終わる世界に、彼らは生きる。



「此処も、か」
 低く呟く男が見下ろすのは、何も無い場所だった。
 何も無い。
 物が無い、ではない。建造物も、自然物も、動物の影も、大地も。
 ――大地、すら。消えて無くなり、其処に在るのは茫とした孔だった。昏く深く墜ちていくようにも見えれば、白く霞んで見通せないようにも感じられる、不可思議な孔。
 『世界』、それそのものが、消失している。そうとしか言えない状態だった。
「さて――『これ』をお前はどう見る?」
 再び小さな声を落として、男は身を翻す。帰る先で待つ者に、これをどう告げれば良いのかと思考を廻らせながら。



「消失、ですね。或いは消滅。或いは崩壊」
 書物に埋もれる部屋の奥、柔らかな絨毯に覆われた床に座る娘が静かに言った。
「何とも、不穏な言葉ばかりが並んだものだな」
「まさしく、そういう事態でしょう。貴方が御覧になって、そうと感じた――それで、恐らく間違っていないのです。『世界』、それ自体の消失。森や土地や、そんなレベルの話ではない――もっと根源的なところで、事態は進んでいる。とても深刻に」
 柳眉を寄せて、彼女は視線を落とす。手近の書物の頁を撫でる、そのたおやかな指を見るともなしに眺めながら、「それで」、と立ったままの男は言葉を継いだ。
「因をどう見る?」
「……この世界はふたつの要素から成り立っています。『物質』と呼ぶものと、『魔力』と呼ぶものと」
「定説だな」
「そして、何かを根源的に変化させたいと思ったら、それは物質的な干渉では為しえない」
「……もう少し噛み砕いてくれ」
 ぼそりと彼が漏らした声に、娘は一時思案する。
「例えば、貴方のその刀。この本を断つ事はできるけれど、微塵に刻む事もできるけれど、『無く』する事はできないでしょう。『消す』という事ができるのは、」
「魔力によってのみ、か。成程」
 得心顔で頷く男に、「もっとも」、と些か沈んだ声が続けた。
「それとて、本当に『消し』ているのかはわからないけれど。わたくし達には感知できない形で、本当はまだ残っているのかも」
「永遠の命題だな。しかし今はそういう話ではなかろう。つまり、何がしかの魔力的な変化が起きていると?」
「……えぇ」
 目を伏せる彼女の表情には何処か自嘲の色があって、男は苛立ちを呑み込むように短い息を吐く。
「それで。対処は」
「……わかりません」
 ふる、と娘が首を振ると、絨毯の上にまで流れる長い髪が小さく揺れた。彼女は苦しげに眉を寄せ、悲しげに俯いてしまう。
「姉様なら、或いは何か、」
「愚かな」
 か細い声をぶつりと断ち切り、がつ、がつ、と荒い足取りで彼女との間に残していた距離を詰めて、男が床に片膝をついた。ぐっと身を伏せて強引に娘と視線を合わせれば、高く結った彼の髪もまた床に着く。
「あれもまた研究者ではあろうが、分野が違う。"これ"はお前の分野だ。お前がわからんと言うなら、誰にもわからん」
「買い被りすぎです。わたくしは姉様のように何かを生み出す事も無く、ただ先人の遺物を漁るだけしか」
「ルカ」
 強く、灼くように強く。低く、けれど何処か澄んだ音で名を紡がれて、打たれたように彼女は言葉を止めた。
「分野が違う、と言った。成程確かに、あれは新たな術式を生み出す才を持つ。だがそれとて、基盤なくしては叶わぬ事だろう。遺された知識を読み解き、本質を探るお前がいてこそ、今在るものを更に発展させる事も叶うのだろう? 買い被りなどであるものか」
 ぴくりと肩を震わせて、空色の瞳が見開かれる。ゆるゆると顔を上げる彼女に合わせて身を起こしつつ、男は小さく息を吸った。何か思い切るように、床の上の手に密やかに力が入る。
「そもそも、俺が此処に居る事の意味も。少しは考えてほしいものだが」
 艶やかな声はほんの僅か上擦りかけ、こほんと咳払いなどして誤魔化す彼だった……が。
「――"本質"」
 ぽつりと呟きを零す彼女には、もはや聞こえてはいなかったと見えた。
「"基盤"――"今、在るもの"? 或いは――あぁ、けれどそれではどうしようも――いいえ、やはり姉様ならば。姉様と、兄様ならば……!」
「お、おい」
「こうしてはいられないわ。わたくし、姉様に会ってきます!」
 ばさりとローブの裾を払い、勢い良く立ち上がった彼女はそのまま外へと駆け出していった。沈み込んでいた気配はすっかり吹き飛び、きらきらと知性に輝く瞳は宝玉の如く美しくはあったが。
「~~~っ!」
 やり場の無い憤りやら恥ずかしさやらが全身を駆け巡り、迸ろうとする叫びを呑み込めば反動のように魔力が溢れかけ、彼は慌ててそれを押さえ込む羽目になった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

