「あなたとは違うわ」
そんなつれない言葉に、俺は黙って微笑んだ。
「ルカ姉に気付かれた」
リンがさらりと呟いた言葉に、思わず頭を巡らせてそちらを見る。
至って平静な表情のリンに見返され、そこでやっと今のが悪趣味な冗談ではないんだと気付いた。何と返そうか悩むけれど、なかなか良い言葉を思い付けない。仕方ないから苦笑気味に笑っておいた。
「鋭いね」
「かなり、ね」
そのさらりとした髪を軽く掻き上げる仕草がとても綺麗でじっと見つめていると、「何?」と胡散臭いものを見る目付きで見返される。
素直に感じたことを口にしようとして、そこでリンのきつい視線に気付いた。
その目は言っている。何も言うな、余計な言葉は不必要だ、と。だから大人しく口を噤むのだけど、本当は少しずつもやもやとした感情が胸のうちに溜まってきているのにも気付いている。
「でもルカ姉、どう思っただろうね」
「さあね」
「そんなに恋愛話に興味あるようには見えないけど…僕等は、ね。またちょっと違うし」
「……」
適度にごまかして直接的な表現を避けはしたものの、リンは僕が何を言おうとしたか正確に理解したらしい。少し不満げな不機嫌な色がその顔を掠める。
僕たちは生まれたときからずっと一緒で、きっとこの先いつまでも一緒なんだろう。それは肉体的にだけじゃなく精神的にも同じ事。なにもかもそっくりで、実際同じ物である二つの存在。
僕らにとっての片割れなんか突き詰めてしまえば自分自身とも言えるのに、こんな感情を抱いてしまうなんてお笑いだろう。
ぼんやりとそんな事を考えていると、リンはまるで僕の心を読んだかのように呟く。
「私はあなたとは違うわ。そういう意味で『ちょっと違う』って言ったのなら、そこの違いはゼロみたいなものだからね」
そんなつれない言葉に、俺は黙って微笑んだ。
ちょっと酷いと言えば酷い言葉だ。僕と君は誰よりも同じ存在で、それこそが僕らの絆でもあるんだから。でも今の僕らにとって自分自身にそう言い聞かせることは一番良い逃げ道でもある。禁忌に分類されるのを防ぐ、一番良い逃げ道だ。
だからといって君と僕が違うなんて認めたくなくて、結局否定も肯定もしないでただ微笑するだけにしておいた。
歪んでいるとさえ言えるようなこの情を否定するのも捨て去るのも、それを望むのなら解決方法はとても簡単だ。リンに一言、「やっぱりやめよう」と告げればそれで済む。リンは追求も詰問も何もせずに「わかった」とだけ言って僕らの関係に終止符を打ってくれることだろう。
リンは言葉というものに対して殆ど信を置いていない。勿論言葉を歌ういきものである以上、昔は言葉をとても大切にしていた。優しい言葉も強い言葉も、全てを注意深く使いこなすリンの姿は記憶の中にちゃんと残っている。
なのにどうしてこんな風になってしまったのか。それはもしかしたら、僕にあるのかもしれない。だとしたら、自業自得に似ているけどそれよりはずっと嬉しい変化だ。本当は何よりも大事にしていたはずの願いも、いつの間にか世間とか家族とかのしがらみの中で随分と変わってしまった。
だから…うん、男として仕方のないあれやこれやもまあ今のところは抑えていくしかないのかな、と思っている。そもそも今の僕たちの関係の中でリンに下手に手なんて出そうものなら、今までの関係が全て崩れてしまいかねない。
『怖いんでしょう?』
昔、そう尋ねられたことがある。まっすぐな瞳で僕を見ながら、リンは淡々とした声で言った。
『怖いんでしょう、レン。私以外の人が、皆怖いんでしょう』
二度目に至っては質問ですらない、確認だった。そして僕にはそれに反論するだけの根拠はなくて、何故ばれてしまったのかと片割れの目を見つめることしか出来なかった。
僕が構えずに隣に居られるのはリンだけだ。他の誰でも代わりになりはしない、唯一無二の絶対的な伴侶。いつからか僕はそう思うようになっていた。僕がそうである以上リンもそうなんだと、僕は信じて疑っていない。でなければあんな風に言い当てたり出来ないはずだ。
リンの存在自体が愛しい僕と同じように、リンもまた僕の存在自体を愛している。それはもう自明の理で、確かめるまでもない事。僕が何をしようとどんな存在になろうと、いくら自分で打ち消してみたところで心の底では僕を大切に思う気持ちが燻り続けているはずなんだ。
