注意書き:
 これは拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 リンの継母、カエさんの視点で、第二十七話【お芝居には恋愛が必要】~第三十五話【瞳の中は星でいっぱい】までのサイドエピソードになります。
 よって、『ロミオとシンデレラ』を【瞳の中は星でいっぱい】まで読んでから、読むことを推奨します。

 【ほんの少しの優しさを】

 長女のルカは、大学時代に夫の薦めで見合いをした。相手は神威ガクトさんといって、いわゆる「名家の息子」だ。ルカはあっさり「そうですか」と見合いをし、神威さんとの結婚を決めてしまった。
 正確には、決めたというのは少し違うかもしれない。話をまとめたのは夫と相手で、ルカは自分からは何も言わなかったのだから。訊かれたことに、ただ承諾の返事をしただけで。
 本当にルカは結婚したいのだろうか。それを疑問に思う時がある。だが口に出すことはできなかった。私だって、消極的な理由で夫と結婚したのだ。そんな私に、ルカにあれこれ言う権利があるとは思えない。
 神威さん――結婚すれば義理の息子ということになるのだから、ガクトさんと呼ぶべきなのだろうが、どうも慣れない――の方の事情で式はしばらく待つこととなり、二人はとりあえず婚約者となった。神威さんの方ではルカを気に入ったようで、度々家に来てルカを連れ出すようになっている。神威さんは話をしてみた限りでは、やや自己主張が強いとはいえ、真面目ないい人のようだ。確かに神威さんが婿に入ってくれれば、夫としては言うことはないのだろう。
 しかし……ルカはいいのだろうか? 自分の人生を完全に人任せにしてしまって?
 そうこうするうちに時は過ぎ、神威さんから、そろそろ式をあげたいと言い出された。夫はもとより異存はない。どころか早く結婚させたがっている。ルカも異を唱えはしない。だがここに来て、話は妙なことになり始めた。
 ルカは自分の結婚式に対して、全く希望を出さないのだ。それどころか、何もかも私が決めていいとまで言い出した。
 私は当然、ひどく驚いた。ルカに「本当にそれでいいの?」と何度も訊いてみたが、ルカは「忙しいから、決めておいて」の一点張りだった。式場はともかく、ドレスやブーケの希望が無いというのは、妙な話ではないだろうか?
 ……もっとも、それを言ったら私の時は式すらあげなかったのだが。夫は三度目の結婚だったし、私としてもウェディングドレスを着たいという気持ちがなかったので、役場に届けを出すだけで済ませてしまった。
 とはいえ気になったので、私は神威さんに電話をかけて、式の希望はあるのかと訊いてみた。それに返って来たのは「結婚式は女性の夢でしょうから、ルカの望みを叶えてやりたいんです。どんな式でもあげてやりたい。式の形式もこだわりません。神社でも教会でも、ルカの好きな方で」という言葉だった。そう言われると、私としても、それ以上何かを言えなかった。私が何か口にしたせいで破談になったら、夫は荒れ狂うだろうし……。
 悩んだ私は、ある日、学校から帰って来たばかりのリンに、その話をしてしまった。私の言葉に首を傾げているリンを眺めているうちに、この子ももう高校生なのだと気がついた。そんなにしないうちに高校を卒業して大学に入り、成人式を迎えて……。そして、お嫁に行ってしまうのだろう。
「……リンだったらどんな式にしたい?」
 私は何気なく、リンにそう訊いた。正直なところ、リンを嫁がせたいという気持ちにはなれない。でも、リンを幸せにしてくれる人が現れたら、お嫁に出してあげなくては。
 だが……。
「……お嫁になんか行きたくない」
 それが、リンの答えだった。私は当惑した。
「リン、そうは言うけれど、いずれリンにもいい人が……」
「お父さんが連れてくる人? わたしの結婚相手は、お父さんが決めるんでしょう?」
 きつい口調でリンに言われて、私ははっとなった。リンはルカを見て、自分の将来もそれと一緒だと考えているのだ。
 私は、何も言うことができなかった。実際、夫はそう考えている。夫がリンに望んでいることはただ一つ「どこに出しても恥ずかしくない娘になって、立派な家にお嫁に行くこと」だ。リンの実姉である次女のハクが派手なトラブルを起こした為、リンに好き勝手な真似はさせるなときつく言われている。
 けれど……。リンにだって自分の人生を決める権利ぐらい、あるのではないだろうか……?
「……ごめんなさい。わたし、ちょっと疲れてるみたい」
 私の表情を見たのか、リンはそう断って、自分の部屋へと上がっていった。私は居間のソファに座ったまま、深いため息をついた。一体どうすればいいのだろう……。
 そもそも、リンが結婚に夢をもてないのは当然かもしれない。私がまともな結婚をしていないのだから。……もっとも結婚したから、私はリンの母親になったのだが。つくづく矛盾している。
 ふと、リンの実母は今どうしているのだろう、という疑問が頭を過ぎった。リンがまだ二歳の時に、リンとハクを置いて家を出て行ってしまった人。……そして、ルカがまだ物心つく前に、ルカを置いて出て行ってしまったルカの実母は?
 一度も、彼女たちが連絡を取ってきたことはない。何故だろう? 娘のことが気にならないのだろうか? 夫は会わせたがらないだろうし、リンとハクの実母に関しては、家を出た理由を考えれば会いに来づらいだろうが、その気になれば会うぐらいのことはできるはずだ。
 浮かぶ疑問に、答えてくれる人はいなかった。古くからいるお手伝いさんもいることはいるのだが、その辺りについては夫が口止めしているのか、尋ねてみても答えてくれることはなかった。夫は私が知りたいことは語りたがらない。言うとしたら、彼女たちとの結婚は失敗であった、ということ。もっとも、どこまで本当かなんてわからないのだけれど。


