5.
学校が終わってから塾が始まるまでの、少しだけ空いた時間。それが私にとって唯一、自由と呼べる時間だった。
図書館に行ったり買い物をしたり、買い食いをしてみたり。それは一時間もないけれど、その短い間だけはささやかな自由を満喫する。
このとき、私はいつも一人だ。誰かとそういうことをしたことなんてない。誰かと一緒なら楽しいかもしれないと思う反面、一人が気楽でいいと思ったりもする。
柳君が自宅に戻らなかったその日、私は帰り際の彼に会った。
今でこそ、妹と話をして傷ついた直後だったのだと知っているけれど、そのときの彼は、いつもとは比較にならないくらいに傷ついた顔をしていたように見えて、ひどく驚いたのを覚えている。
思い返してみれば、あのときが最期のチャンスだった。
もちろん、柳君を思い留まらせるためのチャンスだ。
でも、そう。私は……失敗した。
私は、柳君が最期に会話をした人となった。
あの会話がそうなってしまうことなど、そのときに想像できたはずがない。
けれど、あの会話で彼の決心をにぶらせることはできたのかもしれない。
あやまちをおかさなければ。
言いかけてやめてしまったあの言葉を、ちゃんと告げていれば。
今も彼は、ここにいたかもしれないのに。
◇◇◇◇
「あれ……柳君?」
学校の正門を出たところでそう声をかけられて、僕はなんとか顔を上げる。
その動作すら苦痛だった。
ただ一人信じていた妹に、ついさっき嫌われていたのだと思い知らされた直後だ。神経をすり減らす余計な会話なんて、誰ともしたいなんて思わなかった。
「まだ学校にいたんだ。用事あったの?」
「……」
「……柳君? ひどい顔してる」
そこでようやく気づいたらしく、彼女は目を見開いて僕の顔をのぞき込んでくる。同時に僕も、相手が初音さんだったのだとそこで気づく。
でも、気づいたところでなにか返事をすることもできなかった。
「大丈夫?」
「……」
……そんなわけ、ないじゃないか。
そう吐き捨てそうになって、けれど言えるわけもなく、僕はただ黙っていた。
なにか言おうにも、なにを言ったらいいかなんてわからなくて、僕はまたうつむいて初音さんの横を通り過ぎようとする。
「柳君!」
そうしたら、腕をぎゅっとつかまれた。
振り返ると、彼女は真剣な顔でこっちを見ていた。その瞳は、やや揺れているようにも見える。
「……つらいときはね、つらいって言っていいんだよ。私は――」
「――いいんだ」
僕はやっとのことでそう告げる。
「え?」
「もう、もう……どうでもいいんだ」
僕の言葉に、初音さんが虚を突かれたような顔をした。
「みんな、僕のことが邪魔なんだ。……しょうがないよね」
「……!」
「なにしてもドジで下手で、そんななんにもできないやつなんか、いないほうがいい」
「そんなことない! いないほうがいいなんて、そんなこと……ないんだよ」
初めて――妹にさえ言ったことのなかったその絶望の吐露に、初音さんは打ちひしがれでもしたのか、反論も弱々しい。
初音さんは僕のことを心配してくれてるのかもしれない。でももう、彼女の言葉は僕にはなんにも響いてこなかった。
「初音さんみたいに頭がいい人は、それだけで価値があるんだ。みんな認めてくれるし、嫌われたりもしない。でも、僕みたいに取り柄なんてなにもないやつに価値なんてない。そこにいるだけで許されないんだよ」
「そんなことない……」
ただそう繰り返す初音さんは、ほとんど涙声と言えるくらいに上ずっていた。
「私だって……誰からも認めてられてない」
「……」
その声音の意味を取り違えていたことを知り、僕は黙る。
「頑張っても頑張ってもずっと一人で……だから、柳君もおんなじなんだって思ったの。だからずっと見てられなくて、柳君になにかしてあげられたらって――」
「――やめてよ」
「……っ!」
初音さんの悲痛な叫びも、今の僕には、正直に言ってうんざりしかしなかった。
せいぜい、ああそっか、と思ったくらいだ。
「初音さんは他の皆と違うかもしれないけど、でも、いつもそうやって上からものを言うんだ。僕を見下して、憐れんで、そして『私が』こうしてあげなきゃ、『私が』なんとかしてあげなきゃって。……そんなの、他の人と一緒だよ」
「そんなつもりじゃ……私は、ただ……」
「……ほら、『私は』でしょ」
「……」
反論できなくなってうつむいてしまう初音さんに、少しだけ心が苦しくなる。
でもほら、僕に対してさえ優しい初音さんですら、僕は傷つけてしまう。
初音さんだってきっと、僕がいなくなったら余計なことにわずらわされず、楽になれる。
ほら。
だから僕は、間違ってない。
初音さんに背を向けて、僕は歩いていこうとする。
「柳君。私が……」
彼女の悲痛な言葉に心が痛くて、僕は振り返ることもできず、逃げるようにその場を立ち去った。
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