町はずれにある小さな動物病院。

 その動物病院の玄関の扉が―――――勢いよく開かれた。


 『先生!!俺だ、クロスケだ!!』


 開かれた扉からクロスケが飛び込んできて、それにロシアン、そしてルカたちが続いて入ってきた。

 奥で頭を抱えていた老人が顔を上げて、そして目を丸くして立ち上がった。


 「むむ!?クロスケさん……そして君!!カイト君ではないか!?」

 「あああああ!!?師匠!?」


 同時にカイトも大声を上げた。その老人は、かつてヴォカロ町に住んでいて、カイトに獣医としての知識を叩きこんだこともあった獣医・桧山喜代輝だった。


 「何でこんなところに……いや、それどころではないな。クロスケさん、クロロちゃんならこちらに……!!」

 『クロロの容態は!?』

 「正直なところ……厳しいぞ。数日前からどんなに手を尽くしても40度以上の熱が収まらぬ……このままでいけば……もって一晩だ!!」

 『なあっ!!?……くっ、クロロ!!』

 『お、おいクロスケ!!』


 治療室に飛び込むクロスケを追って、ロシアンとルカたちも中に入った。

 診療台には一匹の黒猫が寝かされていた。クロスケによく似た、しかしパッと見はいたって普通な雌黒猫だ。

 ―――――ただ一つ、尻尾が二本あって、その片方が異様に短いことを除けば。


 「これが……!」

 『『一重の猫又』……か……!!』


 ルカとロシアンが思わず小さく声を漏らす。

 クロスケが身軽に診療台に飛び乗り、目の前に横たわる黒猫に呼びかけた。


 『クロロ!!クロロ……大丈夫か!?俺だ、父さんだよ!!』

 『……………う……おとー……さん……?』


 クロロと呼ばれたその猫は、薄く眼を開けてクロスケのほうを見た。その眼にはもう、生気が殆ど残っていなかった。

 荒い息を吐きながら、クロロはクロスケに小さく笑いかけた。


 『ご……ごめ……んね……あ……あたし……も……ダメ……みたい……。』

 『クロロ!!しっかりしろクロロ!!……先生!!今すぐ、今すぐ手術をしてくれ!!もうすでに5000万は渡しただろう!!』

 「すでに準備はしてある!!……だが、この状態で手術をしたら、術中に間違いなく死んでしまうぞ!!」

 『何とかしろよ!!医者だろうが!!』

 「医者でもっ!!……どうにもできんのだ。我々は神じゃあないんだ……!!」


 悔しそうに言葉を絞り出す桧山。その様子を、信じられないといった顔でクロスケが見詰め、そしてクロロに振り返って、ぐしゃぐしゃになった顔で叫んだ。


 『嫌だ!!嘘だぁっ!!!そんな……クロロ!!クロロおおおおおっっ!!!ああ……ああああああああ……!!』


 クロロに寄り添い、泣き叫ぶクロスケ。

 だが、桧山にはもはや手が残されていなかった。ロシアンやルカにも、何もできなかった。

 目の前に消えそうな命がありながら、救えない苦しさ。


 『クロロ……!!クロロぉっ……!!!!うあああああああああああ……!!』


 叫び狂うクロスケの姿を見つめ、立ち尽くすロシアン。


 『いやだ!!死ぬな!!死なないでくれクロロおおおおおおおおおおっ!!!!』


 その泣き叫ぶ声がロシアンの耳に強く入り込んだ瞬間――――――



 『クロロおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!』



 ―――――突然、ロシアンの額にある三日月の模様が輝きだした!!


 『ぐおおおおおおおっ!!!?』

 「ろ、ロシアンちゃん!?どうしたの!?」

 『わ……わからんっ……!!ぐあああああああああおおおおおおお!!!!!』


 額から碧い光を放ちながら、悶え苦しむロシアン。

 その足や尻尾の碧命焔も、徐々に激しく動き出し、そして碧い光を放ちだした。


 『熱い……!!額が……割れるようだっ……!!』

 「ロシアンちゃん!?大丈夫なの!?ロシアンちゃん!!」

 『わからぬっ……ぐ!!ぐあああああ!!!!』


 そして大きく反り返って――――――――――


 『グアアアオアアアアアオアアアアオオアアオアオオアオアオアアアア!!!!!!』


 絶叫を上げたかと思うと――――――突然黙り込んだ。

 その眼は、碧い光を放っている。


 「ろ……ロシアンちゃん……?」


 戸惑うルカには答えず、クロロに歩み寄るロシアン。


 『………?だ……誰…………?』


 苦しそうに見上げるクロロを見据えて、ロシアンは口を開いた。


 《……我が名はロシアン。貴様の父親の兄貴分だ。『一重の猫又』クロロ。貴様はまだ生きたいか?父と共に、生きたいか?》


 いつもとは違う、どこか異質な声。その声に、クロロは苦しそうな声で、しかしはっきりと答えた。


 『……い……生きた……い……!!』


 その言葉を聞いて、無表情だったロシアンの顔に小さな笑みが生まれた。


 《……そうか。ならば救ってやろう。少し痛むが我慢しろ。……大丈夫だろう?お前はクロスケの娘なんだからな。》


 そしてクロスケを押しのけ、クロロの首元に顔を寄せ――――――



 《シャウゥ!!》



 碧命焔を纏わせた牙で―――――クロロの首に噛みついた!!


