時間は少し前にさかのぼる。
 インタネ家の玄関チャイムを鳴らしたルカは、じりじりしながらがくぽが来るのを待っていた。逃げ出したい気分だが、それでは小学生のピンポンダッシュと同じなので、かろうじて耐えていた。と、突然ドアが開いた。
 「あー、悪い、ルカ。待たせたな。」
 (・・え?)
 目の前に立っていたのは、紫の髪をハーフアップにし、襟元を開けた白のシャツにジーンズの男だった。
 「え・・と、どちら様?」
 「どちら様って、がくぽだけど。あー・・」がくぽは微笑んだ。「公式設定と和服以外の格好した俺ってまだ見せたことなかったな。」
 「俺って・・言った?いつもそれがし、とか拙者なのに。もしかして、二重人格なの?!」
 「服装によって言葉使いは多少変えるんだ。これでもTPO考えてんの。ほら、入って。」
 「あ・・おじゃまします。」
 目の前を歩く背中がいつもより広く、たくましく見える。素肌にシャツを着ているせいで筋肉の動きがそのまま分かるのだ。ルカの胸がドキドキし始めた。
 (なんだか・・いつもより・・あ、危ない感じ?)
 リビングのソファに座りそんなことを考えていると、がくぽが紅茶を持ってきた。
 「アール・グレイをお持ちしましたよ、姫。ところで、今日はどうしたんだ?」
 「・・あ、あの・・」
 ティーカップを置いて数秒ためらった後、恐ろしい速さでケーキの箱を突き出した。
 「これっ・・!」
 刺さらんばかりの勢いで差し出されたケーキの意味を理解するのに、さすがのがくぽもしばらくかかった。
 「ああ、これって・・あれ?バレンタインのチョコってこと?!」
 「言わなくていい!さっさと食べなさいよっ!」
 高飛車な言い方にも慣れているので、全く動じず、
 「あ~、俺にチョコね。へ~。」
 などと言ってにやっと笑う。その悪童じみた笑顔も初めてで、胸の鼓動が速くなる。そんなルカを見やりつつ、がくぽは台所に戻り、ケーキを切って戻ってきた。
 「これ、手作り?」
 「まあ・・ね。」
 「おお、きれいなマーブル模様になってんじゃん。こんなん作れるのな、ルカ。」
 言いながら皿に二切れ取り分け、フォークを添えてルカにも手渡す。少々黒いが、このあたりはいつものまめで優しいがくぽだ、と思ってちょっと安心する。
 「じゃ、早速・・」
 大きめに切った一切れを一口で食べてもぐもぐ・・と、かすかに表情がこわばった・・
 「な、何?どうかしたの?」
 「ん?んー・・いや、どうもしない。」がくぽは紅茶を飲んで残った分も食べると、もう一切れに手を伸ばし、こちらもあっという間に食べて三切れ目に手を伸ばした。
 「・・・・」
 そのたくましい食べっぷりに、ルカは自分のケーキに手をつけるのも忘れて、ほれぼれと眺めてしまった。なんだか、うれしい。
 (そんなに美味しいの?練習して良かった・・)
 四切れ目を皿にのせたがくぽが、自分のカップに紅茶を注ぎ足していると、ルカのバッグから携帯の着信音が響いた。
 「失礼。はい、巡音ルカ・・メイコ姉どうしたの、そんなに慌てて。え?・・ええ?!うん・・うん、わかった・・ううん・・」最後は少し声が震えた。「もう・・手遅れ・・」
 切った携帯は握りしめられたまま膝の上・・握ったその手も小さく震えている。
 「どうした、ルカ。何かあったのか?」
 「・・何か?・・何か・・あったでしょ?」
 「俺?俺は別に。」
 「あんたじゃなくて、ケーキによ!」
 思わずルカは立ち上がった。手から落ちた携帯が床に落ちて鈍い音を立てる。
 「砂糖と塩が逆だったの!しょっぱくなかったの?!すごいまずかったはずでしょ?!」
 「・・・・」
 「なんでそんなもの無理して食べてるのよ!馬鹿じゃない、あんた!」
 涙目で叫んだルカはどさっ、とソファに座り込んだ。
 悔しくて、恥ずかしくてたまらない。
 (あんなに練習して・・包装まで気を遣って・・化粧までして来ちゃって、ケーキの出来がよかったなんて喜んだりもして・・私ったら・・!)
 「ほら、携帯。」
 「・・・!」
 気がつくと、がくぽがソファの隣に座って、落とした携帯電話を差し出していた。それを奪い取るように取り上げてバッグに突っ込む・・蛸壺でもいい、穴があったら入りたい・・
 「何で怒ってんの。俺、何かした?」
 「あんたのせいじゃないわよっ、私が・・」
 「別にいいよ。」
 「・・・・」
 「ルカが作ったケーキ食べる機会なんか滅多にないから、食べれるだけ食べとかないと、と思ってさ。ちょっと前流行った塩風味のお菓子と思えば、そんな変じゃないし。だから、もう泣くな。」
 「・・泣いてなんか・・」
 「はいはい。ほら、ティッシュ。今日のルカは綺麗だからあと泣くの、終わりな。」
 子供をあやすみたいに言うのはやめて、と言おうとしたが、突然肩を抱かれて抱き寄せられて、声が出なくなった。
 「俺のためにケーキ作って・・こんなに綺麗にしてきてくれて・・うれしいよ。」
 「・・・・」
 「ほんと、こんな機会滅多にないからな。明日は桜が咲いたりして。」
 そんなに普段の私は冷酷か、とルカは思った。
 「だから、今のうちに礼もしとく。」
 「・・・!」
 不意にがくぽの唇がルカのそれに重なった。しかも、二度、三度と・・気づいたときにはがくぽの胸に倒れ込んでいた。
 「大丈夫か?」
 「・・・・」
 「美味かったよ。ケーキも、ルカも。」
 呆然としているルカにがくぽは平然と言った。
 「何とでも罵っていい。慣れてるし。」
 
