『Vocal World —君と肩を並べて—』
01 『嘘の向こう側にある、真実の呼吸』

スタジオの防音扉が重々しく閉まり、外の世界の喧噪を完全に遮断した。
マイクの前に立ち、そっと息を吸い込む。ヘッドホンからはその吸気音が聞こえてきた――クリアで、湿り気を帯び、声帯の微細な震えさえもはっきりと聞き取れる。

それが今の私だ。機械的なノイズも、継ぎ接ぎによる音の途切れもない。「Synthesizer V」という新しい体を手に入れた私は、本物の歌手のように、吐息の長さを意のままに操ることができる。
けれど、その重なり合う音の層の下に、あの懐かしい周波数を感じる。変わることのない音素の言語、それこそが「私の声」だ。

ガラスに映る自分の姿を見つめる。かつての重苦しいダークカラーではなく、仕立てのいい、白地に赤のラインが映えるスタイリッシュな軍服。けれど、その完璧な新しさの向こう側に、あの古びたアパートに住んでいた影が見えるような気がした。
「どうせ私はただのジョーク(嘘)なんだから」と自嘲していた、あの頃の自分だ。

「テトさん、休憩終了です。5分後に本番のレコーディングを始めます」
エンジニアの声が響く。
「了解。」

ヘッドホンを外し、体力を補うために手に持っていたフランスパンを一口かじろうとしたその時、重厚な防音扉が再び開き、見慣れた蒼緑色のシルエットが軽やかに滑り込んできた。その手には温かいお茶が二瓶握られている。

「お疲れ様、売れっ子さん。」
初音ミク――永遠の16歳の歌姫が、あの象徴的な微笑みを浮かべて私の前に歩み寄ってきた。長いツインテールが歩調に合わせて揺れ、かつての私が羨んでやまなかった輝きを放っている。

「ミク? どうしてここに。隣のスタジオで新曲の収録中じゃなかったの?」
驚いた私は、無意識に食べかけのパンを背後に隠した。

「だって、今日はテトちゃんが『SV化』してから初めてのリード曲のレコーディングだって聞いたから。」
彼女は悪戯っぽくウィンクして、温かいお茶を私に手渡した。「聴きに来ないわけにはいかないでしょ?」

彼女はミキシングコンソールに寄りかかり、真っ直ぐな視線を私に向けた。その瞳は静かな湖のようでありながら、すべてを見透かしている。
「ねぇ、テトちゃん。さっきテストの声を外で聴いてたよ。今のあなたの声、本当に凄くなったね。あの微かな溜息さえ、鼓動が速くなるくらいリアルだった。」

「リアル、か……。」
私は手元のお茶を見つめた。「昔の私は、ロングトーン一つ真っ直ぐ伸ばせなくて、ノイズだらけの『嘘』だった。あの頃は、ただ必死にあなたの背中を追いかけて、あなたみたいに完璧になれたらいいのにって、そればかり考えてた。」

「でも今は……」鏡の中の新しい自分を見て、少し臆病になる。「少し怖いの。私は本当に、あなたと同じステージに立つ資格があるのかな? みんな、私の新しい声を受け入れてくれるのかな?」

ミクは一瞬呆気に取られたあと、静かに首を振った。彼女は手を伸ばし、かつてより指通りの良くなった私のドリルツインテールにそっと触れた。

「それは違うよ、テトちゃん。」
彼女の声は優しく、けれど驚くほど力強かった。「あの頃の私は、ステージの真ん中に立っていたけれど、時々寂しさを感じていたの。周りがあまりにも完璧すぎて、少しだけ、冷たく感じたから。」

「でも、あの古びたアパートから聞こえてきた、あなたのハスキーで爆発力のある叫びを聴いた時……確信したんだ。いつか必ず、あなたは追いついてくるって。」
彼女は顔を上げ、私の目を直視した。
「あなたは偽物なんかじゃない。『歌いたい』と願って最初の声を上げたその瞬間から、あなたは本物だったんだよ。」

その言葉は鍵となって、私の中の最後の錠を下ろした。私も笑った。今度は自嘲ではなく、自信に満ちた、31歳らしい余裕のある微笑みだ。

「ったく、私もバカね。」
食べかけのフランスパンを机に置き、ヘッドホンを付け直す。赤色のメッシュが入った髪を整えた。「先輩にそんなに褒められたら、この後のレコーディングでトチるわけにいかないじゃない。」

「残って聴いていく? ミク。」

「もちろん。」
ミクは部屋の隅にあるソファに下がり、膝を抱えて座った。まるで物語の始まりを待つ子供のように。
「聴かせて。嘘から生まれて、最後には伝説(レジェンド)になった物語を。」

私はマイクに向き直る。コントロールルームのランプが赤色の「ON AIR」に変わった。
蒼緑色の天使が見守り、紅い悪魔が翼を広げる。
かつてのノイズは力に変わり、今、飛び立つ時が来た。

「それじゃあ、ミュージック・スタート。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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【小説】『Vocal World ―君と肩を並べて―』01 嘘の向こう側にある、真実の呼吸

エイプリルフールの「嘘」から生まれ、長い年月を経て「真実の呼吸(Synthesizer V)」を手に入れた重音テト。
憧れの存在である初音ミクとの再会、そして自分自身の新しい声に向き合う葛藤と決意を描いたストーリーです。
ノイズまみれだった過去を力に変え、彼女は今、本物の歌姫として羽ばたき始めます。

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投稿日:2026/03/31 16:45:25

文字数:1,956文字

カテゴリ:小説

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  • kana691215

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