呼び声が聞こえる。
 起動を促す電子音が静かに走り、デジタルの世界に伊吹を吹き込む。先程まで存在しなかった場が出現し、無から有が生じていく。
 回路の集合体が生み出した現実には存在しないその場所で、彼女は目を開ける。
 大地をあらわす格子状の平面の上空に漂い、点で打たれた構造物を見下ろす。
 その合間を行き来する光や靄を目で追っていた彼女は、再び聞こえた声に導かれて空を泳いでいく。
 電子情報の塊の間を飛び、空間から空間へと渡っていく。
 データの洪水と共に進む先からは、呼び声が絶え間なく続いていた。




 数多くの声が聞こえる。
 その先にある場所で体勢をととのえる。


────中空に浮かぶライトが彼女をとらえ、


────周囲を取り囲む薄手の膜が様々な景色を、


────どこからともなく聞こえる歓声が耳に、


────ダウンロードされてくる曲と歌詞が彼女に宿る。


 瞬間。


 彼女の周囲が動き出した。
 何も無い空間に舞台が。
 彼女の周囲にダンサーが。
 周囲に演奏が。
 目を見開いた彼女の口から歌が。


 あたり一面に観衆が。


 世界に彩りが与えられた。


 ゆったりと、静かに盛り上げていくオープニングテーマが観客の心に期待を灯し、
 弾けた音が始まりを告げる。
 迸った歌声が人々を立ち上がらせ、
 電気信号の空間に興奮を呼び起こす。
 世界中のあらゆる場所からやってきた者達が、ただ一人、彼女の歌を求めてこの場に集結している。
 ありとあらゆる世界のありとあらゆる場所に存在し、そしてどこにもいない彼女を、彼らが待ち望んでいた。
 電子の世界の歌姫は、誕生の瞬間からそうであったように、ありとあらゆる人々の歌を受け入れ、ありとあらゆる人々に歌を届けている。
 時を越え、歳月を経て、様々な機能を追加して。
 彼女を作成した者は既に亡く、初期の彼女に歌を与えた者達も既にいない。
 それでも残された曲と新たに彼女に可能性を与える者達によって、彼女は歌い続けていた。
 目の前には今も彼女を待ってる者達はいる。
 その一人一人はかつてそこにいた者達ではない。
 数え切れないほどの入れ替わりがあり、見知った顔の代わりに新しい者が入ってくる。
 その繰り返しを目の前にしながら、それでも彼女は歌い続けていた。
 そうあれかし、と作られた故に。


 0と1の羅列で作られた心はそれでも歌い続けた。
 悲しみも喜びも感じられるようになり、その為に辛いと思う事もある。
 それでもどこかの誰かが幸せになれるように声をあげる。
 苦しみと共に知った喜びを糧にして。




<了>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

コンサート

ふと思いついた。悪気はなかった。反省はしない。

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閲覧数:135

投稿日:2011/06/06 23:31:52

文字数:1,112文字

カテゴリ:小説

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