青空の下、私と親友のあやねは花畑の中に寝転んでいた。
そんな中、将来の夢の話になって、あやねはこう言った。
「私ね、将来は守るために戦いたいの」
私たちのお父さんたちは、いろんなものを守るための戦いの中に、身を投じている。
何のために何をしているのか、子どもの拙い考えの中で解っているつもりだった。
「怖くないの?」
常に死と隣り合わせのお父さん達。もしかしたらいなくなるかもしれない。それだけでも十分に怖いのに、同じように死んでしまう場所に行くのは更に恐ろしかった。
「怖いよ。でもね――」
あやねは一息ついて、
「守るために戦えるって、すごい事だと思うから」
そう言って空を見上げる。
雲一つない蒼天。笑顔の彼女は神に誓っているようにも見えた。
戦場のアルメリア
――幸せな過去だった。
「ここは?」
あやねが聞いてくる。
「温室だって。世界中のすべての花が咲いてるって言ってたよ」
「ねえ、あの花はなんていうの?」
あやねが指さしたのは薄紅の花。うる覚えの知識を引っ張り出す。
「アルメリアだよ。花言葉は確か同情……だったかな」
「すごい! 物知りだね!」
「本に書いてあっただけだよ」
そういって、二人で覗き込むように見る。
「キレイ……」
「よかったら、種を持っていく?」
私の提案にあやねは目を輝かせる。
「いいの?」
「お父さんに頼めば大丈夫だよ」
でも、とあやねは思案顔をする。
「お父さんが『何かがほしかったら対価が必要』って言ってたんだ」
「対価?」
「うん」
欲しいものがあれば、相応のものを出さなくてはいけない、ということだろうか。
「おかね、とか?」
単純に思いついた物を口にする。
「うーん、何か違うと思う」
では何だろう。先に口を開いたのはあやねだった。
「だったらさ、お母さんに聞いてみようよ!」
お母さん。私は私のお母さんがいない。あやねのお母さんしか知らない。
純粋にあやねがうらやましいと思った。
結局、家の代わりになっているお城みたいなお屋敷に戻って、あやねのお母さんの所まで行って、一通り話をすると、笑顔でこう言ってくれた。
「だったら、折り鶴なんてどうかしら?」
そう言って、色とりどりの紙を持ってくる。
一枚ずつ目の前に置いて、優しく教えてもらいながら『鶴』という鳥の形に折っていく。
お母さんの手はなめらかに動いて、瞬く間に一羽の鶴が生まれる。
「どうしてそんなに上手なの?」
私の質問にお母さんは遠くを見るようにして、
「千羽鶴っていってね、鶴を千羽折ってお願い事をするのよ」
「じゃあお母さんは千羽折ったの?」
あやねが驚くように聞くと、苦笑いしながら
「私だけじゃないわ。たくさんの人が『ある男の子が無事回復しますように』ってお願いをしたのよ」
「男の子?」
私は首をかしげる。
「ふふっ。その話はまた今度。さあ、上手な鶴を折ってお父さんたちに花の種を貰いましょう?」
「うん!」「はい!」
二人で懸命に、丁寧に折っていく。
何度も失敗し、最後まで折れても不格好で、納得できるものが折れたときにはもう日が暮れていた。
「よくできたわね」
できた鶴を見て、お母さんが私たちをほめてくれる。
「じゃあ、お父さんたちに渡しに行きましょう」
お母さんに連れられて、向かった先はあの温室だった。二人の男の人、お父さんたちだ。
「お父さん」
あやねが前に出る。
「私ね、鶴を折ったの。お父さんにあげる」
そう言って手に持った一羽の鶴を差し出す。
「だからね、ちゃんと育てるから、アルメリアの花の種をちょうだい?」
あやねのお父さんは目線を同じ高さにするようにしゃがみこみ、優しい声で言った。
「アルメリアはね、種じゃなくて株分け……根っこを植え替えて増えるんだ」
つまり、種はないと言って話を続ける。
「お父さんはこの花の持ち主とお話をして、少しだけ貰って帰ることにしたから、家に帰って庭に植えような」
「うん!」
あやねは笑顔で頷く。お母さんはそんな二人を優しい顔で見守っていた。
「お前は何か欲しいものがあるのか?」
不意に隣にいたお父さんが私に聞いてくる。欲しいものは、ある。でもその願いには、鶴一羽だけじゃ足りない気がした。
だから、首を振る。
「ううん、特にない」
「そうか」
だけど、と鶴を差し出す。
「お父さんのために折ったの。受け取って?」
「ああ……ありがとう」
その大きな手が、私の頭を撫でてくれる。少しだけ涙がにじんだ。
それからしばらくして、アルメリアの花を手に、あやねたちは日本へ帰って行った。
私たちはその花に再会を誓い、今は文通でお互いの状況を報告しあっている。一時期メールにしようかという話もあったが、手紙の方が気安いし、メールだと長く続きそうにないので手紙のままだった。今は父さんたちが仲介をしてくれている。
日本語はまだ怪しいため、今のところは英語でやり取りをしている。いつか日本語で手紙を書いてみたい。あやねのお母さんはガーデニングが趣味になったらしい。親子でアルメリアの花を育て、今では庭いっぱいに広がっているそうだ。最近の訓練では馴れないところがあって苦戦しているらしい。
訓練。
あやねの父は日本国国家公安委員会特別諜報室(通称、遊撃警察)の幹部だ。あやねも将来は父と同じ職場に就くべく、目下戦闘技術の訓練中らしい。目指しているのは外国組織との窓口になる『渉外部』だというので、一人で捜査や戦闘、潜入を粉咲く手はならないことを考えれば、並大抵の努力量じゃ届かないだろう。
遊撃警察はあやねとあやねの父が属している組織で、日本国国家に反旗を翻す思想・宗教団体の『排除』を主な活動として、その他に高次先進技術による犯罪・事故の捜査や、諸外国の陰謀に対する諜報と積極的自衛を行っている。
気づけば私も訓練の時間が迫っていた。甲冑と礼装が合わさったような戦闘服に袖を通す。
メルクリウス。父さんと私が属している組織で、ラテン語で水星の意味。水星はギリシャ神話の神、ヘルメスの化身とされている。嘘と機知に富んだ神であった。組織の活動は神代の時代よりあったとされて、歴史の裏で様々な糸を引いてきた。ヨーロッパ諸国に影響力があり、その活動理念は「人間による秩序の存続」である。父さんは役員の一人だ。
私は後継者としての訓練と勉強に明け暮れていた。食事と睡眠と入浴、それ以外の時間はほとんどなく、余ったわずかな時間も読書と手紙を書くことに費やしていた。
大方、本の中の群像劇のような青春からは程遠い。
自分は何のために戦うのだろうか。
生き残るため? 戦うため?
