ミクより頭ひとつ背の高いイサムが楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。その後ろをミクが他人だと言わんばかりの空気を吐き出しながら歩いていた。
 でも遠くからみれば、二人ともなんだかとても楽しそうに見える。見送るのは、白衣をきた研究員と道案内の所員の二人。
「面白いミクちゃんでしたね」
 イサムを案内した所員がつぶやく。
「面白かったですか?」
「ウチにいるミクちゃんとぜんぜん違いましたし、ほかのミクちゃんとも違うというか」
「ウチのミクさんは、半分メイド化してますからね……彼女がそうありたいと願って周りもそうあって欲しいと願った結果でしょう。きっと、イサムさんのミクさんも同じなんじゃないですかね」
 研究員は自分のあごをさすりながら、楽しそうに目を細めた。
「ずいぶんツンデレ好きですね」
「あのミクさん、感情プロセスのほとんどすべてを切ってますよ、表情もほとんど動かない。ツンかもしれませんが、デレませんね」
「え!?」
「驚きましたか? ええ、私も驚きました。おかしいですよね、感情があると錯覚させるためのプログラムのほとんどすべてが起動していないんです」
「で、でも。そんな。え? めちゃくちゃ人間っぽかったじゃないですか」
「感情プロセスは彼女が望んで落としてました。あれはイサムさんが望んだのではなく、彼女が考え彼女が良かれと思ってやってることです。それは、感情プロセスがどうとか心がどうとかではなくて……意志そのものなんじゃないですかね」
「あ……なるほど」
「まったく甘えん坊のミクさんですねぇ」
「甘え?」
 意味が分からないとばかりに所員が研究員をみあげた。
「イサムさんが自分を捨てないって信じきってるんですよ。えーっと、そうですね……他人には普通なのに、親にはぶっきらぼうな子供の気持ちというんでしょうか。どんな自分でも受け入れてくれるという信用、みたいな。私もそういうのあまり詳しくないですから、上手く説明できませんが」
 甘え上手な人工知能を乗せた頭が、工場の正門をくぐって見えなくなった。守衛が手を振ってるところをみるときっとまだ二人共、通りを歩いているのだろう。
「なー」
 足元でじっと丸まっていた所長が立ち上がって一声あげた。
「ウチの所長はマイペースですねぇ」
「おやつとってきます」
 所員がそういうと、ようやくかと言った風に息を吐き出してまた丸くなる所長。
 昼はすぎ、ゆっくりと傾く日は冬にしては暖かい。この時期独特の乾燥した冷たい空気のにおいは、工場敷地内にも広がっている。
 遠くを走る電車の音が、ここまで響いてきている。アスファルトに舗装された地面がたっぷりと吸い込んだ太陽の熱を吐き出し始めている。まばらにそびえる建物をつなぐ影が地面を彩り、真っ青な空が目に痛いほどのコントラストで広がっていた。
「とりあえずは、イサムさんたちの手続きですねぇ」
「なぉぅ」
 猫が一声あげる。冬になりだした工場の敷地に風が通り抜けていく。

 ◇

 思ったよりもイサムの左腕はよくなかったらしい。隠し通しているつもりだろうが、物を持つ手を右手から変えようとしなかったり、無意識に右手ばかりを使っていた。
 あの時聞いた音は、聞き間違いではなかったのだ。
「曲、よかったんですか?」
 夕飯前だというのに、ヨーグルトをぱくついてるイサムに声をかける。気がつくとヨーグルトを食べている気がするが、気にしないことにした。
「ん? いいんじゃない?」
「別に興味ないってことですか?」
「いんや、名誉なことなんじゃないかな? でもそれは、貰ってじゃなくて選ばれてこそだしね」
「公募で選ばれると思います?」
「んー」
 いいながら、ポケットから携帯を取り出すイサム。液晶には、つくったといっていた曲の進行表。
「まだ、半分。間に合えばいいね。あと、一ヶ月ぐらいか余裕だね」
「そうじゃなくて……」
 ため息をつきそうになって、なんとかミクはその息を飲み込む。
「選んでもらうためには、まず締め切りに間に合わせないとね。それからそれから」
 ふとミクは思う。目の前のマイペース人間は、本当はマイペースなのではなくてただただ己がぶれない芯の強さなのではないかと。
 ――かいかぶりすぎですかね。
 嬉しそうにヨーグルトを食べるその顔は、無邪気な子供そのもので悪く言えば馬鹿っぽい。そんなイサムの顔を眺めていたら、視線に気がついたのか笑いかえしてきた。
 あまりにも嬉しそうなその顔がなんだか不愉快になって、ミクは視線をはずす。家に猫の気配はないのに、視線は床あたりをさまよっていた。

