第四章 ガクポの反乱 パート6
どうやら、上手く進入できたようだ。
テトが内壁南門を守備する衛兵との会話を終えて、一度止めていた馬車を再び移動させる気配が伝わると、ガクポは安堵したように、周囲に気取られない程度の溜息を漏らした。先日のテトとの会談から一週間後。五月二十一日の出来事である。今頃、リン様は既に二千の傭兵を従えての布陣を終えているはずだ、とガクポは考え、事前に打ち合わせた戦術を心の中で復唱した。
頃合を見て、馬車を飛び出し、内壁に陣取る衛兵を殺傷して城門を開放する。その後、リンが率いる本隊が総督府への突撃を開始する。そのような手はずとなっていたのである。殆ど決死隊にも近い、馬車に潜んだ剣士はガクポを始めとした歴戦の勇者のみ。同行するのは先日リリィと接触したダオスに、若いながら確かな腕を持つヴェネト、そのほか凄腕の二名、合計五名のみ。
ごろごろ、と心地のよい音を響かせながら、馬車は進む。明かりの無い幌の中は日中にも関わらず、薄暗い視界しか用意されてはいない。変わりに充満している紅茶の香りをもう一度堪能するようにガクポは一度、大きく呼吸を整えた。そのまま、それにしても、と考える。
リン様が、これほどの計略を立案されるとは。
大まかな戦略は以前、緑の国との戦争を経験しているロックバードから伝授はされていた様子ではあったが、状況に応じてオリジナルに戦術を入れ替えた人物は紛れも無い、リン自身の功績であると言えるだろう。ガクポの傭兵隊をこの一週間でさりげなく、旅の剣士を漂わせながら数名ごとのグループに分けてグリーンシティ内に侵入させることには既に成功している。それは即ち、グリーンシティ攻略における第一の関門、以前はロックバードが火砲と赤騎士団により強行突破した、原野と市街を分ける外壁の効果を失わせることに成功したということだ。それに加えて、テトの発案からリンが導き出した答えは、素早く、確実に、旧緑の国王宮、現在のグリーンシティ総督府を囲う内壁を無効化させる戦術であった。そのための人選に、リンは迷い無くガクポを指名した。それは即ち、十倍の敵兵であっても的確に対処できる人間はガクポ以外に存在しないと知悉していたからに他ならない。
或いは、とガクポは考える。
以前黄の国を失った手法を、時と場所を代えて再現するつもりなのだろうか。
あの時、ガクポにとっては伝聞した内容だが、アレクは事前に仕込んでおいた内通者により、鉄壁を誇る黄の国王宮の城壁を無力化したという。それと同じことを、リン様は再現しようと考えられたのかも知れない。
ガクポがそう考えた時、ぴたり、と馬車の動きが停止した。ぐ、と同行している剣士らの緊迫した空気がガクポにも伝わる。そろそろ、動きがあるはずだった。
「お姉さま、そろそろ頃合ですわ。」
ガクポらを隠した馬車が城壁の向こうへと消えた後に、セリスが軽い緊張を含んだ声で、リンに向かってそう言った。今回副官を務めるのは、先日初陣を終えたばかりのセリスである。そして、大将はリン。
「そうね。」
セリスの報告に、リンは静かに頷いた。リリィは商工会青年団と動きを同じくすると同時に、リン率いる本隊との調整に当たることになっている。今は商工会に顔を出しているために、この場所にはリリィの姿は見えない。
「いくわ。」
短く、リンはそう告げた。その言葉にセリスは頷き、そして周囲を固める数十名の剣士らに向かって告げる。
「狼煙を、お願いします。」
一回目の狼煙は決起の合図。二回目の狼煙は城壁開門の合図。既にそう定めている。万が一、開門に失敗した時のために、城壁をよじ登るだけの道具も用意してあるが、被害規模を推定するに、この道具は極力使用したくない。ガクポが上手くことを進めることを、切に祈る、それが今のリンの立場であった。
あたしも、まだまだ甘いな。
リンは思わずそう思う。ロックバードに比べれば、まだまだひよっこ、せめてアレク並みの知略を使えればいいけれど、と少し悔しがるようにそう考えた直後、勢いのある爆発音が響き渡った。そのまま、打ち上げられた煙が天へと上り詰める。さも、天に昇る竜のごとく。その響きがグリーンシティ全域へと鳴動したことを確認したリンは、強い意志をその真一文字に結んだ唇に込めながら、駆け出した。ただ無言で、内壁南正門を一直線に。
