03
 それから数ヵ月は、怒濤のうちに過ぎ去っていった。
 スピーチ直後は、たくさんの人たちに囲まれて挨拶され、握手を交わし、たくさんの感想を聞いた。
 ハビエル国連事務総長。
 クラーク国連総会議長。
 安全保障理事会の常任、非常任理事国の国連大使。
 その場に居合わせた他国の国連大使たち。
 たまたまニューヨーク国連本部に訪れていた各国の外相。
 そういった人たちから、すれ違う職員や通りすがりの一般人。
 隣でケイトが「どこどこの誰よ」と教えてくれたのだが、多すぎてとても覚えられないほどの人数だった。
 私のスピーチはとても素晴らしかったと。
 感動して涙が止まらなかったと。
 貴女はもう赦されてしかるべきだと。
 他にも様々な感想を聞いた。
 そこにネガティブなものは一切なかった。私自身は、自分のスピーチが良くできたなどとはとても思えなかったので、本当だろうか、なんて考えてしまったのだけれど。
 そんな本心を漏らすと、ケイトは「貴女のスピーチは本当に素晴らしかったわよ。安心しなさい」と笑った。
 そのあと「みんなの心だけじゃなく、国連安全保障理事会が迅速に動こうとするくらいにはね。貴女のスピーチには、みなを動かす確かな力があったのよ」と告げた。
 スピーチから二ヶ月後、国連安全保障理事会において国連PKOの派遣が決定した。PKO――Peace Keeping Operation、平和維持活動――の名称は国連ソルコタ派遣団、通称UNMISOLとなった。
 政府と敵対関係にあるソルコタ東部のテロ組織ESSLFの武装解除を主目的とし、それに伴い兵士の通常生活復帰支援、元兵士に限らない子どもへの包括的な支援を目的とする部隊だ。
 子どもや子ども兵に対するものについては、国連児童基金、UNICEFからの協力も得られることとなった。
 さらに医療関係の支援については、国際赤十字赤新月社連盟の協力も取りつけられた。ソルコタには赤十字社も赤新月社も存在しないため、近隣国の赤十字社が主体となって医療関係者や医薬品の提供を行ってくれるのだという。
 そんな様々なことが次々と決まっていく中、都度意見を言うケイトの隣で、私はただ見ていることしかできなかった。
 ソルコタという国に対しての支援の数々はありがたい話だったし、嬉しかったし、感謝の念で一杯だった。
 けれどそれ以上に、歯がゆかった。
 自分はあのスピーチ以降、なにもできていなかったからだ。
 ただ見ていただけで。
 自分の力のなさを痛感した。
 ケイトは「あのスピーチがどれだけ重大なものだったのか、本人が一番わかってないみたいね」と苦笑していたけれど。
 だけど……スピーチで言った通りだ。
 私は大きな罪を背負っている。その罪があればこそ、私はもっとなにかを成し遂げなければならない。
 ……そんな気持ちだけが急いて仕方がなかった。
 ケイトのように、ソルコタという国のために働きたい。
 貧困にあえぐ子どもたちを救いたい。
 多くの子ども兵を、その境遇から解き放ちたい。
 そのためには、こうやってぼうっと人の話を聞いているだけではいけないはずなのに……私はいったいなにをしたらいいのかさえわかっていない。
「もちろん、貴女にはこれからいろんなことをやっていただきますよ。でもそのためにはまず、私の横に常についていらっしゃいな。私がどこで、誰に、なにを話しているのか。それを常に意識しておきなさい。ソルコタという国のルールと、国連という組織でのルールを把握してもらわなければなりませんからね。私たちがなにかを成し遂げたいと思ったとき、それを押し通すためにどこに提言し、どこの許可を得て、どこから援助を受けることになるのか、貴女はそれを知っておかなければなりません。今後のためにもね」
 そんなケイトの言葉に嘘偽りはなかった。ケイトの横で聞いているだけでも、得られるものはたくさんある。
 ――だけれど、それでも。
「安心しなさい。もう少ししたら、すぐに貴女にもたくさんの仕事をお願いしますからね」
 そんな葛藤を見透かしていたのか、ケイトはそう言って笑った。
 その言葉が現実になったのは、二年後のことだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

アイマイ独立宣言 3 ※二次創作

第三話
UNMISOLは、United Nations Mission in SOLcota、の略称になります。UNMIS、としていないのは、国際連合スーダン派遣団という実在したPKOと被ってしまうためです。
赤十字社も、イスラム圏ではキリスト教的な十字のシンボルが忌避されるからと、赤新月社(白地に赤の三日月のマーク)である場合があるそうです。
調べてみると、知らないことばかりで色々と学ぶことが多かったです。

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投稿日:2018/11/05 22:39:21

文字数:1,747文字

カテゴリ:小説

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