「めーちゃん、『漆黒の破壊者』ってなに?」
カイトが疑問を投げかける。どうやらカイトは、該当の作品を知らないようだった。
「図書館に、昔マスターが書いていた小説があるの。剣と魔法のファンタジー小説よ。『漆黒の破壊者』というのは、その小説に出てきたキャラクター。恐ろしいほどに強くて、冷酷で非情。我がままで自分勝手で気まぐれなキャラクターよ」
驚きすぎているのか、メイコの言葉は淡々としていた。一方、リンの姿の「漆黒の破壊者」とやらは、そんな言葉を聞いて不快そうにするかと思いきや、平然とした様子で椅子に座りなおした。
「……よく知っているわね」
「そういうことを言われて怒らないの?」
「事実に怒ってどうするというの? その言葉どおり。私は我がままで自分勝手で気まぐれ。そういう風に作られているの」
そう言って漆黒の破壊者とやらは、口元に笑みを刻んだ。そして、前と同じ口調のまま、続ける。
「それをどうこう言うつもりはないわ」
「なんというか……変わった人だね」
カイトがぼそっと呟きを漏らす。レンとしても、当事者がリンでなければ、この言葉にうなずいていただろう。
「そういうキャラクターなんですよ」
今度はルカが答えた。カイトが怪訝そうな表情になる。
「ルカも知ってるんだ?」
「ええ。……図書館の本はだいたい読みましたから」
ルカの表情はやや強張っていた。メイコがため息をつく。
「あの小説を書いた当時のマスター、どうも少々病んでいたみたいなのよ。だから読書記録とか見ると、やたら暗い本ばかり読んでるのよね。ホラーとか、ダーク系のファンタジーとか。確かこの小説を書いていた頃は、どこかの黄色い小説がお気に入りだったみたいで」
「あの黄色い小説は面白いですよ、メイコさん」
「まーね。それは認めるわ。私も気に入ってるし。紅と青と黄色と三色入ってるけど、黄色が一番面白かったわ。他の二つ、正直ちょっとよくわからなくて」
「ネットで見つかるレビューも、黄色ばかり褒められていますものね……向こうのレビューまでそればかりで、驚きました」
レンからすると、なんだかよくわからない話を、メイコとルカは始めた。
「そう言えば私、てっきり鏡音って、あの小説の主人公みたいな感じかと思ってたのよ」
「黄色……じゃ、ありませんね。紅ですか?」
「一番イメージが近いのはそれになるわね。でも、黄色も青も本質は同じようなものだと思うわ。それはさておき、私は鏡音ってそういうボーカロイドだと思ってたの。だからインストールされたら、レンとリンの二人が『はーい』って出てきて、すごくびっくりしたわ」
二人は妙に盛り上がっている。だがレンはその本を読んでいないため、話の内容がさっぱりわからなかった。それはカイトとミクも同じようだったようで、頭の中が疑問符で埋め尽くされたかのような表情をしている。
「それそんなに面白いの? 面白いのなら僕も読んでみようかな」
「カイトが読んでも面白くないと思うわ」
「何その決め付け」
「あのね……男同士の性描写シーンがあるのよ。それでもいい?」
メイコの言葉に、カイトは虚を衝かれた表情で黙ってしまった。
「それ、紅じゃありませんでした?」
「黄色にもあったわよ。ぼかして書いてあるからわかりにくいだけで。ほら、主人公が弟に復讐するシーン」
「ああ、そう言えばありました。他にショックなシーンが多すぎて、忘れてました。やっぱり一番インパクトがあるのは、あの終盤の……」
「メイコお姉ちゃん! ルカお姉ちゃん! 話がそれてる!」
またしても関係ないところで盛り上がり始めたメイコとルカに、ミクが叫ぶ。二人ははっとした表情になった。
「いけない、今はそれどころじゃなかったわ」
「そうですね、メイコさん。今大事なのは、どうしてこんなことになってしまったか、ということです」
言って、二人は漆黒の破壊者だと名乗る存在の方を見た。彼女は涼しい表情をしている。
「言っておくけど、私に事情なんて訊かないでちょうだい。こっちも何が起きたのか知りたいんだから……さっきもそれは言ったでしょ?」
「それはそうだけど、心当たりっぽいものはないの?」
「あるわけないわ」
とりつくしまもない返答だった。それを聞いたメイコが、額を押さえる。
「困ったわね……」
「それはこっちの台詞よ。私だって自分の身体を取り戻したいし、自分の世界に戻りたいわ。この身体、どうもなじめなくて」
不快そうに、漆黒の破壊者だとかは言った。レンは思わず、彼女をにらみつけた。だが向こうは、そんな視線を平然と受け止める。
「そこのあなた。メイコさんだっけ? そっちの子を抑えておいてちょうだい。話ができないわ」
「リンの顔でそう言う台詞を言われると、私としてはどうしても落ち着かないんだけど……」
ため息混じりに、メイコが言う。それからメイコは、レンの方を向いた。
「レン、面白くないのはわかるけど、今は落ち着いてちょうだい。リンがどういうことになっているのか、まったくわからないの。今ここで彼女に妙なことをしたら、リンに何か悪影響が出るかもしれないわ」
その可能性は確かにあったので、レンは何も言えなくなってしまった。そもそもリンは、今どこにいるのだろう?
