その後、僕は牢を移された。メイコの対応は早く、すぐに裁判が始まった。簡易なもので、女王を処刑をするための理由付けのようなものだ。街は自分たちが勝ち取った正義に歓声をあげ、女王の失政をなじった。女王の死が、自分たちの勝利の証だと言った。
予想通りだった。誰がなにをしても、トップに責任を求めるのが民衆なのだ。ミクから教わった通りだ。誰も僕らに正しい道を教えてくれなかったからだと、逃れることなどできない。それは必要な死だ。
革命から3日目にはリンの処刑が決まった。明日午後3時。今頃リンは何を思っているだろうか。やっぱり、自分が死ねば良いと思っているだろうか。そんなリンになんと言ったら、生きようと思ってくれるだろうか。人の意志を変えることは難しい。どんなに願っても、伝えても、うまくはいかないのだ。
最後の夜はとても静かだった。蒼い月は美しく、星は優しく瞬いていた。ミクとの約束を一つ守れないことを空に向かって謝った。自分の誓いを一つ破ったことを空に向かって悔いた。両親が生きていた頃の僕らを思い出し、あの暖かな日々とあまりにも遠いところに来てしまったことを感じる。
どうして誰も止めてくれなかったんだろう。どうして誰もちゃんと教えてくれなかったんだろう。僕らは子供だった。正しい道しるべが必要だった。けれど、大人たちは子供のリンを利用しただけだった。
ならば、なぜ自分が止められなかったのか。なぜもっと大人でなかったのか。結局、自分の力不足を呪うことになる。そして運命を。
なぜ僕らは双子だったのか。
早朝、僕は牢を抜け出した。あらかじめ鍵を準備し、牢の番をしている兵士を眠らせるための薬を用意していた。軍として、訓練された者ならば、調べられたかもしれない。しかし、兵士たちもつい先日まで、ただの市民だったのだ。彼らの目を盗むのは容易だった。その市民が痛い思いをすることすら、僕には疑問だった。
兵士に眠ってもらい、僕は静かにリンのいる牢に入った。リンは目を覚ましていた。いつもギリギリまで起きてこないリンだったのに。さすがに緊張しているのだろう。
「レン…!どうやって…?」
「静かに。ここから出るよ。」
「でも、私…。」
「早く。」
うつむく気持ちを無理やり引っ張って、牢を出た。
慎重に廊下を渡り、リンの部屋へ入る。僕はそこで着ていたシャツを脱いだ。
「…レン!?」
「これに着替えて。ずっと着ていたものだから気持ち悪いかもしれないけど。」
「どうして…」
「肩口の血のあとがそのままだから、そっちの方が都合がいいんだ。」
「そうじゃなくて、なにをするつもりなの?」
「リンを安全に逃がすための策だよ。リンは僕になる。」
「それって…レンは!?レンは私になるっていうの?」
「そうだよ。あのイエローのドレスがいいと思うんだ。」
「私の代わりに死ぬつもりなの…?」
リンはもう涙目だった。
「陽動だよ。大丈夫。僕もうまく逃げるよ。」
「嘘!もう騙されないんだから!」
「信じてくれないの?もうずっと、リンは僕を信じなかったことで痛い目を見たはずだけど。」
僕は切り札を出した。今日までのことは、すれ違いの悲劇だ。リンが僕を信じてくれれば、避けられたかもしれない。
「それは…。」
「僕はリンに生きてほしい。ちゃんと世界を知ってほしい。操られた人生でなく、リンの人生を。だから、生きて?」
「それ、本当に、レンは大丈夫なの?」
「僕のことは心配しなくていい。リンのドレスを脱いでしまえば、僕は男だし疑われないよ。それに、リンより足だって速いし、馬だって上手に乗れる。」
僕は精一杯の優しい笑顔を作った。リンが安心できるように。生きる覚悟を決めてもらうために。
「絶対、絶対だよ?レンも生きるんだよ?」
「わかったよ。さぁ、早く。」
そうして僕はリンのドレスを、リンは僕の服を纏った。僕はリンの髪を僕のようにひとつにくくり、僕はリンからヘアピンを受け取った。
「やっぱりドレスは動きにくいな。これじゃリンは絶対逃げられない。」
「私だって足遅くないもん。」
「じゃあ、見つからないように、しっかり逃げて。」
そうして僕はリンの部屋の隠し通路を開けた。王族のみが知るこの通路は何かあった時のため、城の裏側に出られるよう作ってあった。裏の森をしばらく地下に潜ったまま進み、森の中に出る。そのまままっすぐ行けば国境を越えられる。森の中には国全体を見渡せる丘があり、僕らはよくそこで遊んだ。
「あの丘に逃げるための準備をしてある。僕を待たずに行って。」
「レン…待ったらダメ?」
