2009年の8月の中頃。栗布頓高校美術部の面々は、バスで40分揺られ、旭川市バスターミナルに着き、そこから市街中央を縦断する歩行者天国を徒歩で25分。70年代の匂いを残す、レトロな4階立ての建物が彼らの目指す”旭川ふれんず会館”である。
しかし、何となく気がついてはいたのだが、彼等が歩くのと歩を同じくし、結構な人数が併歩していた。それは小さな河がどんどん集まり、大きな大河となるように人の群れが次第に太くなるのだ。そして俺氏が皆に言った。
「ふふっ。どうやらこの方々は、DO・SAN・COへ向かっているようさ・・・」
「おお・・・やはりですか。それにしても凄い人数でありますな!」
書生は生唾を飲み込む。
「初めて来たでヤンすけど・・・想像以上に熱気が」
クミは周りが気になる様で、先ほどから左右は勿論、後ろも振り向く。
その先にはいかにも風変わりな装いをした人が、ここにもそこにも散見できた。
「ほら! あそこの人、アニメの格好とかしてますよっ!」
クミは彼女等、コスチュームプレイヤーを初めて目の当たりにした。
「ああ、あのコスプレは”錫宮ハルピンの躁鬱”に出てくる”みるくちゃん”ですぞ。ちなみに書生は”信濃”派であります。ED曲が秀逸でして”アメアメ・フカイ”はインドアだったオタク達を躍らせるという快挙を成しえたのである」
「へぇ~~! 書生さんって色々詳しそうですね!」
「えへん! である」
得意げな書生に、ヤンスは対抗心を燃やす。
「クミさん! あっちの和服の女の人は”上方プロジェクト”の”寿限夢”でヤンす! 上方プロジェクトは現世と霊界を繋ぐ寄席で起きる怪小咄をシューティングゲームで解決するでヤンす! すごく設定が深くて人気があるでヤンす!」
「へぇ~~! ゲームの格好とかもあるんですね! ヤンス君って物知り!」
「えっへん! でヤンす」
対抗心をメラメラと燃やす2人を他所に、クミは俺氏に何となく訊ねた。
「あの、俺氏さんって・・・何が好きなんですか?」
「ふふっ! 俺はやっぱりボカロかな」
俺氏は微笑みながら答えた。
「やっぱり、ミクちゃんが・・・好きなのですか?」
ボカロといえば初音ミク。彼女もミクに愛着を持ち始めていた。何せ沢山のイラストを描いたのだから当然ではある。
そして俺氏は口笛を吹くように何気ない、いつもの口調で答えた。
「ふふ・・・俺は―――クミちゃんが大好きさ」
「―――ほえ・・・?」
唐突な告白は、一瞬ではあったがクミを動かす器官を全てを止めた。心臓や脳、血流、呼吸、全てが停止した。本当に止まったら大変だが、そんな感覚だ。そして心臓が堪えきれずに血液を送り出すと、止まった脳が思考を再開し、自分に問う。
『今なんて言ったの? ミクとクミ―――私・・・聞き間違いでしょうか?』
心の中でクミは言葉を発した。だがそれは、どうしても口から出せない。
顔が発火したように赤くなる。このままだと自分は熱で蒸されて黒焦げになってしまうのではないかとクミは思った。
聞き間違いなら恥ずかしい。だが、聞き間違いでは無いのなら更に恥ずかしい。
俺氏は何故か此方も見ずに、ずんずん先へ歩いて行く。クミは何だか置いてきぼりにされそうで、立ち止まって考える事も出来ないでいた。
「何でヤンすか―――っ?! 何か香ばしいラブコメ臭が漂っているでヤンす!!」
「むむっ・・・ちょっと御二方。私が目を離した隙に何事が―――っ!」
嗅覚鋭い書生とヤンスは、クミに詰め寄る。
「いや~~~~っ!! とりあえず何も聞かないでぇ~~~~っ!!」
クミは赤面した顔を隠しながら、二人の追及を逃れようとするのであった。
恋愛免疫ゼロ、中途半端なロマンス。そんな青春は不器用な彼らに相応しい。
彼らが、カンバスに描く恋愛はきっと無様な出来だろう。
恥ずかしくて人に見せられない作品かもしれない。
だが、それはまぎれもなく彼等の作品。
同じ絵を、この時代に、クミ、俺氏、書生、ヤンスは心に描いたのだ。
奇跡の時間(ショータイム)を。
1階のエントランスには、運営が用意した受付カウンターがある。これはサークル参加者達の為の受け付けである。俺氏は参加用紙を渡し、ブース代を支払う。
半卓、椅子二つで500円。1卓なら椅子四つで1,000円。
部員達は4人座れる1卓を借りたと思いきや。俺氏は悪びれも無く言う。
「ふふっ! 経費削減で俺達は半卓さ」
「ええ~~~っ!?」
クミ、書生、ヤンスは声を揃えて叫んだ。
「ふふっ・・・だって俺達、20部だけしか本が無いのだから、半卓で充分さ」
「まあ、確かに・・・」
書生は納得した。確かに、20冊のコピー本を1卓に並べるのは、ちょっと滑稽かもしれないと思ったからだ。
「でも、椅子は二つでヤンす。あとの2人はどうするでヤンす?」
「ふふっ。他のブースを見て回れば良いのさ」
売り子が2人、手空きが2人。交代で見回れば効率は良い。
当然、ここで書生とヤンスは大揉めである。どちらがクミと組むのか言い合いが始まった。そんな騒ぎは置き去りにし、クミと俺氏は自分達のテーブルに向かい出品の準備を始めた。
左右隣のブースに挨拶代わりに自分達の本を差し出すと、相手側も「どうぞ!」と本を貰った。このような挨拶をそつなくこなす俺氏。そんな振る舞いが出来たのも実家が酒屋で、よく店に出て仕事を手伝っているからなのだが、まだ15歳のクミにしてみれば驚きである。
置いていかれた書生とヤンスは慌てて二人の所に来て準備を手伝うのだが本の置き場所一つでも「それは、ここですぞ!」「違うでヤンす! ここでヤンす!」などと、ここでも大騒ぎだ。
そんな最中、彼等のブースに体格の良い男がやって来た。
騒ぎ過ぎて怒られるのかと、美術部員の面々は緊張したがどうやら違う様だ。
体格の良い男はクミの前に立ち、ジロジロと頭の先から靴の先まで眺める。
そして、パチン! と指を鳴らした。
「アラ、ヤダァ、このコったら―――最高のカンバスね☆」
バリトンボイスでオネエ言葉。その男は、クミの目線まで身を屈めた。
「・・・肌もキレイだし、目鼻立ちがシンプルでイイわぁ~~☆ 身体も細くて背丈もピッタリ☆ 何よりオッパイが小さくてイイわね☆」
「ふぇっ! ・・・おっぱ!?」
クミを褒めているのか貶しているのか分からないが、オネエ男はクミを気に入ったらしい。そしてオネエ男は大いに頷き、言ったのだ。
「あなた・・・初音ミクに―――なってくれないかしらん☆」
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