 『ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 クロロの悲鳴が、診療室に響き渡った。

 呆気にとられたクロスケの顔がみるみる紅潮していく。


 『てっ……てめええええええええ!!クロロに何をしやがる!!離れろおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!』


 『紅蓮爪』を形成し、ロシアンに襲い掛かるクロスケ。

 しかしその体は、渦巻く碧命焔にはじかれ、床に叩き付けられた。


 『みにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 尚も続くクロロの悲鳴。だがロシアンは―――――ロシアンは牙を放そうとしない。

 碧命焔を吹きあげる牙をクロロの首に打ち込んだまま、暴れるクロロをしっかりと押さえつけている。


 「ロシアンちゃん!?何やってるのよ、放しなさいよ!!」


 ルカの叫びも聞こえないかのように、執拗に牙を食い込ませるロシアン。そのたびにクロロが苦しみの悲鳴を上げる。

 もはや誰一人として、ロシアンの奇行を理解できなかった。ただわかるのは―――――クロロはもう駄目だということ。このままロシアンに介錯されてしまう――――――――――



 ―――――そう皆が思っていた、その時だった。



 「……あ?」


 ミクが何かに気付いたように声を上げた。

 吹き上がる碧い焔が、徐々に紅い焔へと変わっていく。

 その紅い焔はクロロの体を包み込み、そして渦を巻きながらクロロの尻尾へと集まっていく。それも、短いほうの尾へと。

 渦巻く焔は尻尾の先に集まり、縛り上げられるように細く細く集中していく。

 凝縮した焔が赤い光を放ち始め、そして突然四散したそこには―――――





 ―――――鮮やかな、漆黒の長い尾があった。





 『―――――っ!!!!!?』


 驚愕の表情を浮かべるクロスケ。それはルカ達も同じだった。

 苦しんでいたクロロの表情は安らかなものに変わり、小さく体で息をしている。それに合わせ、元からあった黒い尾と、そして今得たばかりの漆黒の尾が緩やかに揺れる。

 クロロの首から牙を放したロシアンは、突然その場に倒れこんだ。全身で荒い息をしている。

 何が何だかわからない。だが―――――クロスケはたった一つ、大事なことを知っていた。


 『一重の猫又』が虚弱体質を発現するのは、体内の火焔がバランスを保てていない―――つまり体に合わず過剰だったり少量だったりするためであり、片方の尾が短くなるのはそのバランスの悪さを表現しているからであるとも言われている。


 仮にその仮説が正しかったとして―――――短かった片方の尾が伸びたということは……!


 『く……クロロ……!?』


 恐る恐ると愛娘に近づくクロスケ。

 するとクロロはうっすらと目を開けて―――――



 『……おとう……さん?』



 『あ……!!あ……ああああああああああああああああっ!!クロロおおおおおおおおおおお!!!!クロロ!!クロロぉ……!!よかった……クロロ……よかった……ああああああ……!!』

 『おとー……さん?あたし……生きてるの……?生きてるのぉ……っ!?』

 『ああ……生きてるよクロロ……!!よかったなぁ……クロロぉ……!!』


 クロロに抱き付いて、喜びの涙を流すクロスケ。

 それにつられ、クロロも泣き出した。


 「……なんということだ……信じられん……!!」


 桧山はおののくように呻き、椅子に座り込む。自らの手でどうにもできなかった患者を、瞬く間に治してしまったのだから当然だ。

 そしてルカは―――――泣き叫ぶ黒猫又親子の傍でへたり込んでいるロシアンに声をかけた。


 「ロシアンちゃん!すごいよ!!あんなに簡単に治しちゃうだなんて……!!」


 だがロシアンは答えない。相変わらず荒い息をしているだけだ。


 「……ロシアンちゃん?」


 不思議そうにルカがロシアンの顔を覗き込むと、ロシアンはうつろな目でルカを見上げて、ぽつりつぶやいた。


 『……ルカ?これは……どういうことだ?なぜ……クロロは治っているのだ?』

 「!?……ロシアンちゃん……覚えてない……の……!?」


 ルカの問いには答えず、ロシアンはふらつく足で立とうとしている。なぜ自分の体が動かないのか、困惑しながら。


 『くそ……なぜだ?体に……力が入らぬ……!』





 この時のロシアンの力―――――


 これがロシアン自身の存在を示す力であるとルカたちとロシアンが知るのは、ずっと後のことになるのである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ボーカロイド達の慰安旅行(18)~ロシアンの光~

クロロ、蘇生!
こんにちはTurndogです。

クロロを死の淵から引き揚げてしまったロシアン。
今の力は一体!?
……それがわかるのは、まだ先の話なのです。
じっくり待っててくださいな。果報は寝て待て。

あと医者関係はみんなキヨテル先生でいいかなって思った。

そしてルカさん以外のボカロメンバーが空気www
カイトとミクはちょっと喋れたからいいけど、リンとレンとめーちゃんがだんまりwww

まぁいいじゃない、どーせロシアンしばらく出てこないし(ネタバレ①)
ミクとリンとレンとめーちゃんは次作からが本気出すとこだし(ネタバレ②)
……カイト?前作で頑張ったし今作はすでに目立ったからもういいじゃんw(おい

次回はまぁ……事後報告ですね、ルカさんのwww

閲覧数:256

投稿日:2013/05/16 00:41:27

文字数:4,187文字

カテゴリ:小説

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    果報は寝て待てですが、寝過したらどうしたらいいでしょうか?←

    あと、グミちゃんへ……最近、グミちゃんと同じ扱いされている人が増えてきたみたいだよ?よかったねw
    たぶん、最初にそっちいくのは、カイトだと思うw

    もういっそ、今回の旅行編全般、ルカ×ロシアンで成立していたのではとさえ、思ってしまう私

    2013/05/16 21:09:49

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      寝過すほど近い話でもないので心配ご無用です←

      うん、カイトはそろそろエアーカイトになるかも(エアショットみたいに言うなよ

      そのとーりですよ?wルカさんとロシアンで全て成り立たせてますから!ww(何さらっと問題発言してんだ

      2013/05/16 23:29:16

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