「うん。僕は追われるかもしれない。リンを守って逃げるのは難しい。別のルートにした方がいい。」
「わかった…。」
「早く。牢の番が起きたらすぐ騒ぎになる。」
「うん…。」
「あ、これも着て。」
僕はリンにフードつきのマントを渡した。金の髪は目立つ。隠しておいた方がいいだろう。
「…レン、絶対いつかまた会えるよね?」
「うん。僕らは双子だもの。いつまでも繋がってるよ。」
「レン、ごめんなさい。ありがとう。」
「リン、運命に負けないで。」
僕らはお互いを抱きしめた。互いの無事を祈って。
「…レン。」
「大丈夫。リンなら逃げきれる。」
「絶対、絶対、いつか…。」
「うん。」
僕はリンを通路に押し出し、名残惜しそうなリンを勇気づけた。足取り重く、リンは歩き出した。何度も振り返り、その度笑顔を返した。その姿が闇に消えたことを確認して、僕は扉に鍵をかけた。
僕はリンのいた牢に戻った。牢の番はまだ寝ていた。静かに鍵をかけ直し、その時を待った。
リンはちゃんと逃げてくれているだろうか。あの丘には、ある程度の食料と資金、それから念のために身を守る短剣をリュックに入れて置いてきた。短剣ならばリンも小さな頃に少しは教わっている。僕が先日兵士を殺したものと揃いの模様が入っていて、僕らが唯一持っているお揃いのものだった。両親はこの短剣が必要になる日が来ると知っていたのだろうか。
リュックの中には、リンに手紙を書いて入れてあった。最後に嘘をついてごめん、と。この国が生まれ変わるための犠牲は必要だと。なんであれ僕は人を殺めた。だから、罪人の僕こそ処刑に相応しい。
リンが読んだら、また泣かせてしまうだろう。それでも、リンに僕の覚悟を知って欲しかった。僕が手紙を書かずともクローチェオの女王が処刑されたことをリンはどこかで知るだろう。その時に僕がリンのせいで捕まり、殺されたと思ってほしくなかった。自分の意志でこの国の歴史に沈んだのだと、伝えたかった。それで少しはリンの罪悪感を軽くできないだろうか。
人が聞いたら、兄弟のためにそこまでするなんて馬鹿げていると言うかもしれない。結局僕はリンのために、国のために生きた。でもなにを大切にしているかなんて人それぞれだ。僕は幼い頃の母との約束を守りたかった。彼女の前でよくやったでしょうと胸を張りたかった。ただ、それだけだった。
牢へメイコがやってきた。重苦しい手錠を提げている。
「さぁ、贖罪の時間だ。」
僕は牢から出た。メイコがその姿に目を見張った。
「…誰か、女王に着替えを持たせたか?」
「…いいえ。」
さすがのメイコは服が変わっていることに気づいた。僕を見据える。
「肩の傷…お前。」
僕はまっすぐにメイコを見た。目に力をこめる。メイコならば気づくはずだ。
「…最初からこうするつもりだったのか。見上げた根性だな。」
理解した。僕の意図を。メイコは騒ぎ立てることなく僕の手首に錠をかけた。
「本当に、惜しいことをしたな。この国は。」
広場へ出た。民衆が集まっており、野次が飛んでくる。メイコと数人の兵士が僕を囲み、守っていたが、物が飛んでくるのを避けきれなかった。広場には断首刑が用意されている。その一段高いところへ引き出された。
「これより女王リンの処刑を執り行う!」
歓声と野次が混ざった混沌の声が湧き上がる。メイコが民衆へ言い放つ。
「女王の死を以て、ここに王政の廃止を宣言する。次の世は、皆で作る!」
ひときわ大きな歓声が上がる。皆喜んでいるようだ。期待を彼女に、憎しみを僕に。そうやって皆の気持ちを消化し、新しい道へ進んでほしい。そのために僕はここで悪になる。
「最後になにか言うことはあるか?」
メイコが僕に訊いた。最初からなにも言うつもりはなかった。その時、ちょうど教会の鐘が鳴った。午後3時だ。僕は最後の言葉を考えた。
「あら、おやつの時間だわ。」
リンになにか用意しなければ。
メイコはそれを聞いて、一瞬切ない顔をした。そして、ふっと笑ってみせた。母の笑顔のようだった。
遠く、泣き声が聞こえる。この声はリンだ。あの丘で泣いている僕の姿が見えた。
ああ、違う。あれは僕の服を着たリンだ。
「レン…レン…嘘つきぃ…」
うん。ごめん。そう言って抱きしめて髪を撫でてあげたかったけれど、僕にはもうそれをすることはできなかった。切ない泣き声は森に響き渡り、いつまでも尽きることがなかった。
僕はそばにいるよ。いつでも、リンの味方だよ。
けれど、そんな励ましももう届かない。
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