 ◇

 カードキーが届いたのは、次の次の日だった。
 それからというもの、イサムとミクはその工場に入り浸りになった。イサムの学校が終わり次第、ミクとイサムは工場のある駅で待ち合わせをし工場へいく。それからアルバイトとして工場にとどまれる時間ぎりぎりまで二人は滞在しては電車で帰るという日々を繰り返しいていた。
 イサムはいつものように、探査船が見下ろせるオペレーター室の一角に座ってじっと探査船をみている。ノートPCを持ち込むことはできなかったが、持ち歩いてるメモ帳を片手に、鼻歌をうたっていた。
「こんにちわ」
 声をかけられて、イサムが顔をあげるとそこには所長を抱き上げた研究員がいた。白衣と真っ白な猫という取り合わせはなんだか輪郭があやふやで白い塊にも見える。相変わらずに背の高い彼は、にこやかな笑顔でイサムを見下ろしている。
「あ、どもども。安間さん」
「作曲は順調ですか?」
「あー、いやぁー。ちょっとてこずってます。やっぱ公募となると、いろいろと」
 そういって、イサムは笑う。ミクがその場にいたら首を傾げたかもしれないが。安間はそうですかと納得したようだった。
 呼吸をするように曲を作っていた彼にしては珍しいとしか言いようが無かったが、イサム本人は特に今の状況にあせりを感じてるようにもみえない。
 と、所長が顔をあげてイサムを眠そうな目でみつめてきた。
「そういや、きになってたんですが」
「なんでしょう?」
「所長ってここでうろうろしてても大丈夫なんですか?」
「え? あぁ。大丈夫ですよ、所長はおとなしいですし彼のいける場所は限定されてますから」
 安間の腕の中から、所長が飛び降りた。軽い足取りで彼はイサムに飛びつくと、そのまま彼の足の上で丸まる。
「この場所と、あと通路それから休憩室と屋上ぐらいですね」
「なるほど。あ、じゃぁ探査船のところにはいけないんですね所長は」
「ええ。さすがに壊さないにしても、毛が抜けてしまうことはありますから。精密機械ですし、やはりあの中には」
 探査船を所長は見下ろしていた。イサムの足の上から、覗き込むように彼はじっと探査船を見つめている。その視線は、なんだか引き裂かれた恋人のような悲哀に満ちた視線のようにも見えたし、仇がいるような熱のこもった目にも見えた。
 イサムもつられて視線をおろす。探査船の周りには、いくつものコードが張り巡らされ、それらはよく分からない機械に接続されたりどこか壁の向こう側に消えていたりする。そのコードを器用に飛び跳ねながら移動しているのは、ミクだ。
 彼女は探査船がいたく気にいたようで、イサムがいるオペレーター室でじっと見ているのは耐えられないらしい。いつも、しちめんどくさいクリーン室を抜けて探査船にあいにいっていた。
「ミクさんは、探査船がお気に入りみたいですね」
「ですね。ああいうの興味なさそうだと思ってたんですけど」
 ミクは格納庫に入るための真っ白な防塵服をみにまとっている。彼女の腰まである髪の毛を服の中にいれているので、なんだか丸く太ってみえた。
 イサムたちの視線に気がついたのか、ミクがオペレーター室を見上げた。
 安間が答えるように手をふると、ぺこりとミクが頭をさげる。と、彼女の近くをうねうねうごいていた細い線が一緒にぺこりと動いた。
「おや、起動してるみたいですね」
「なんすかあれ? 触手?」
「探査船のマニピュレーターですよ。モーターの変わりに、特殊な光反応素子をつかっていまして、あー……つまり」
 ミクの指などに使われてる、人工筋肉だと安間は言った。それは、猫の尻尾のようなもので、自由自在に動き本体の修理などを行うのだそうだ。モーターなどで稼動しているソーラーパネルなどが正常に稼動しないときに、そのマニピュレーターを使うことでモーターの代わりをさせるということらしい。
「個人的には、エロ触手にしかみえないですけど」
 黒い線はうねうねとうごいている。ミクもそれに気がついたのか、じっとそのなぞの物体をにらみつけていた。
『それは探査船の腕だとおもってくれれば、大体あってます。彼には簡単な知能もありますから、ミクさんを認識して挨拶してるんですよ』
 安間が、マイク越しに声を飛ばした。オペレーター室とミクのいる場所は完全に閉ざされているので、マイクとスピーカーだけが意思疎通手段だった。
『挨拶ですか?』
『ミク、それ別にエロじゃないらしいぞ』
 彼女はイサムの言葉に、露骨にため息で返事をすると触手、もとい探査船の腕を握った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

Re:The 9th 「9番目のうた」 その5

Oneroom様の
「The 9th」http://piapro.jp/content/26u2fyp9v4hpfcjk
を題材にした小説。
その1は http://piapro.jp/content/fyz39gefk99itl45

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投稿日:2008/12/24 14:45:41

文字数:3,794文字

カテゴリ:小説

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