新築の家にはまだ慣れなく、リントは寝ぼけ眼をこすりながら、のそのそと段差の高い階段を下りていった。
 コーヒーとバターとトーストのいい匂いがする。
 リビングダイニングにリントが顔を出すと、朝食の用意をしていたエプロン姿の少女が顔をあげた。
「リント君、おはよう。今、蜂蜜も出してくるから、ちょっとだけ待っててね」
 レンカだった。新しい学校の制服を着て、腕まくりをし、可愛らしいエプロンをつけて、リントの朝食作りに勤しんでいる。
「…おう」
 小さく低い声で応えると、リントは乱暴に椅子を引いて、どかっと腰を下ろした。
 その大きな音にいちいちビクッと反応を示しながら、レンカは蜂蜜と砂糖がどっさり入ったカフェオレを出してきた。部屋中に甘い香りが充満する。
 何も言わずに合掌して、リントは蜂蜜をたっぷりかけたトーストを口に運んだ。甘い…。
 その甘さは、苛立ったリントの気持ちを落ち着かせた。

 リントとレンカがはじめてであったのは、唐突な――少なくともリントにとっては唐突な――出来事だった。
 母が交通事故で亡くなってから、十年がたとうとするころだった。家を空けがちだった父から、突然電話がかかってきた。
 今日から新しい家族が増えたぞ!
 そう言って、次の日には、新しい母と、三日しか誕生日の違わない妹を連れて、家へと帰ってきた。実の母に対する後ろめたさもあり、そのときは父に吐き捨てた。
 勝手にしろ。
 しかし、視界の端に映った少女の姿に、わずか、心奪われてしまったことも事実だった。新たな母の後ろに隠れて、遠慮がちに上目遣いでこちらを見ていたレンカは、小動物のような、守ってやりたくなる愛らしさがあった。

 そのときから、レンカの態度はおどおどしていて、見ていてイライラするのだが、それでも献身的で、柔らかい雰囲気のレンカに、日々惹かれていく。
 リントはスクールバッグをとると、立ち上がった。
「あれ、リント君、もう行くの? まだ早いよ?」
「俺の勝手だろ」
 そう言ってちらりとレンカを見ると、レンカはまたビクついて、無理した笑顔を作って見せると、
「そ、そうだね。ごめんなさい。…リント君のお弁当、これだから…」
 急いで弁当箱を可愛らしい布で包んで、リントに渡す。やはりそれを乱暴に受け取り、スクールバッグに詰め込むと、家の鍵をテーブルの上からひったくったリントは、レンカの顔も見ず、低い声で行ってきます、と言った。
「いってらっしゃい」
 少し寂しそうなレンカの声が聞こえた。

 学校に行くと、レンカは少し早いだろうといったが、既に登校している生徒はいくらかいて、教室にも何人かがきて、談笑していた。その中には昨日、随分と騒いでいた奴もいて、小さな体でピーピーと騒ぎ立てる、何か虫みたいな印象だった。
「リント君」
 その虫が、声をかけてきた。
 リントは顔をあげる
「あたし、鏡音リンって言うんだ。お友達になろーよ」
 へらへらと笑いながら、虫――ではなくて、リンが言った。
「別に――いいけど」
「ほんと!」
 嬉しそうに飛び跳ねながら、リンはリントから離れていった。簡単な受け答えだけであれほど幸せになってもらえたのなら、まあいいか、と思う反面、リントは、友達って承認制だったろうか、などと考えていた…。

 下校時間を告げるチャイムが鳴った。
 サヨナラー、とどこか気の抜けた挨拶でその日の活動を終えると、リントは立ち上がって、隣の教室に顔を出した。まだこちらは挨拶が終わっていなくて、リントのクラスと同じような覇気のない挨拶をして、のそのそと帰り支度を始めていた。
 新しい妹は、どうやら既に友人を数名見つけたらしく、じゃあね、と手を振っている。
「ごめんね、リント君、待った?」
「別に」
「そっか、よかった。じゃ、行こう?」
 二人は歩き始めた。リントとレンカでは身長も歩幅も違うが、ゆっくりとしたレンカのペースに、リントがペースをあわせる。時折誰かに追い越されたり、少し早足になって追い越してみたりする。
「今日のお弁当、どうだった?」
「…うまかった」
「本当に? よかった。リント君にそう言ってもらえると安心する」
 にこっと微笑んで、レンカはそういった。
 まっすぐに見つめられたリントは耳がカーッと熱くなっていく気がして、急いで顔を背けた。顔が赤くなっている。
「…リント君?」
「なんでもない、こっち見るな!」
「は、はいっ」
 またもビクつきながら、レンカはリントにしたがって顔を背けて、何か別のことを考えているらしかった。
 少し気持ちが落ち着くと、リントはちらりとレンカのほうを見た。その拍子に、目があう。どちらからともなく、さっと目をそらしていた。
「…リント君」
「…うん」
「今日の晩御飯、カレーにするね」
「…うん」
「甘口の」
「…うん」
 リントはただ、うん、うんと繰り返すしかなかった…。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

Some First Loves 2

こんばんは、リオンです。
遅くなりました、金曜日分です。
ちょっと横になるつもりが、いつの間にか二時間ほど寝入ってました…。
冬場の北海道はストーブの前から離れがたいです^^;
皆さんは冬場どうお過ごしですか? 地方によって違うのかな…。
寒くなりますが、風邪などにはお気をつけてお過ごしください^^

閲覧数:315

投稿日:2011/12/03 01:42:13

文字数:2,035文字

カテゴリ:小説

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  • 美里

    美里

    ご意見・ご感想

    一番のり!こんにちわ、美里です。

    リント君、一目惚れなんだね。レンカちゃん可愛いもんね。
    でも、リント君、リンちゃんのことを虫って言っちゃ駄目だぞ!世界の鏡音ファンが怒るぞ!
    あぁ、レンカちゃんの弁当食べたい。カレー食べたい…

    リオンさん、私なんて、一回昼寝すると最低二時間は起きませんよ!最近は寒いですから、寝たくなるのは当たり前ですよ!
    私は東北地方なので、そんなに寒くはないですが、ストーブは手放せません。

    リオンさんこそ、風邪に気を付けてください。インフルも流行ってますから。

    2011/12/03 20:12:49

    • リオン

      リオン

      こんばんは、美里さん^^

      リント君は一瞬で恋に落ちるタイプだと思ってます。レンカちゃんマジ天使!(笑
      そ、そうだった! リント君、メッだぞ!?(蹴
      一家に一人レンカちゃんでどうでしょう! 私が欲しいだけ!

      最近は寝ても寝ても眠くて…困り者です。どうしたらいいんでしょうね。
      あったかい所にいるとついついですよね。

      インフルは注射打ちましたから、多分平気です。効かないのもあるみたいですが…。
      美里さんもお気をつけて!

      2011/12/03 20:44:02

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