杉本有司と申します。
その男は、奇妙な商売を営んでいた。
肩書は「観測士」といったところだが、実態はSNSの運用代行者である。
町外れの薄暗い部屋で、男は毎日、奇妙な機械のディスプレイを眺めていた。
その画面には、世の中のあらゆる物体の「存在確率」が表示されている。
世間一般では、街を歩けば建物があり、店には商品が並んでいるから
「存在して当たり前」だと思われている。しかし、男の理論では違った。
「誰も注目し誰も振り返らなければ、それは宇宙の隅で霧のようにフワフワと漂っているだけの
未確定なモヤにすぎない」
男がキーボードを叩き、アルゴリズムという名の呪文を唱えると、画面上のモヤが急に輪郭を帯びる。イ
ンプレッションという名の光がピカリと灯り、フォロワーという名の観測者が次々と集まってきた。
「ほう、なかなか見事な輪郭だ」
男が満足げに呟くと、クライアントである小さなパン屋の主人が目を丸くした。
さっきまで誰にも知られず、ただ倉庫の片隅で眠っていたはずの特別な食パンが
ディスプレイの光を浴びた途端、現実の世界で飛ぶように売れ始めたのだ。
「不思議ですねぇ。急にあなたのお店が、この世界の現実として確定しましたよ」
男がそう告げると、パン屋の主人はありがたそうに頭を下げた。
男の仕事はただ数字を大きくすることではない。世の中に無数に散らばる
「誰も気づいていない素晴らしいもの」を、的確なタイミングで人々に「観測」させ
確実な富や名声という物質に変換することだった。
夜が更け、町中の人々が眠りにつく頃、ディスプレイの光だけが青白く男の顔を照らしている。
明日もまた、宇宙のどこかでフワフワと漂っているだけの無数のアイデアを
この世界の「確かな現実」へと引きずり下ろすために、男は静かにキーボードに手を伸ばすのだった。
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