雲ひとつないような、抜けるほど晴天の今日は、悲しいくらいにお別れ日和でした。


   サイハテで会いましょう


 私が入院するよりもずっと前から、彼はここにいたらしい。彼の病気は特殊で、手術を受けても生きることができる確率は1パーセントにも満たず、今生きているのも奇跡に近い、のだそうだ。それなら、そんな彼に出会えた私は、神様の悪戯に感謝しなければならない。
 ほんの少しだけであったけれど、ありふれた人生を紅く色付ける様な、そんなたおやかな恋をできたのだから。


「手術、頑張って。大丈夫、成功するよ」
「うん、ありがとう」
 院内の庭にあるベンチで、明日に手術を控える彼と他愛もない話をしていた。今までも、ここでいろんな事を話してきた。私のいる町のこと、学校のこと、流行のこと……。彼は特に、私たちが普段何気なく使っているものや、見ているものについて興味を示していた。まだ短い人生のほとんどを院内で過ごし、『病院の外の世界』というものをほとんど知らない、と言うのだ。クリスマスの時、街に溢れる鮮やかなイルミネーションも、デパートやスーパーで流れる流行の音楽も、何も。
「あーあ! 君もとうとう退院だってね? これでまた、僕は外界と疎遠になってしまうよ。たまには便りぐらい寄越してほしいな」
「いい加減、自分で見に行こうとか思ったら? 百聞は一見にしかずって言うでしょ」
「うーん、そうだな。そうポジティヴに考えた方がいいよね。よし、明日の手術でちゃんと治して、他の子みたいに街を練り歩くぞ!」
「誰も練り歩いてなんていないよ……」
 私が言うまでもなく、彼は自分が外に行けない、なんて思っていない。きっとまだ入院生活が続くからその間、という意味なのだ。
 彼は手術が成功すると思ってる。私だって、そうだ。
 でも、怖い。
 手術室の扉を見るたびにぞっとする。あの扉を開いて、その彼方へ向かう人たちの何人が、この扉を再び開いて戻ってくるのだろうか。いや、きっと私が思うよりももっとたくさんの人が戻ってくるのだろう。
 見方を変えよう。何人が、あの扉を開けることができず、向こうの世界に取り残されるのだろう、と。
 そう、私が怖いのは、彼が戻ってこないのではないのか、ということ。扉が閉まって、そのまま、離ればなれになってしまうのではないか。私は彼の煙が雲となり雨となり、それに全身を打たれながら、この先の人生を一人で歩いていかないといけなくなるのではないか。そう考えると、彼があと少ししか生きられなくてもいい、このまま、彼が死ぬときまでずっと傍にいたい、と思ってしまう。彼はそんなことを望まないだろうに。
「ね、また、会えるよね?」
「? 当たり前だろ」
「そ、か」
「何? 僕がいなきゃ生きていけなーい! とかそんなの?」
「そんなわけないじゃん! ……って言いたいところだけど、そんなところかな」
 彼が目を見開いて、こっちを見た気配を感じた。でも私は、思わず泣きそうになって、空を見上げた。
 ああ、良い天気。
 でも、どうしようもなく哀しく感じる、そんな空。
 今、軽くでも本心を言ってしまったことが気まずくて、話を逸らそうとした。だけど、彼はそれを望んでいなかったらしい。
「明日もいい天気になりそう」
「…………あの、さ、君は、僕のこと、待っててくれる?」
「……え?」
「いや、待っててほしいんだ。君が扉の外で僕のことを待っててくれれば、絶対に帰ってこられると思う」
「本当……?」
「うん。待ってて、くれる?」
「っ、もちろん!」
 うまく、笑えただろうか。私は彼を一番の笑顔で送ることができただろうか。
 その答えは、彼のいない今でも、わからない。

 彼は手術室の扉をくぐっていった。だけど、私が退院するとき、彼は扉を開いて、戻ってくることはなかった。耳にした噂だと、彼は未だ集中治療室で治療を続けているらしい。




扉は、まだ開かない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

サイハテで会いましょう

 昔につくったものの、表現がおかしいところを直しました。ミクの曲の中でたぶん一番好きなのが『サイハテ』です。歌詞が所々に出てきます。

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投稿日:2011/12/06 10:38:14

文字数:1,639文字

カテゴリ:小説

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