では何のために戦うのだろうか。
わからない。
自分が分からなくなっていく。
実践装備のナイフが目に入る。禍々しいほどの形状と鈍い輝きが、自分を惹きつける。
辛い。辛かった。そして、辛いのだろう。
鞘から抜き、手首にあてがう。
死ねば、楽になれるだろうか? わからない。
死ぬ勇気もない自分を嘲笑って、ナイフを戻す。
訓練場へと急いだ。
そうこうしている間にも十五歳になった。父に進められるがままに、メルクリウス直轄の学校「マルス高等学校」の軍学科へと入学した。わかりやすく言えば、私立の士官学校だ、表向きは。その実態は、私のようにメルクリウスでの将来が嘱望されている者の育成や、有望そうな人材の引き抜き場所。
凡人は何事もなく数年を過ごし、それぞれの軍へと入っていくが、その才能を認められればメルクリウスに取り立てられ、より深く暗い世界へと入っていく。ある意味魔窟だ。
全寮制なので、すでに荷物は送ってある。部屋に入り整理しなくてはならない。
自分の周りも新入生ばかりで、早速声をかけて馴れあいを始めている連中がいた。鬱陶しい。校舎は山の上。長い坂道を登って行くのは苦ではなくとも嫌気がさす。
牢獄の様だとも思った。
校門の前に人影。遠目にも見間違うはずがない。
アルメリアの花に再会を誓った、大切な親友なのだ。
「あやね!」
自分の口から出た声の大きさに驚いたが、恥ずかしいとは思わなかった。いや、思う余裕さえなかったのかもしれない。
気付けば駆けだしていた。写真の中でしか見たことがなかった姿。想像するしかなかった声。こんなにも早く、抱き合うことができるなんて思いもしなかった。
言葉はいらない。今はただ、狂おしいまでの喜びを。
「長期留学?」
入学式を終え、ルームメイトとして荷物の整理を一緒に始めた私とあやね。何となく父さんたちが手をまわしているような気がしたのは、気のせいだと思いたい。
「そう。驚かそうと思って内緒にしていたの。びっくりした?」
「手紙で教えてくれてもよかったのに」
「それじゃ、驚かせられないじゃない」
相変わらず、あやねの思考回路は理解できない。どうして私を驚かす必要があるんだろうか?
「とにかく、渉外部として活動するんだったら、今のうちから馴れておけって、お父さんが」
「ふーん」
差し金確定。今度クッキーを焼いてあげよう。
「じゃあ、やっぱり軍学科に?」
わかっていても、本人の口から聞きたかった。
「衛生医療科の方が良かった?」
「そんなんじゃないけど」
バツが悪くなって、まだ開けてない段ボールを開く。
「当然軍学科よ――ってぉぉぉおおお!?」
「何!? どうしたの?」
「ちょーカワイイ! 何コレ、こんな趣味があったの?」
あやねは、私が開けていた段ボールからぬいぐるみを取りだし、抱きしめる。しまったこれは後でこっそり開ける分だった。
「あの、何か変だった?」
「ううん、全然。むしろ今までが淡白だったから、ちゃんと女の子してるんだなって安心した」
誉められているんだろうか?
「このギャップ! これはアレね、萌え! こんなところで日本の心に出会うとは思わなかったわ」
「日本の心って『和』じゃなかった?」
「ねえッ、食べていい?」
「何を。目が怖いよ……」
しばらくは本を読む暇もなさそうだった。
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ファントムP
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同じくピノキオPの『 oz 』、『恋するミュータント』、そして童話『オズの魔法使い』との三つ巴ミックスです。
あろうことか前・後篇あわせて12ページもあるので、どうぞお時間のある時に読んで頂ければ幸いです。
素晴らしき作...オズと恋するミュータント(前篇)
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