思えば、あの時から既に私の運命は決まっていた。
<造花の薔薇.2>
『王い、けいしょう?ってどういうことなの?』
『次の王様になるのがリン様かレン様か決めるということですよ』
『王さま?うーん、やだなあ』
アンネは少し困った顔になった。
『他の国のように男の方か女の方か、どちらかが王位を継ぐように決まっていれば楽なのですがね。この国では、そういうことはありませんから』
『わたしもレンも、どっちでもなれるの?王さまに?』
『ええリン様、お成りになれますとも』
わたしもレンも。
私はそれを思って少し嬉しくなった。
性別なんて関係なくて、対等な立場なんだと確認出来たから。最も、あの頃はこんな小難しい言葉なんて知らなかったから、ただ単純に嬉しかっただけだったけれど。
だから、私はアンネにお礼を言ってから、走ってレンのもとに向かった。
今聞いたことを伝えたくて。
私は薔薇の中を走った。
色とりどりの薔薇の花。
どの株も私より丈が高かったから、まるで薔薇のアーチを潜っているみたいでとてもわくわくしていた。
綺麗な世界の真ん中を走っているみたいで、とっても嬉しくて。
早くレンのところに行っていろいろな事を喋りたいと、浮き立つような気持ちで考えていた。
だから多分、あの時足を止めたのは運命だったのだろう。
でなければ、あの場で止まっていたはずがないのだから。
―――おとうさま?
なんだろう。おとうさまの声だ。
私はそこで走るのをやめ、そっと薔薇の間から声のするほうを盗み見た。
そこには、お父様と側近の男性が真剣な表情で立っていた。
『どちらでも良い。どちらかが死ぬというだけの話だ。どちらでも差はない』
しぬ?
どちらかって、どういうこと?
何の話だか良くわからなかった。
でも深刻な話であるのはわかった。
本当なら、そこでさっさとレンの所に向かうべきだった。なのに私はそこで立ち尽くした。
今考えれば、なんて馬鹿な事をしたのかしら。
続いた会話を聞きさえしなければ、違った未来になっていたかもしれないのに。
『しかし陛下、彼等はあなたのご子息とご息女ですよ』
それを聞いて、息が止まるかと思った。
彼等が言っているのは、私とレンの事だったんだとわかったから。
そう、私とレンのうち…一人が、死ぬ?
『ふん、誰であろうと変わらないさ。次代でこの国は終らせる。今までよくもった方だ』
『では、やはり』
『次の王がどちらになるにせよ、そいつは死ぬことになるだろう。まあ人などいずれ死ぬもの。それが少し早まる、それだけだ』
『…御心痛、お察しします』
『心痛?』
鼻で笑うような声に心臓が凍るような気がした。
おとうさま、どうしてわらうの?
続きを聞きたくなかった。
でも、体は動いてくれない。
『馬鹿を言え。私はあれのどちらも愛していない』
愕然とする私の耳に続く言葉が容赦なく滑り込んで来た。
『寧ろ、忌ま忌ましくて仕方がないよ』
私は走った。
万が一にもお父様に見つかりたくなくて、できるだけ足音を殺して、身を縮めて。
なんとなく、そうじゃないかと思ってはいた。
お父様が私達を疎んじていたのは言葉の端々から感じられたし、あまり好かれていないんじゃないかという疑惑は常に持っていた。
でも、そこまでだなんて。
分かっているつもりだった。
それでも、裏切られた、という痛みを押さえることは出来なかった。
お父様は「お父様」なのに。家族なのに。
なのに、お父様は私たちの事を愛していないと明言したのだ。
私の事を愛してくれていると、1番愛してくれていると思っていた人。
でも本当は、そんなのは思い込みだった。
昔、アンネが言っていた言葉を思い出す。
『お二人はね、皆が待ち望んだお子様だったんですよ』
嘘。
ねえ、アンネ、だって、
皆って、ダレノコト?
私達を一番愛してくれるのは、親であるお父様じゃないの?
なのにお父様は私達が忌々しくて仕方がないと言うのよ?
『リン!…あれ、どうしたの?』
『え?』
気付くと、私はレンの前で息を切らしていた。
いつ、レンのとこについたのかな…
わからない上、考える気持ちにもならなかった。ただひたすら、ショックが頭の中を掻き回す。
―――お父様ですらああなんだ。もしかしたら、私は誰にも愛されていないのかもしれない。
それは、恐ろしい想像だった。
レンは私の髪や服に沢山付いたゴミや鉤裂きを心配そうに眺めていた。多分、薔薇の間を走ったからどこかで付けてしまったんだろう。
レンは私の顔に視線を移し、心配そうに頭に手を置いてくれた。
『リン、平気?』
優しい目と気遣う言葉。
温かい思いやり。
本人は何も知らなかっただろう。でもレンが私に与えてくれたのは、その時の私の心を癒すのに1番大切なものだった。
『なんか、すごくいたそうなかおしてる』
『……ふぇ』
『え、うわ、リン!?泣かないで、大丈夫だよ!』
『ち、ちがうの』
嬉しい。
レンは、レンだけは私を見てくれる。大切だと思っていてくれる。
いずれ他の誰かを1番に見るのだとしても、この時だけは。
嬉しくて涙が零れた。
良かった。
私の居場所は、ここにある。
お父様が私達を愛してくれなくても、平気なのかもしれない。
『……ちがうの……』
覚えていた。レンと、軽口みたいに、お互いを守ると言い合ったこと。
ずっと一緒にいたかった。側にいて、その時の言葉の通りにお互いを守り合えたら一番良かった。
でも、もしもそれが叶わないのなら。
私は、その時に決めた。
私が生きる意味があるというなら、それはきっとレンだ。
優しい、賢い、私の片割れ。
レンは、絶対守る。
私が何をすることになっても―――レンは。
レンだけは。
だから―――・・・
私は覚悟を決めてお父様の部屋の扉の前に立った。
ただの扉のはずなのになんだかとても緊張する。まるでこの扉を抜ければ恐ろしい何処かに着いてしまうようで。
・・・なんて、そんなの馬鹿みたい。
自分に言い聞かせてからノックをし、中に滑り込む。
お父様は机で何かの書類を書いていた。
「おとうさま」
「どうした、リン」
私は笑顔を浮かべる。
怖かったけど、嫌だったけど、笑ってみせた。
今からは、作り笑いは辛いだとか嫌だとかなんて言えない。
これからずっと、私はこうして笑ってみせるのだから。
「おねがいがあります」
「ん?」
レン、ごめんね。
お父様はきっと私を選んでくれる。
私は確信を持ってお父様を見つめた。
沢山のものを捨てる覚悟を固めながら。
「わたし、次の王さまになりたいんです」
絶対にレンには手を出させない。
いくらでも仮面を被ってやる。
いくらでも罪を被ってやる。
いくらでも憎まれてやろう。
私一人で済むのなら―――何だってしてみせる。
たとえそのせいで世界を敵に回すことになっても、私は構わない。
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