グリーンシティはその構造から、都市の北部を王宮と定めて発展した、碁盤目に整備された街である。リンが布陣していた場所はグリーンシティのまさに中心部、総督府正門から内壁南門を越え、南大門へと続くグリーンシティ大通り、街を東西に分断する幅広の道路であった。一目散に走るリンに続いて、セリスが、そして百名程度の部隊が続く。そしてその数は、見る見る内に増加して行った。当初より手配していたガクポ率いる剣士隊二千名だけではない。商工会青年団およそ三千名が本隊に合流し、怒号を上げて南門へと迫ったのである。それまで平穏を楽しんでいたグリーンシティの市民達はその姿を見て驚愕の色を見せた。それと同時に、歓喜の色も。
「帝政反対!」
誰かが、そう叫んだ。その言葉に、何十にも複合された声が唱和し、市街全体を揺さぶり続ける。無意味な抵抗を試みた、市中警備の任に就いていた帝国兵は、人の群れに対して無残にも踏み潰される蟻のごとく、無力な存在と瞬時に化した。良くて重症、通常死亡という、悲惨な運命しか彼らには用意されなかったのである。
軍規すらも無視するような、けたましい足音がガクポの耳に届いたのは、馬車が総督府の目前で停止してから一分程度が経過した頃合であっただろうか。良く耳を澄ませれば、甲高い鬨の声が総督府にまで届いている。
「お頭。」
待ちきれない、という様子でそう言ったのは副官であるダオスであった。その言葉に、ガクポは無言で立ち上がる。そのまま、そろり、と動きながら、最後にガクポは勢いよく馬車から飛び出した。文字通り、鳩が豆鉄砲を食らったような表情でガクポを迎え入れたのはどうやら帝国に仕える文民らしい。文民に手を掛けることは騎士の名折れ、ガクポは瞬間でそれだけを考えると、遠慮の無い脚蹴りを文民に向けて放った。腹部にのめり込んだつま先に、文民がうめき声と共に崩れ落ちる。その後に続いて、五名、ガクポが尤も信頼する剣士達を背後に従え、ガクポは一目散に走り出した。ただひたすら、狙うは一点、内壁南門のみ。途中に出会った将兵達は降って沸いたように現れた五人の剣士に度肝を抜かれたらしい。さしたる抵抗もなく、寧ろ対処の仕方が分からないという様子で見送った兵士達が異変に気付くのはもう暫くの時間が経過してからであった。
何しろ、日中は民間人の出入りも多い。ルワールの動向に注視しながら戦闘行為が行われることを想定していなかった帝国兵が僅かの間でもガクポを、納品に訪れた民間人であると疑ったことは致し方の無いことであっただろう。だからといって、ガクポがその隙をのうのうと見逃す訳も無い。
「止まれ、止まれ!」
異変に一番初めに気付いた兵士は南門を守備する衛兵、数はおよそ二十名であった。全面からは数千名にも及ぶ軍団の襲撃を受け、後方から謎の集団による切り込みを見ては恐らくまともな神経をしていられた人間は相当限られるだろう。状況を理解できない恐怖に怯える、目前に剣を構えた兵士を見つめながら、ガクポは無言のままに長剣を抜き放った。直刀両刃の刃が天に光る。そのまま、ガクポは真正面から兵士に向かって斬撃を放った。瞬時に無言の血飛沫と化した兵士に一瞥すらもくれることなく、ガクポは重圧感すらある鉄扉へと突撃した。。だが、今の一撃で兵士達も臨戦態勢を整えている。えい、と気合を込めて突き出された槍に対して、ガクポはしなやかな足取りでそれを交わし、代わりにガクポの背後から駆けるダオスは大股に一つ、ステップを踏むと、槍を構えた兵士の右腕をするり、と軽く切り裂いた。絶叫、溢れる赤。口内が鉄の味に満たされる、恐らく敵兵の血だ、と考えながらダオスはもう一名を軽々しく切り裂いた。その間、ガクポも走る、走りながら斬る。そもそもガクポの剣撃に叶う人間がこの世に存在しているはずもない。まるで跳ぶように、疾風のごとく襲い掛かるガクポの前に、今日という日に門番を任じられた不運な兵士達はほんの数分で壊滅することになった。そして、閂をはずす。数人がかりで両扉を全開にしたガクポはそこで、その先に映る市街の様子を見つめてにやり、とした笑みを浮かべた。
既に、数千名にも及ぶ武装集団が城門へと迫っていたのである。
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