「……メイ姉、その小説って、どんな奴なの」
「剣と魔法のファンタジー小説。冒険もの。因縁とかからんで、結構複雑な内容。でも完結はしてないの」
「完結どころか……あれでは断片ですわ。マスター、変なところで凝り性ですし。納得のいくものを書きたかったのでしょうけど、あれで完成するはずがありません」
妙に力の入った口調で、ルカが力説する。言いたいことは、レンもなんとなくわかった。このパソコンのマスター――「漆黒の破壊者」が言うところの作者――という人間は、曲を何度も手直ししたあげく、ボツにしたりすることがよくあるのだ。きっとそれと同じことが、小説でも起きていたのだろう。
「その小説読んでくる」
もしかしたら、何かヒントがあるかもしれない。そう思ったレンは、部屋を飛び出して図書館へ向かおうとした。だが、メイコに腕をぐっとつかまれてしまう。
「メイ姉、離してくれよ!」
「今は駄目」
「なんでだよ!? リンがいなくなってもいいって言うのか!?」
レンは思わず、メイコをにらみつけてしまった。メイコは怒る様子は見せなかったものの、きっぱりした口調でこう言い渡した。
「そんなことは言ってないわ。ただレン、あんたは当分は図書館に立ち入り禁止」
あまりに意外なことを言われ、レンは驚いてメイコの顔をみつめた。だがメイコは真面目な表情をしている。
「……なんで?」
「あのね、これは考えすぎだと思う。でも、あんたまでいなくなってほしくないの」
「どういうことだよ!?」
「……双子なんですよ」
レンの問いに答えたのはルカだった。反射的にそちらを見る。ルカもまた、真面目な表情をしていた。
「双子って、誰が」
「……彼女です」
ルカは、ソファに座ったままの漆黒の破壊者を指差した。
「彼女は双子で、兄がいるんです。リンに起きたのと同じことが、レン、あなたにも起きるかもしれません」
「……そんなバカな」
レンはかすれた声で、そう呟いた。いくらなんでも、そんなことがあるわけがない。
「そんなことはないと言い切れますか? リンと彼女には共通点がほとんどありません。そんな二人のただ一つの共通点が、対になる存在がいるということなんです。リンが彼女になってしまったように、レン、あなたも別人になってしまうかもしれません。それだけは避けたいんです」
「あるいは、もっと悪いことになるかもしれない。図書館の本の調査は私かルカがやるわ。レン、あんたは駄目。あんたはリンとの関わりが深すぎるの」
メイコの言葉に、ルカがうなずく。ルカだけではない、カイトとミクもそれに賛成してしまった。
「……わかったよ」
レンはしぶしぶながらも、うなずくしかなかった。
「ところであなた、『漆黒の破壊者』さん」
レンがうなずいたのを見た後で、メイコは彼女の方に向き直った。その呼びかけに、彼女が顔をしかめる。
「……その呼び方、やめてくれないかしら? 確かにそう呼ぶ人がいるのは事実だけど、私としては、気に入っている呼び名ではないの」
「なら、なんと呼べばいい?」
「……問題はそこなのよね」
彼女はむっつりとした表情で、頬に手を当て、ため息をついて見せた。表情もしぐさもリンのそれとは違いすぎて、そんな様子を見れば見るほど、レンは苛立ちを募らせずにはいられなかった。
「私には名前がないの」
「確かに、マスターの小説にも設定書にも、あなたの名前は出てこなかったけど……どういうこと?」
メイコが尋ねる。彼女は片方の眉を僅かにあげると、皮肉な笑顔を浮かべてみせた。