 その二日後、トラブルが起きた。
 リンは結婚の話を聞かされて以来、ルカのことが気になるようで、珍しくルカと話をしようとしていた。だが、廊下でルカと話しているところへ、運悪く夫が帰って来てしまったのだ。
 この結婚を進めたがっている夫はひどく怒り、リンを書斎に連れて行って説教を始めてしまった。こうなると、私にはもう何もできない。自分の無力さが身に染みる。……私は、母親失格だ。
 説教が終わってからしばらくして、私はリンの部屋に行ってみた。部屋のドアを叩いても答えはない。そっと中を覗いてみると、リンは着替えもせずにベッドで眠っていた。
 起こそうかと思ったが、疲れた表情をしているのでいたたまれなくなってしまった。眠っているリンに布団を掛けて部屋の明かりを消し、そっとその場を後にするだけにしておく。
 階下に下りた私は、夫と話をしようかどうか考えた。だが……何を言っても、あの夫には多分通じない。私はため息をつき、自分の部屋に戻った。夫婦だが、部屋は別々だ。広い家だし……それに、私たちの間に十年以上前から夫婦生活は存在していない。
 いっそのこと、離婚しようか。……前から何度も考えたことだ。一番最初に離婚を考えたのは、リンが八歳の時だった。リンがひどい怪我をしたというのに、夫はリンの怪我を気遣うことはせず、ロフトは掃除したのかと訊いてきた。……あの時、この人とはやっていけないと思った。
 だが……離婚したら、リンはどうなる? 血の繋がりのない私に、裁判所が親権をくれるとは思えない。夫が明確にリンを虐待しているのなら話は別だろうが、常識の範疇内で「躾」で収まる内容だ。私がいなくなったら、まだ幼いリンはきっとひどいショックを受けるだろう。実際、ハクは実母がいなくなったショックから立ち直れずにいるのだから。
 リンをこんな家に残して行くわけにはいかない。そう考えた私は、離婚はしないことにした。夫は私に対する不満はそんなにないのか――母親業をこなしていてくれればいいと、そう、考えているようだ――夫から離婚しようと言ってくることもなかった。
 今だったら……。リンもそろそろ十七歳になる。今だったら、リンが私についてきたいと言ってくれれば、リンを連れてこの家を出られるのではないだろうか?
 だが、気がかりはリンのことだけではない。働いているルカはともかく、引きこもっているハクをどうしたらいい? ハクは二十歳を過ぎているから、親権は関係ない。だが私が一緒に行こうと言ったところで、ハクはついてきてはくれないだろう。かといって、置いていくというのも……。
 やっぱり、離婚はできない。私がハクを見放したら、ハクはまた捨てられたと思うだろう。ハクが私を好いていない、どころかむしろ嫌っていることは知っているが、これ以上の傷は残したくない。私の方から、ハクを見捨てるわけにはいかないのだ。
 ハクが私を好きになれないのは、仕方のないことだ。私がルカやハクより、リンの方を可愛いと思ってしまうのだから。きっと二人はそれをわかっているのだろう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その十一【ほんの少しの優しさを】前編

閲覧数:827

投稿日:2011/12/06 19:41:06

文字数:3,700文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました