卓達の住む音成町は都心からも離れた片田舎な町だ。それでも近年の人口増加に伴い、街自身の都会化が進めらた結果、音無町の各所には開発途中で止まっている建築物や道路が存在する。その殆どは一般に公表されていないか工事途中のため、未だ一般には情報が行き渡っていない。
 そんな誰も知らないはずの一本の道、三車線も持つ広い道路を一台の車が走り抜けている。黄色い車体は誰もいない道ではさらに際立って目立っている。
「ふぅ、さすがにここまできたらきづかれることはないでしょ」
 リンは安堵のため息とともにそんなことを口にする。
「あんなギャグみたいな会い方したもんだから度肝を抜かれたけど、さすがにこんだけ離しておけば余裕でしょ」
「さて、そうだといいんだけどな」
 ハンドルを握るレンの反応は思いの外冷たく、そのことにリンは頬を膨らませる。
「んなこと言ったってこんな場所あの二人が気づくわけないじゃん。一般開示もされてない開発途中の国道だよ、ここ」
「そういうけどさ、協力しているのはあいつだ。商店街のこと然り、何があっても俺は不思議じゃないな」
 レンの言いように、リンも思うところがあったのか先ほどまでの軽口が消えてしまった。
「そうよ、そもそもなんであいつがこんなところにいるのよ。確か九州の方に行ってるんじゃなかったの?てかあいつはなんでこうどこからともなくひょっこり出てくるかな、もしかしてどこにでも行けるドアでも持ってるんじゃないの?」
「そんな近未来便利道具、DISでも作ってないって。なんか別の用事でもできたんじゃないの。とりあえずあのバイクの加速力は厄介だ、なるべく距離をとっておいて損はないと思う」
「心配しすぎだと思うけどねぇ。それにこっちには心強い味方がいるし。ね、ビリー?」
 そう言うと、車内のナビ画面の下にある小さなコンソール画面に文字が流れる。
[おまかせ(^ω^)/]
「見たまえ、我々の強い味方も勝利を確信している!これで勝つる!」
 リン達を乗せたこの車に搭載された高性能試作AI、通称ビリーは更にコンソール画面に顔文字を表示して喜びを表した。
 一人と一体がお祭り騒ぎのようにはしゃぐ中、
「レン君の言うように、勝ちたいならもっと距離をとった方がいいですよ」
 後部座席で、これまでずっと黙っていたミクが言った。最初は何事かと動揺していたミクも、レンとリンの説明でこれがただの遊びではなく、れっきとした勝負であることを今は知っている。それでも、ここまであまり多くを喋らず後部座席で置物のようになっていたミクが、ついに喋ったのだ。思いもよらぬその言葉に、リンの口元が引き攣る。
「へぇ・・・、ミク姉もあの二人が来るって思ってるんだ」
「来ますよ、必ず」
 予想以上にあっさりと肯定されたことで、リンの目が変わる。
「ずいぶん自信満々だね。だけどあの二人じゃこの道を見つけることなんてできないよ」
 助手席のシートから乗り出すようにして顔をミクの傍まで近づけるリン。自身に満ちたその笑みに、ミクは笑みで返す。その目に揺るがない自信を湛えて。
「できます」
「その自信は?」
「簡単なことです、とても・・・簡単な理由です。きっとリンちゃんもわかりますよ」
 ミクは目を閉じて耳を澄ます。先ほどから感じていた、風の流れる音の中に聞こえる小さなノイズ。それはここに至るまで何度も耳にしたことのある雑音だ。
 小さなノイズは段々とその存在を誇示するように大きくなってくる。
 わかる。この音は確かにノイズだけど、でもその音を奏でる人はノイズなんかじゃなくて―――
「だってあの人は・・・・」
 そう言った瞬間、ほかの道との合流ポイントで道を塞いでいたコーンや看板を吹き飛ばしてバイクが飛び出してきた。
 驚きに目をむくリンと、苦い顔をするレン。そんな彼らとは対照的に、ミクは空を舞うバイク、その後ろに乗る一人の青年に目を釘付けにしていた。あまりのことに明らかに青年は驚き、全身を強張らせている。でも、ミクには分かる。彼がヘルメット越しにこちらを見ていることを。
 そんな彼にミクはただ、笑みを返して言った。
 そう、彼はノイズなんかじゃない。
 彼は―――
「私のマスターだから・・・」





「よっしゃー!追いついた!!」
「うわわわっ?!」
 障害物をはね飛ばし、道路へと躍り出たバイクは飛んだ車体を再び地面に戻しレン達の後ろにつく。
「バカなッ!なぜこの場所がわかったのだ?!」
「リン、それはなんか嫌なフラグがたちそうだからやめてくれ・・・っ!」
 如何にもショックを受けた顔でリンが叫ぶ。レンも図らずして苦い表情をし、ハンドルを握る手に力を込める。
「やっぱりこうなるわけか」
 背後に迫るバイクをミラー越しで姿を確認する。どういう道を走ったのか、よく見れば車体にはずいぶんと大小問わず擦り傷や切り傷のような跡がついている。
 何より、バイクの上から刺すように向けられている視線。間違いなく彼の視線だ。
(俺らなんかよりも超やる気の目じゃん)
 そう思いながら、あの負けず嫌いがそうそう諦めるわけないと自分の考えを否定する。そして、ミラー越しにバイクをみていると、視界の隅に奇妙なものを捕らえた。それは車体のフレーム、ちょうど小さな隙間のようになっている場所からはみ出ていた。
 緑色の小さな長い髪のようなもの。それをみて、レンの中で納得がいった。
「そうか、はちゅねがついてたのか」
 たしかはちゅねにはGPS機能が付いていたはずだ。それを利用してこちらの場所を割り出したんだろう。そう考えれば、この道が分かったことも、こんなにも都合よくこちらのすぐ傍に現れることができたのも頷ける。
 思わぬ伏兵にレンは小さく苦笑する。こんなことは正直予想していなかった。
「それにしても・・・・」
 レンは更にもう一つの視線を感じていた。それは何とも頼りなく、しかし確かな決意の感じられる視線。
 卓の視線だ。
 ヘルメット越しではよく見えないが、猛烈な風の中、顔だけはしっかりとこちらを向いている。
「いい感じじゃん、それでこそやりがいがあるってもんよ」
 リンも二人の視線を感じたのか、レンの声をそのまま代弁してくれた。先ほどの動揺はもうなく、今はただ獲物を見つけた獣のように獰猛な笑みを浮かべていた。
 そんな自分の半身みたいな存在をみて、レンも笑みを浮かべる。
「じゃあ、そろそろ本気出すか」
 その言葉にリンが目を輝かせて、
「おうよ!やるよ、ビリー!!」
[やっちゃう?やっちゃう?!]
 急ぎ座席についてシートベルトを着けるリンを見て、レンはハンドルの裏にあるスイッチに手をかけた。




「よし、なんとか追いつくことができたな。あとはどう捕まえるかだ」
「どこか、登れそうな場所は・・・っ!」
 そう言って卓は必死で車に足がかりになりそうな出っ張りを探す。必ず、どこかにチャンスが転がっているはずだ。
「あの車、全身に出っ張りみたいなもんがあんまりみえねぇな。となると手段としては・・・・」
「直接運転席に飛び込んでミクを捕まえる!」
「そういう・・・こった!!」
 バイクのエンジン音が更に響き、加速する。レン達への距離がどんどん縮まっていく。
 ゴールも間近と言うところで、しかし先輩がある異変に気づいた。
「これは・・・・・」
 宙を舞う小さな何か。それを一つ、顔を掠める瞬間に掴んでみる。
「・・・ボルト?」
 そんな言葉がこぼれたと同時、
「せ、先輩!!」
 卓の悲鳴にも似た声に反応して、卓の指さしている方へ向き直る。そこにあるのはレン達を乗せた車が一台。しかしそれは明らかに異変を起こしていた。車体全身から白い煙のようなものがあがり、ゆっくりと細かなパーツが落ち始めたいた。
 まさか故障でも起こしたのか、と思っていると、その異変はとうとうピークに達した。
 ボンッ!!
 花火でも打ち上げたような破裂音と共に、レン達の姿が白い煙の中に消えてしまった。
「な、なんなんだいったい?!」
 先輩が動揺して叫ぶ。そんな叫びも束の間。
 黄色い板のような外壁パーツが大量に煙の中から零れでてきた。
「「いい・・・っ?!」」
 二人揃ってひきつった悲鳴を上げて、とんでもない速度で迫ってくるギロチンみたいなそれに戦慄を覚えた。
 「ふ、ふざけんな畜生!!」
 先輩の半ばやけくそな声に、卓も死に物狂いで先輩にしがみつく。一つ一つが既に凶器となっているパーツをほとんど神業のようなテクニックで回避し続ける。減速をすると挙動が安定しないので、ただひたすらに速度を保って次々にくる驚異をまるで針で糸を通すようにすり抜けていく。
 その中、卓は一つの異音を耳にした。
「・・・・みぃいいいいいいいッ!!」
 聞き覚えのある悲鳴に、卓は顔を上げて前を見る。それを待ちかまえていたように、ヘルメットの視界いっぱいに緑色の物体が激突した。
「みぃッ!?」
「ふがッ!?」
 ぶつかった衝撃で首が仰け反る。経験したことのない痛みが首に走った。
「いってぇっ、・・・うぉ、はちゅね!」
「み、みぃ・・・っ!」
 泣きべそをかいたはちゅねがヘルメット越しに張りついて涙をバイザーにこすりつけてくる。
 どこに潜んでいたのか、はちゅねも先ほどの爆発に巻き込まれたらしい。全身煤だらけで髪もボサボサだ。いつも持っていた愛用のネギも今はない。そんなボロボロのはちゅねの姿を見て、卓の胸の中は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう、はちゅね。お前のおかげでなんとかなりそうだよ」
「みっ!」
 バイザー越しでも伝わるものはあったらしい。はちゅねは泣くのをやめて、卓に向けて敬礼をする。
 ふと、そこではちゅねの後ろから小さな破片が飛んでくるのが見えた。
「はちゅね!」
「みみっ?!」
 突然体を捕まれ、胸元に引きづり込まれたはちゅねは身をかたくした。そして次の瞬間、卓のヘルメットのバイザーが割れて飛び散った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

小説『ハツネミク』part.3双子は轟音と共に(7)

いろいろとあって随分と間が空いてしまいました。
そして大体パート7くらいで終わらせるつもりがまた延長・・・いつも思いますが言葉って難しいです。
長い文書、かつ気づいたらそこそこの数になってしまったお話ですが、読んで頂けたら幸いです。

閲覧数:115

投稿日:2009/07/16 02:15:39

文字数:4,119文字

カテゴリ:小説

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