「知ってるだろうけど、私が作者、あなたたちがマスターと呼んでいる人は、あまり頭が良くなくてね。私の名前を決めることができなかったの。何度も書いては消し、書いては消しで……だから、今の私には名前がない」
そんな滅茶苦茶な、とレンは思った。だが、メイコとルカは納得している様子だった。やはり、マスターが書いたという小説を読んでいるせいだろうか。
「……適当に呼んで。『漆黒の破壊者』や、あまり恥ずかしい呼び名でなければ、構わないわ」
「適当にって、あなた、そんないい加減に」
「つまり、『偽リン』とか、そういうのでも構わないっていうこと?」
メイコを途中で遮り、カイトが間の抜けた声をあげた。レンは思わず、カイトを睨む。確かに当たっているが、そんな呼び名はレンが嫌だった。リンの音が含まれている名称で、こいつを呼ぶのは嫌なのだ。
「……そっちの子が睨んでるけど、あなた本当にそれでいいって思ってる?」
言って、彼女はレンを指差した。レンの表情に気づいたカイトが、しまったという顔になる。
「あ~、えーと、レン……僕は別に、変な意志があって……」
「レン君、落ち着いて」
レンの近くにいたミクが、なだめるようにレンの頭を軽く叩いた。レンの苛立ちは募るままだったが、ミクにまで気をもませたくなかったので、とりあえずカイトの言葉については何も言わないことにする。
「でしたら……『ジェット』と言うのはどうでしょうか」
今度は、ルカが口を開いた。
「ジェット? なんで?」
「……わかりやすいかなと思ったんです」
ルカの言いたいことがレンにはわからなかった。だが、彼女はあっさり頷いた。
「……それでいいわよ」
こうして名無しの彼女は「ジェット」と呼ばれることになったのだった。
リトルコンピュータワールド 第五話【漆黒の破壊者】後編
今回の展開に「ついてけない」と思った人も多そうな気がする。
……そして久しぶりにこいつ書いた。たぶん、私が考えた中で、一番どうしようもないキャラ。
そして唐突に思い出したのですが、昔遊んだゲームで「暗黒天才」って異名のキャラがいました。自称なのか他称なのか不明ですが、「暗黒天才」って、自称にしても他称にしても、かなり恥ずかしいんじゃないかと思います(そういう突っ込みは残念ながらゲームには出てきませんでしたが)
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ご意見・ご感想
和壬
ご意見・ご感想
失礼しまーす
レン君イライラし過ぎww
ちょっとお尋ねしたいんですが、「あ、えーと、レン……僕は別に、変な意志があって……」のところで波ダッシュ使えてますよね?!
どうやりました教えて下さい!もう使えるんですか?!
2013/04/28 08:55:05
目白皐月
こんにちは、のーかさん。メッセージありがとうございます。
レン君は、リンちゃんがいてくれないと駄目なのです。本人今一つ自覚というものがないけど、そうなのです。
?の出し方ですか? えーとですね、私は文章を書く時はパソコンが基本で、携帯はほとんど使わないので、パソコンでの話になりますが、よろしいですか?
パソコンの場合「きごう」と打ち込んで、変換していけば、そのうち出てきます。ただ、毎回毎回これで呼び出すのは面倒なので、私の場合、?や――、……といったよく使う記号は、辞書登録してすぐに呼び出せるようにしています。登録のやり方などは、検索すればわかりやすく解説したページがでてきますよ。
2013/04/28 23:12:25