第四章 ガクポの反乱 パート7

 「レン様、帝国軍全軍の降伏が完了いたしました。」
 ガクポがそのような報告を持って訪れたのは、ハンブルク将軍を討取ってから一時間余りが経過した頃合いであった。場所はグリーンシティ総督府の三階、元々はミク女王の謁見室として利用されていた広間である。御苦労さま、とリンは答えて、漸く気を許したような溜息を洩らした。
 「予想よりも素直に事が進んで良かったわ。」
 「これもレン様のご采配の賜物です。」
 ガクポが言った。その言葉に謙遜するようにリンは首を横に振った。
 「運が良かったことと、ロックバードの言うことをキチンと守っただけよ。」
 「それも実力の内でしょう。言われた通りにこなすことは、簡単なようで酷く難しい。」
 ガクポに言われて、そうかも知れない、とリンは考えた。
 「ありがとう、ガクポ。ひとまず今日は素直に喜んでおきましょう。」
 そう言ってリンは小さな笑顔を見せた。続けて、
 「ガクポ、祝宴の準備をお願い。セリスとリリィも手伝わせるわ。どうやらギルドメンバーが盛大な酒宴を用意してくれているようだけれど。」
 「かしこまりました。レン様は?」
 ガクポが訊ねた。その言葉にリンは頷き、小さく答えた。
 「少し、考え事があるの。」

 静かな場所。
 ガクポが退出し、一人きりになるとリンはそう呟いて、そのまま静かに跪いた。
 リンがグリーンシティ奪回作戦に参加した理由。
 それは、何もガクポとの協力体制を築き上げることだけではなかった。そもそも、ロックバードに対して戦には絶対に参加しないと確約した上での単独行だったのである。その約束を破ってまでも、グリーンシティ奪回作戦に参加した理由。
 それは、リンの右腕に隠されていた。
 整えられたカーペットの上に跪いたリンはそこで右腕を捲りあげる。現れたのは、黒地に桃色のラインが走るリボンであった。
 「ミク。久しぶりね。」
 本来ならば墓地へと赴くべきであろう。だが、それでもリンはこの場所を選んだ。
 報告しか受けていないが、レンがミクを殺した、この場所に。
 「このリボン、貴女のものだと、ハクから聞いたわ。ごめんなさい、私、貴女を殺すだけじゃなくて、リボンと、親友まで奪ってしまった。」
 滔々と、淀みなくリンは空席のままになっている玉座に向かって語りかけた。久しぶりに、剣士でとしてではなく、修道女のように、真摯な心のままで。
 「ごめんなさい。」
 続けて、リンがそう言った。
 「ずっと謝りたかったの。許して欲しいという意味ではないわ。でも、私は結局貴女の事を少しも分かってあげられなかった。」
 もし、今ミクと出会っていれば。
 きっと、ハクと同じように親友になれただろうに。
 それがとても、残念に思えた。
 「ねぇ、ミク。私もレンを失ってしまったわ。レンは天国ではなくて、地球という不思議な世界に行ってしまったけれど、貴女は今天国にいるのかしら。」
 もしかしたら、レンと一緒に地球にいるのかも、知れない。
 なぜかリンはそんなことを考えた。もしそうだとしたら、二人はどんな関係なのだろう。レンがミクに取られているかもしれない、と考えると、少しだけ切なくなるけれど。
 「ごめんなさい、余計なことを考えてしまったわ。」
 リンは唐突にわき起こった思念をかき消すように言うと、右腕のリボンに左手を添えた。
 「ねぇ、ミク。もう一つだけお願いがあるの。」
 リンは言った。決意を込めた瞳で。
 「このリボン、もう少しだけ、私に貸して欲しいの。いつまでになるか分からないけれど、せめてこの戦いが終わるまで。」
 リンはそう言うと、ほんの少しだけ瞳を細めてから立ち上がった。
 その時、袖を戻そうとしたその瞬間に、リボンの端が小さく揺れたことには、リンは結局気付かなかったけれど。
 