響奏曲 -Introduction・1-

まぁ、なんだ。頑張れ。(←本文の最後に付けたくて堪らないのを我慢した一文w)

ごめんなさい、本当はまだ続くんだけど切っちゃいます。だって早く投下したかった……!(←
おかげで私が書くメインルートの主役であるはずの蒼い人が出てませんよ。
何故がくぽメイン状態www
ごめんね兄さん、次回は……ごめん、ルカさんルートで書くかもしれない。そしたらまた出ないわw

えぇと。シェアワールド企画の導入的ストーリーとして書いてますが、基本的に私設定なので、これと違う設定になっても全然おkです(共通の世界設定さえ外れなければ)
参加者様絶賛募集中☆なので、良かったらコラボ掲示板なども覗いてみてくださいませ^^

閲覧数:191

投稿日:2011/05/17 23:00:47

文字数:1,943文字

カテゴリ:小説

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  • とかこ

    とかこ

    ご意見・ご感想

    ね え さ ま ー ! !
    私クリプトン兄弟の中で、何となくルカさんが一番年上だと思ってました。
    年下ルカさんとか!これはこれでやばいです。
    そんで主人がくぽさんとルカさんってのもこれはこれでまた美味しい!
    自信なさげなのにがくぽさんを華麗にスルーするルカさん素敵…!
    かっこいいのにどことなくへたれてるがくぽさもん美味しいです^^

    2011/05/27 17:57:22

    • 藍流

      藍流

      >とかこさん
      おぅ。私はナチュラルにめーちゃん>カイト>ルカさんだと思い込んでましたw

      がくルカ主従は、どっちが主でも萌えるよね!両方書くか!とsunny_mさんと盛り上がってw
      これは特にどっちにするか決めずに書いたんですが、その後「公に立場が上なのはがくぽ(貴族的家柄)、でも『仕えてる』のもがくぽ」という事になりました☆
      『塔』に篭りっきりのルカさんに代わって世界を旅して、情勢を伝えたり試料を持ち帰ったり……って、助手的というか雇われっぽいw

      がくぽがへたれなのは、仕様です☆
      というか私がへたれヒーロー好きな所為か、がくぽもKAITOもなかなか主導権をキープできないのですw
      書く前は「がくルカはがくぽ主導で」とか言ってた気がするんですけどね……(遠い目)

      2011/05/27 21:18:36

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    メインルートが来た~!
    そして、まぁ、、、がんばれ☆がくぽ
    と、にやりと笑いながら私も言っておきますwww

    俺様がくぽ、格好良いですよ!頑張れ☆って感じだけどもw
    藍流さんのルカさんも可憐な感じで、かなり滾ります!!
    物憂げなルカさんが美味しすぎる……!

    兄さんの登場はありませんが、大丈夫、主役は遅れてやってくるものだw
    きっと兄さんも心の中で「美味しいな俺」と思っているに違いないよw

    2011/05/18 23:21:05

    • 藍流

      藍流

      >sunny_mさん
      にやり笑いキタ━(゜∀゜)━!w
      もうね、あの一文はほんとにギリギリまで削るかどうか悩んだよ。超付けたかったw

      がくぽ、格好良いですってよ! 良かったね!w
      ルカさんはあまり「こうしよう」ってイメージが無いまま、ルカさん任せに書いてみたらこうなりました☆
      うじうじ鬱陶しくなる寸前で強引にがくぽが引っ張り上げてくれたから、案外良いコンビなのかも。
      というかがくぽは予定以上に頑張ってくれたよ!
      膝ついて無理してまでルカさんと視線合わせたり、おぉやるじゃん殿!と思いながら書いてたw
      でも「ルカ」って呼び捨てにするのに凄い違和感があって困ったwww

      そうか、主役は遅れてやってくるものか! よしその路線で行こう!←
      美味しいな俺、と思ってくれたらいいんですけどね^^;
      これ書いてて何故かレンとミクのワンシーンが浮かんでしまって、今そっち書いてるので脳内兄さんが若干ヤンデレ気味w
      待て、話せばわかる!だからアイスピックは下ろして!状態ですwww

      2011/05/18 23:55:54

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