閉じ込められてから、数日が過ぎた。外に出してもらえないことを除けば、生活に不自由はない。食事や着替えはお母さんが運んできてくれるし、頼めば本やCDも持ってきてくれる。でも、外に出してもらいのは辛い。外に出て、レン君に会いたかった。
 わたしはほとんどの時間を、例の手紙を読んで過ごしていた。
「リン!」
 ある日、お父さんが部屋にやってきた。……今更、何をしにきたんだろう。居丈高な口調から考えると、出してくれるというわけではなさそうだ。どうしてお父さんは、わたしをここに閉じ込めているんだろう。期待を裏切った娘なんて、もういらないんじゃないの?
「……なに?」
 相手なんてしたくないけど、一応訊いてみる。
「お前、あいつといつどこで寝たんだ?」
 お父さんの言い出したことがあまりにもあれだったので、わたしはしばらく言葉が出て来なかった。……確かに、わたしはレン君とはつきあっている。家にも遊びに行った。でも、そんな関係にはなってない。
「寝てなんかいないわ」
「嘘をつくな」
 どうして、嘘だって思っているんだろう? お父さん、前にもわたしのことを「傷物」って呼んだ。けど、レン君とそんなことはしていない。
「本当に何もしてないの」
「おとなしく本当のことを白状しろ!」
 怒鳴られて、わたしは反射的に首をすくめた。でも、していないものはしていない。わたしは首を横に振った。
「リン、ついてこい」
 そう言われて、わたしは思わずお父さんの顔を見つめてしまった。ついてこいって、どこへ……? 学校じゃあ、なさそうだけど……。
「お前を医者に連れて行って検査してもらう」
 予想していなかったことを言い出され、わたしは反応に困った。わたしは、別にどこも具合は悪くない。食欲が落ちているけど、それはここに閉じ込められているせいだ。
「検査って……」
「お前の身体を調べてもらって、傷物だという証明書を書いてもらうんだ」
 言われたことを理解するのに、しばらくかかってしまった。そしてわたしは、恥ずかしさと怒りで真っ赤になった。どうしてそこまでされないとならないのだろう。何もしていないのだから、調べてもらえば潔白だということははっきりするだろうけど……そんなのは嫌だ。なんで、身体を調べさせないといけないの?
「絶対に嫌よ!」
 わたしは、勢いよく首を横に振った。
「いいから来い!」
 お父さんが、わたしの手首をつかんだ。わたしを、無理矢理部屋から引きずり出そうとする。……この部屋から出たいって思っていたけど、こんな形でじゃない。わたしは、必死で抵抗した。それでも、お父さんの力には適わない。ずるずると引きずって行かれてしまう。
「……あなた、何をしているの!?」
 お母さんの悲鳴が聞こえた。こっちに駆け寄ってくる足音がする。
「カエ、リンを婦人科に連れて行って検査させる」
「検査って……あなた、リンに足を開いて検診台に乗れって言うの!? やめてください」
 お母さんがわたしの反対の腕をつかんだ。お父さんが、お母さんからわたしをもぎ離そうと、乱暴に腕を引っ張る。
「向こうがいつまでたっても非を認めないんだから仕方がない。こうなったらちゃんとした証拠をつきつけないと」
 一体何の話をしているの? 何のことなの? わたしにはさっぱりわからない。
「証拠って……」
「どうせ男の前で散々足を開いたんだ。医者の前で足開くぐらい大した問題じゃない」
「……そんなことをやったら、婦人科の先生に、あなたが娘を虐待してるって言うわ!」
 お父さんは驚いたのか、わたしの手を離した。わたしはその隙に、お母さんにしがみついた。
「そんな話が通じるわけが」
「リンはもう高校生なのよ。父親であっても、身体を調べるなんて許されるわけがないでしょう!? 婦人科の先生だって変だと思うわ」
 お父さんはむっとした表情で、わたしをお母さんから引き離すと、部屋に押し込み、また鍵をかけた。わたしはドアに背を預け、ずるずると床に崩れこんだ。
 一体、お父さんは何を考えているんだろう。実の父親なのに、なんでああなんだろう。わたしは顔を覆って、泣き崩れた。


