「今日の日を大事に」

それはいつもと変わらない朝だった。訪問先の〇〇さんは、私が福祉の仕事を始めた初期から担当している利用者で、もう5年ほどの付き合いになる。いつも玄関先でおしゃれな服をまとい、きれいに化粧をして笑顔で「待ってたのよ」と出迎えてくれる。彼女のその姿を見るたびに、彼女の気丈さと心の強さにいつも励まされてきた。

しかし、その日の彼女は違っていた。玄関を開けると、そこに立っているのは、化粧もせず、服装も普段の彼女らしさが感じられない姿の〇〇さんだった。そして、もっとも衝撃的だったのは、彼女の口から出た言葉だった。

「あなたは?だれ?」

まるで雷が落ちたような衝撃だった。何度も会って、何度も笑顔を交わしてきた彼女が、私のことを忘れている。いや、それだけではない。目の前にいる人を認識する力を失っている。その異変を放置するわけにはいかなかった。

急いで関係者に連絡をし、娘さんにも来てもらった。しかし、娘さんの顔すら彼女には分からなくなっていた。私たちは迷わず救急車を呼んだ。そして病院に到着すると、医師から「脳出血です」と告げられた。

その言葉に、胸の奥がズシリと重くなった。彼女のいつもの明るい笑顔が、突然失われてしまうほどの事態。どんなに元気に見える人でも、何が起こるか分からないのだと痛感した。

病室で横たわる彼女を見ながら、ふと考えた。今日元気でも、明日はそうとは限らない。そしてその「明日」が、時には突然訪れることがある。今日の大切さを、これほどまでに痛感したことはなかった。

1秒1秒が貴重だという言葉は、どこか遠い話に思えていたけれど、いま私の目の前にその「貴重な1秒」が流れている。この世界は本当に紙一重なのだと、身をもって知った。

帰り道、ふと空を見上げた。雲間から差し込む光が、まるで「今日を大事に」と語りかけているように思えた。その光を心に刻みながら、私は自分自身にも問いかけた。

今日の自分は誰かの「今日」を大事にできただろうか。

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今日の日を大事に

今あなたの隣の人は元気ですか?
明日、会えますか?
日々の日常は当たり前ではない事を考える機会になると思います。

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投稿日:2024/12/26 00:29:56

文字数:845文字

カテゴリ:小説

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