「遅くなってごめん」
教室の扉の少し前で、たっぷりと深呼吸して心を落ち着かせてから、ミクはゆっくりと扉へ歩み寄ってその引き戸を開けた。
中に待っているであろう人物に向かって声をかけたのだが、一歩踏み込んだ教室の中は無人で、虚しく自分の声が響き渡った。
「あれ? おかしいなぁ」
卒業文集の編集作業で、係りとして任命されているもう一人の男子生徒、カイトが待っているはずであったのだ。
昼を食べにどこかに行っているのだろうかと思ったが、ミクも昼を済ませてから職員室へと用を済ませに行ったぐらいなので、まだ食べているということも無いだろう。
だとしたらどこへ?
もしかして教室を間違えたかと思ったが、短い間とはいえ通い馴れた教室の姿が目の前に広がっているので、それもない。
待ちくたびれて先に帰ってしまった?
そう思い至って心が折れそうになった瞬間、後ろから肩を突然叩かれたミクは驚いて甲高い声を上げてしまった。
「ひゃっ!」
「なんだよ初音。そんなに驚いた?」
自分の頭ひとつ分上からから聞こえてくる、落ち着いた低い声。
その声の主のカイトは、ビクリと肩を振るわせたミクに驚いてその肩から手を退けて、両手を挙げてみせた。
少し困った顔で。頭ひとつ分背が高いカイトは、こちらを見下ろして首を軽くかしげている。
変な声を出してしまった羞恥に顔を赤くして、ミクは慌てて教室の中へと逃げこんだ。
「だ、誰も居なかったからおかしいなと思ってて。そんな隙にいきなり肩叩かれたからびっくりしちゃった」
振り向いて、慌てて言い訳をするかのように言葉を並べる。
あはは、と。照れ隠しに笑うミクを、カイトは両手を挙げた姿勢のまま、微笑ましそうに見ていた。
「変なやつ」
「どっきり仕掛けるような人に、言われたくないなぁ」
一人で慌てふためくミクに、カイトはたまらず吹きだした。
膨れて言い返すミクであったが、他愛も無いやり取りをしているうちに羞恥は去っ
て、いつも通りのテンポが戻ってきてホッとする。
触られるのを嫌がったとか。そんな風に取られたらどうしようと内心不安だったのだ。
「そういえば、どこに行ってたの? お昼はとっくに食べ終わってたんでしょ?」
「ん、ああ。待ってたら喉が渇いてきてさ」
不在の理由を問うと、カイトは両手を下ろして制服のポケットの中を探る。そして左右両方のポケットから同時に二本の飲料の缶を取りだした。
「ほら、こっちが初音のな」
そういって軽く、緩やかな放物線を描くようにして片方の缶が投げて寄越された。
違う事無く手許へと向かってきたそれを、ミクは両手で受け止めた。
程よい暖かさがそのミルクティのスチール缶から、手のひらへと伝わってくる。
いくら午後で日差しがいいとはいえ、十二月も終わりが近づいている今の寒さは辛い。
その上、コンクリートでできている校舎は熱を留めるというよりは冷気をよく伝えてくるため、職員室からここまでの間に冷たくなった指先に暖かさが心地よかった。
「ありがとう」
カイロ代わりにぎゅっと缶を握りこむ。
カイトのポケットの中で程よい暖かさとなったそれは、じわりと染み込むように熱を伝える。
その暖かさにミクはふと、カイトの手の暖かさの想像を重ねてしまい、頬が少し赤くなるのを感じた。
「どういたしまして。さて、編集のラストスパートやっちまおうか」
「うんっ!」
そんなミクの内心には気づかずに、カイトは教室の中の自分の席へとさっさと歩いていってしまう。
小さな変化にも気づいてくれてもいいのになと、ミクはその背を追いながら思う。
そんな事を望んでしまってもいいほどにい、二人の距離はさほど離れてはいない。
卒業文集の係りをこなしていく間に、互いの気持ちは確かに近づいていると確信できた。
ただ、最後の一歩だけがどうしても踏み出せない。
その理由が頭を過ぎり、浮き足立っていた気持ちが沈みそうになる。
ミクは内心でかぶりを振って、沈みそうになる気持ちを振り払う。
そうして、卒業文集の係りとこの学校に居られるのが最後となる今日の日のために、覚悟を決めてきたことをちゃんと成し遂げれるように気持ちを奮い立たせた。
私に残された時間はもう、無いんだから――
コメント2
関連動画0
オススメ作品
If I realize this one secret feeling for you
I dont think i would be able to hide anymore
Falling in love with, just you
Tripping all around and not ...今好きになる。英語
木のひこ
ありえない幻想
あふれだす妄想
君以外全部いらないわ
息をするように嘘ついて
もうあたしやっぱいらない子?
こぼれ出しちゃった承認欲求
もっとココロ満たしてよ
アスパルテーム 甘い夢
あたしだけに愛をください
あ゛~もうムリ まじムリ...妄想アスパルテームfeat. picco,初音ミク
ESHIKARA
Snow Miku 2026-Happy Pâtisserie-Crème Pâtissière
Snow Miku 2026- Happy Pâtisserie- Crème Pâtissière
Kambi
1.
I lost something a long time ago and forgot about it
When I were born, much earlier than you think
I have never sought meaning in it
Because that's...I just wanted to know the words.
mikAijiyoshidayo
空風に揺れる窓
暗がりで憧れる苔
ドクダミに垂れた朝露が
砂地へと落ちて跳ねた
廊下のホコリに映ったのは
遠い遠い 過去と斜陽
ひび割れた壁に染みついた
私たちの幼少期
黒板の夢語り 傷だらけのビニル
軋む椅子の音 古びた教科書...かつて"わたし"だった私は
ディスマン
君の神様になりたい
「僕の命の歌で君が命を大事にすればいいのに」
「僕の家族の歌で君が愛を大事にすればいいのに」
そんなことを言って本心は欲しかったのは共感だけ。
欲にまみれた常人のなりそこないが、僕だった。
苦しいから歌った。
悲しいから歌った。
生きたいから歌った。ただのエゴの塊だった。
こんな...君の神様になりたい。
kurogaki
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
No_rito
ご意見・ご感想
時給310円さん>
コメントありがとうございます!
初コメなんでめっちゃ嬉しいですわ~w
手練だなんてそんな……語彙が足りないので文章は試行錯誤の毎日ですほんと。
いつまでもプロローグで歌の歌詞の取っ掛かりにも辿りつけていないので、さっさと進めて行きたいと思います(汗
2009/02/08 01:13:32
時給310円
ご意見・ご感想
激しく良作の予感w
かなり手練れの文章書きさんとお見受けします。これからの展開が楽しみです。
2009/02/07 15:18:20