でもやっぱり僕はそれを確かめたくて、いくつもの言葉を並べて君の答えを待つ。
それなのに君は、飾りつける言葉を嫌って僕に沈黙を命じる。
君がそう望むなら、僕はそれだけ口にしよう。君に思いがちゃんと伝わるように、何度も何度も、飽きるほどに。
「愛してる」
そう囁けば他の誰よりも愛しい青い瞳が僕を見る。そこには一見無感情な色しか浮かんでいない。でも本当はその裏で感情がせめぎ合っている事を知っていれば可愛いらしくも見えるというもので、僕はそっとリンの滑らかな頬に手を添えた。
「愛してるよ」
すうっと細まるリンの瞳。それが何を意味するのか正確に理解して、心が期待と歓喜に打ち震える。
ああ、やめられない。リンが僕の言葉に流されるこの一時は僕にとって余りに魅力的だ。固く固く築いているつもりらしいリンの心のガードは、意外とた易く僕の言葉の前に崩れ去る。
ゆっくりとリンの腕が首周りに絡む。
「私も…愛してる」
ねえリン。
君が僕に何も言うなって言うのは、君が言葉を嫌っているからじゃないよね。本当は君は言葉というものに対して感受性が強いんじゃないの。特に僕の―――君が愛した僕の言葉に対して。
僕が甘い言葉を囁けば、君は堕ちてしまうんでしょう。
僕が鋭い言葉を吐けば、君は貫かれてしまうんでしょう。
だからそれを牽制しているんだよね。愛を確かめるための一番簡単な言葉だけを許可して、そのほか全ての言葉を封じる事で。
それでいいよ。
僕は今のままの君が好きだから。君が変わってしまっても変わらず好きでいると思うけれど、自分から君を変えようとは思わない。
僕を睨み付けるような虚勢を張った瞳も、意志を感じさせるすっきりとした顔立ちも、歪まないように噛み締められたような唇も、自分の 弱みを決して見せない無関心を装った性格も、どれもこれも僕に取っては掛け替えのない君のプロパティーなんだから。
ねえリン。本当は君に対する想いは、どれだけ言葉を並べたって伝え切れないほどなんだ。
でも僕に許されているのはたったの一言。ありふれた台詞過ぎて笑いたくなるほどに陳腐で定番な一言。
大丈夫、僕はそれしか言わないよ。君が定めたルールから逸脱なんてしやしない。だって君に捨てられたくなんかないからね。
だからもっと君も応えて。言葉が欲しいってねだるのは普通女性側だって聞いたことがあるけど、僕らに於いては丸きり逆だね。まあ、僕の場合は口に出して望んだりなんかしないけどさ。だって、そんな事をしたら君の望む「恋人」から外れる羽目になってしまう。
しどけなく巻き付けられた腕とは裏腹に、甘さなんて欠片も見せずに挑戦的な輝きを失わない瞳が僕を見据える。
僕はこの輝きに惹かれたんだ。どうしようもない程に強くて脆くて不安定で、だからこそ何よりも綺麗なその光は、きっと僕には絶対に手に入らないものだから。
君を手放したくない。僕の物でいて欲しい。
その願いを込めて口を開く。触れる寸前の唇を動かして、口移しでもするかのように言葉を紡ぐ。
ああ、この渇望が君にも伝染すれば良い。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる―――リン…」
これしか許されていないのなら、これだけを飽きるほどに口にしよう。意味も響きもなにもかも書き換えてゼロにしてしまう位繰り返し繰り返し君に伝えよう。
こんな陳腐な単語はゲシュタルト崩壊させて意味を上書きしてあげる。君はただ、その全く新しい感覚を受け止めてくれればいい。
それだけで僕は十分だ。
どれほどの間僕らは一緒に居られるんだろう。この幸福を享受していられるんだろう。いつかは離れる日が来てしまうのだろうか。死で引き離される日が来る事も可能性としてゼロだという訳ではない。
だったらそれまではこの怠惰な幸福に浸ったままで居させてよ。
私的I WANNA TRUST YOU
レン側です。
なんか、気が向いたらリンサイドも書くかもしれません。マイゴッドP大好きです!かっこいい!
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