 「うちで泊めるのはかまわないんだけど・・カイト、レン君何やったの~?」
 弱音ハクは携帯電話で話しながら、ちらりとレンを見やった。昼過ぎに突然やってきてから、青い顔をして部屋の隅で膝を抱えている。
 「何を聞いても“めーこ姉とルカ姉に殺される”って言うばかりなのよ~。」
 『今はまさにその通りだよ。悪いけど、ほとぼりが冷めるまでレンを頼む。詳しいことはあとで話すから。』
 「じゃあー、さっきからバスッバスッ、て音がしてるのはメイコがサンドバッグ叩いてる音ね~。で、ビンッビンッって音はルカちゃんがムチを調整してるのね~。エンジンの音とバットの素振りみたいな音は~?」
 『エンジンはリンがロードローラーふかしてる音、素振り音はミクがネギを振ってるからだ。二人のクッキーもかなりしょっぱくなってたそうだから。』
 「あら~、大変~。あ、ほんとにいいの、ネルちゃんも喜ぶし~。はーい、それじゃ~。」
 ハクは隅っこでガクブルしているレンに言った。
 「そういうわけで~、カイトが連絡くれるまでうちでかくまってあげる~。着替えはあとで、たこルカちゃんが運んでくるって~。」
 ハクはのんきにそう言うと、食事の準備を始めた。
 「今日は男の子がいるから、少し多めに作らないとね~。レン君、お肉でいーい?」
 「何でもいいよ・・」
 レンは震えながらやっと答えた。
 「チョコじゃなかったら。」
 こうして、思春期まっただ中の少年の心に多大なトラウマを残したバレンタインデーは、その日を終えようとしていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

バレンタインの惨劇2

1の続きです。なんでも実家の母が初めての子に虫歯が出来るのを恐れるあまりチョコを与えずにいたら、そのまま食べなくなって今に至る・・美味しい気がしないんですよ~。自分の子供達には食べさせてます。チョコ嫌いだとケーキ屋さんのケーキの六割は食べられませんしね・・

閲覧数:364

投稿日:2013/08/10 00:47:27

文字数:2,957文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 高畑まこと

    お返事、ありがとうございます。
    わわっ気になる御言葉ヽ(・∀・)ノ
    是非是非、楽しみにお待ちしてます(´∇`*)

    2013/08/13 21:10:37

  • 高畑まこと

    高畑まこと

    ご意見・ご感想

    はじめまして、ラブラブいいですねー( ̄▽ ̄)
    殺傷力の高さではロードローラーな気がwww
    ルカからの報復は、結果良しの少なめな気がしますw
    お時間出来たら、ホワイトデーver.をお願いします!

    2013/08/10 09:16:46

    • 桜とお城

      桜とお城

      高畑様
      こちらこそ初めまして、つたない文章に過分なるご感想をいただきまして、ありがとうございます。次のは殿が今回のケーキの比じゃないダメージを負う予定だったんですが、ホワイトデー・・今さっと考えた分だと、ふふふ・・愉しそうです・・在宅仕事と盆行事の合間に色々考えてみます。ありがとうございました。

      2013/08/12 22:53:28

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