12

 そのあとのことっていうのは、もしかしたら余談みたいなものになってしまうのかもしれない。
 朝方近くまで泣いていた私は、カゼをひいて学校を休んだ。気持ち的にも、しばらく学校になんて行きたくなかった。
 一週間くらい休んで、私はやっと学校に行くようになった。
 悠のいない学校は色あせてて、なんにも楽しいことなんてなかった。
 部活も行く気がしなくて、ずっと休んでた。
 結局そのまま陸上部もやめてしまって、大会にも出ることはなかった。
 部活三昧のつもりだった夏休みも、やることがないまま私はただぼうっとしてすごした。悠との記憶を思い出して、私は時折泣いていた。
 なんにもしなかった中学二年の夏休みは、なんの思い出もないままあっという間に終わって、誕生日をむかえた。
 なんにもなかった誕生日になって、悠の誕生日すら知らなかったんだってことに気づいて、私はまた泣いた。
 それから、また単調な学校生活がはじまった。
 学校に行って、先生の話を聞いて、家に帰る。
 そんななんの面白みもない毎日を、ただただ淡々とこなした。
 校庭の木々が色づき、秋がやってきても、私はなにも変わらないそんな毎日を繰り返していた。
 あのころから少しだけ伸びた髪は、私に時間がたったことを教えてくれていた。
 ある日、校舎を出て校庭を歩くと、頭上が鮮やかな茜色に埋め尽くされていた。
 そのたくさんの紅葉のすきまからは、深い青空がのぞいていて鮮烈なコントラストを作りだしていた。
 そんなきれいな風景にさえ、私の心はゆれ動きもしなかった。
 風が吹いて、桜が散るみたいに舞う紅葉。
 そのひとひらが私の目の前にあらわれ、なんの気なしに出した手のひらの上に舞いおりる。
 その紅葉をながめて、もし、となりに悠がいたら、この光景にどんな会話をしたんだろうって考えて、私はまた泣いた。
 それからまた何週間がたつと、はく息が白くなっちゃうくらいに冷え込むようになった。
 悠との――いや、私の初恋が終わって四ヶ月たったっていうころ。
 悠と一緒にいたのが数週間だけだったせいか、もうその何倍もの時間がたっちゃったんだな、なんて思うと同時に、その思い出にも現実味が薄れてきてて、もしかしたら夢だったんじゃないかとさえ思うようになっていたころ。
 家に帰ると、私あてに郵便物が届いてた。
 差出人の名前もない、白くて大きい封筒。見たことのないきれいな切手に、海外からみたいな押し印がしてあった。
「……?」
 心当たりなんてなかったけど、ちょっとだけ心がざわついた。
 部屋に戻って封筒を開けてみると、一枚の水彩画が入ってた。
「あ……」
 見たとたん、いろんな記憶がよみがえってきて、涙があふれてきちゃった。
 それは、あの絵だった。
 美術室から見た、夕焼けのグラウンドの絵。
 悠がずっと描いていた絵だ。
『完成したら……見せてあげるから』
 そんな悠の声が脳裏によみがえってきて、私は息をのんだ。
 あの約束……ちゃんと覚えててくれたんだ。
 そう思うと、胸が熱くなった。
 あれから、ずっと冷え切ったままの心に、久しぶりに血が通いはじめたみたいな感覚だった。
 その絵は、記憶の中のそれよりもすっごくあざやかだった。
 茜色から深い青へと変わってゆく夕方の空のグラデーション。
 夕日に照らされたグラウンド。
 トラックを走っている陸上部の少女のシルエット――。
 その少女が誰だったのか思い出して、間違いないか確かめようと、机にしまっていた悠からの手紙をひっぱり出した。
『実はあの絵に未来を描いてたからでした』
 その言葉を何度も読み返して、その絵がまぶたに焼き付いちゃうくらいにじっと眺めた。
 私、なんだ……。
 ぽたっ、とあごを伝った涙が絵に落ちて、私はあわてて涙をふき取った。
 その絵をしっかりと、ずっと見ていたかったけど、涙が止まらなくてしばらく眺めることなんてできなかった。
 けれどその涙は、あのときからずっと流し続けていた涙とは全然違った。
 あれからずっと流していた涙は、悲しくて悲しくて流した涙だった。
 でもこれは、そうじゃなかった。
 なんでかって言われてもどう説明したらいいかよくわからないけど、これは、嬉しくて流れた涙だったんだ。
 悠とは……もう、会えないのかもしれない。でも、なんていうか……私の中で悠の存在がとっても大きいのとおんなじように、悠の中にも私のことはちゃんと存在してるんだって、この絵は私に教えてくれたんだ。
 私たちは最後の最後でケンカ……って言うよりは仲たがいしちゃったって感じだけど、それからこれだけ時間がたっても、私と一緒で悠も私のことをちゃんと覚えてくれてるってわかったのが、嬉しかったんだ。
 やり直せないのはつらいし苦しいし悲しいけれど、それでも、私は嬉しいって思ったんだ。
 そうして、悠と離ればなれになって、凍りついて止まってしまった私の時間は、悠の絵のおかげでやっと溶けだして、動きはじめた。
 その絵をやさしく抱きしめて、私は泣きながらほほえんだ。
 その絵は、今ではきれいな額縁に入れて部屋にかざってある。
 これで……私の思い出話――初恋と、その失恋の話は、すべておしまいだ。

ライセンス

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茜コントラスト 12 ※2次創作

第十二話

今回で回想シーンが終了な訳なのですが、実は一つ前の十一話が終わった段階で、原曲からすると1番の歌詞の内容しか消化できていません。
ストーリーの構成上仕方ない面もあったのですが、十二話は結構詰め込んで書いてます。

悠を美術部員にしたのは、2番の「街を赤く染め上げた 鮮やかな一ページ 描かれた少女はきっと 誰より幸せだった」という歌詞から、着想を得た感じでした。
そのシーンが出てきて、やっと「茜コントラスト」という曲に合う内容になったかな、と思います。

閲覧数:50

投稿日:2014/09/12 20:53:25

文字数:2,172文字

カテゴリ:小説

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