見ていたくて、廻子は、一生懸命、堪えた。
「ほら、お前からだ」
「ありがとうございます」
 楽歩が差し出した欠片を受け取って、そして、そこに、癖のある字で、書かれていた、“愛している”という言葉を見て、とうとう、廻子の青い瞳から、流星のように、涙が流れ落ちて、欠片にかかった。すると、欠片は、星のように、キラキラと輝きだした。
 そして、欠片は、楽歩が、“永久(とわ)に”と歌ったように、本当に、“永久に”とけることはなかった。

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双子の月鏡 ~蓮の夢~ 二十六

 や、や、やってしまいました。すみません。そんなつもりはなかったんです。でも、どうしても、“愛している”になっちゃったんですよ。ガクポ×カイコって、ありえませんよね。というか、よくわかりませんよね。はい。何か、すみません。でも、たぶん、この話の楽歩さん(隠者で芸術家)には、きっと、廻子のような、楽歩第一に考えてくれるような人が、合うかと……
 カップリングは、レン×リンと、ミクオ→ミク以外は、まぁ、せいぜい、匂わせる程度にしようと思っていましたので、書いておいて、混乱しています。何ていいますか、ありえないもの書いてしまいまして、誠に、すみませんでした。

閲覧数:224

投稿日:2008/09/14 16:34:20

文字数:2,748文字

カテゴリ:その他

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