 その日の夜、様子を伺いに来てくれたハク姉さんに、わたしは起きたことを話した。
「お父さん、わたしを婦人科に連れて行って検査するって言ったの。わたしが傷物だから証明書を書いてもらうって」
「……何か廊下が騒がしいと思ったら、そういうことだったのね」
「お母さんが、そんなことをしたら通報するって言ったら諦めたけど……ハク姉さん、わたし怖いの。お父さん、また無理矢理わたしを連れて行こうとするかも」
 わたしは、話しているうちに感情が高ぶってきて、また泣き出してしまった。泣いても、どうにもならないのに。
「……ねえ、なんでなの? なんでお父さん、わたしがレン君と寝たって思ってるの? わたしたち、キスしただけよ?」
 ハク姉さんの答えはなかった。……ハク姉さん、やっぱり知らないのかな。本当のお母さんが、男を作って駆け落ちしてしまったこと。
 わたしは、しばらくぐすぐすと泣きじゃくっていた。最近、泣いてばっかりだ。自分が、ひどく駄目な人間になってしまったように感じる。
「リン、とにかく落ち着いて、気を確かに持って。……カエさんにそれだけきっぱり言われた以上、お父さんも当分婦人科に連れて行こうとは思わないだろうから」
 そんなのわからない。お父さんは、昔から予測のつかない行動に出る人なんだもの。
「わたし、レン君に会いたい。会って話がしたい」
 ううん……本当は、話がしたいんじゃない。会って、抱きしめてほしいんだ。抱きしめて、「何も心配しなくていい」って言ってほしいの。
 ……でも、これは……わがまま、かな……。
「ああ、うん。あんたがそう言ってたって、メイコ先輩には伝えておくから」
 泣いていたわたしは、ハク姉さんのその言葉で我に返った。そうだ、ハク姉さんは、レン君のお姉さんと連絡を取ってるんだ。レン君はお父さんに殴られたりしたのに、わたしのことをすごく心配してくれているって、ハク姉さんは言ってた。
「ハク姉さん、このことは言わないで」
「……リン?」
「こんな話……知らせたくないの。レン君に、これ以上心配させたくない」
 わたしがそう言うと、ハク姉さんはため息をついた。
「リン、向こうは既に充分すぎるほど心配してるわよ」
「だから、これ以上増えるのは嫌なの」
 ハク姉さんは、もう一度深いため息をついた。
「わかった、この話は言わないでおく」
「……ありがとう」
「じゃ、あたしは部屋に戻るわね」
 廊下を遠ざかっていく、足音が聞こえた。わたしはドアから離れると、ベッドに横になった。泣いてばかりいたせいか、頭が痛い。
 どうして……、どうしてお父さんは、わたしがレン君と寝たんだって思っているんだろう。確かに、わたしはレン君にだったら抱かれてもいいって思った。でも、まだ何もしていない。レン君のあの時以来、そういうそぶりは見せなかったし、もっとずっと先のことになるんだろうって思ってた。
 お父さんは探偵を雇って調べさせたって言っていたし、写真も見せられたけど、全部外にいる写真だ。わたしたちが関係を持った証拠なんかないのに。何がどうなっているんだろう。わたしにはわからなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第六十八話【穢れを知らぬ心】

 登場人物全員突っ込んでる精神的余裕がないので書き手が突っ込みますが、多分、婦人科に連れて行っても、そこのお医者さんに「帰って下さい」と言われるのはほぼ確実だと思いますが。そんな証明書を書く医者はいないって。
 医者がもっとまともで気が利いたら、児童相談所に通報でもしてくれたかもしれません。

 後、次回はアナザーの方のみの更新になります。

閲覧数:798

投稿日:2012/04/16 18:54:14

文字数:3,026文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。

    おとーさーん…おーい……
    一体、どんな脳をしてるんでしょうね。ちょっと解剖してみたい気持ちです。
    自分の娘の言う事くらい信じてもいいと思うんですが……言う台詞もとてつもないです。
    「証拠を出す」と言っても「証拠が無い」から……はっ、もしかして、「証拠を捏造する」なんてしないですよね!?いやいや、考え過ぎ……
    お父さんの悪の活躍にはハラハラさせられます。目白皐月さんはすごいですね。続きも楽しみにしています。

    2012/04/17 10:06:56

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