 翌日、リンは今後の方針を決定する会議を開催した。
 参加者はガクポ、リリィ、そしてテトの合計四名である。
 議題は二つ、今後のグリーンシティの統治方針と、帝国軍に対する戦略であった。
 「今後のグリーンシティに関してだけれど。」
 全員が着席したところで、リンは早速とばかりに口を開いた。概略に関してはすでにロックバードとアレク、そして新しく内政担当として幹部に迎え入れたフレアとの打ち合わせを済ませている。といっても殆どフレアが考案したものばかりであったけれど。
 「ギルドの幹部に、暫くの間統治権を委ねたいと思います。」
 テトを見つめながら、リンはそう言った。
 「それは構わないが、革命軍の影響はないのかしら。それから、暫くの期間とは?」
 テトが訊ねた。
 「残念なことに、革命軍にはそこまでの余裕はないわ。基本的には独力で、少なくとも帝国軍打倒まではやり繰りして欲しいの。」
 「了解した。期間も帝国軍打倒まで、という認識でいいのかしら。」
 「その通りよ。以前簡単にお話したように、ボクたちは最終的に民主制をミルドガルドに導入する予定です。その後は全国の代表だけではなく、地方の領主も選挙で選択する方式にしたいと考えているの。具体的な方策は戦が終わってから詰めるような格好にはなるけれど。」
 「分かった。どちらにせよ緑の国の王侯貴族はもう完全に分散してしまって力はない。私たちだけでも何とかなるでしょう。ただ、軍に関してはどうしようもないわ。」
 「グリーンシティに置く軍は今回の戦に参加してくれた民兵を中心に組織して欲しいわ。訓練はガクポに一任する。」
 リンがそう言うと、ガクポが、どこか嬉しそうに頷き、「成長されましたな。」と言った。
 最近ガクポに褒められてばかりだな、と少しの気恥ずかしさを感じながら、リンは困ったように口元を結んだ。
 「それで、一通りの訓練を終えた後は?」
 続けて、ガクポが訊ねた。
 「帝国への進軍をお願い。できれば五千程度の兵が欲しいわ。」
 ガクポはそこで懸念を表すような顔を見せた。
 「徴兵を行わなければ間に合わないと思いますが。」
 その言葉に、リンは小さく首を横に振る。
 「できれば志願兵という形を取ってほしいわ。推測にすぎないけれど、今回の勝利を目にして近隣の農村からの参加者も増えると思うの。農地改革令に好印象を持っている農民は少ないはずよ。」
 「それに関してなら、すでに本日の早朝から軍への問い合わせが増えております。近場の農村から駆け付けた人間のようですわ。」
 補足するように、リリィが加えた。リンはそこで安堵するようにありがとう、といった。
 「資金調達に関してはリリィに任せるわ。当面の税収は農地改革令以前の帝国と同程度に抑えて欲しい。可能かしら、テト。」
 「問題ないと思うわ。」
 テトの答えに、リンはもう一度、安堵のため息を漏らした。
 「ということでガクポ、暫く忙しくなると思うけれど宜しくお願いするわ。」
 「分かりました。それで、進軍はいつ?」
 ガクポは待ちきれない、という様子である。可能ならば今日にでも帝都への進軍を開始したいと思っているのだろう。
 「ボクがルワールに帰還した後、志願兵の訓練状況次第だけれど、できるだけ早期にゴールデンシティへと進軍する予定よ。基本的にガクポにお願いしたいのは帝国軍に対する牽制ね。流石に帝国軍との総力戦では勝てないから、できるだけ帝国軍を分散させておきたいの。今の帝国軍は総兵力五万弱、背後のルーシア王国の事を考えれば帝都に二万の軍は必要だというのがロックバードの見立てよ。その内一万でも引きつけてくれれば、ボク達は比較的楽にゴールデンシティを奪回できるはず。その後は一気に帝都へと二方面から攻め上がるわ。」
 理想通り物事が進むものか、それは分からないが、ロックバードが指揮をする以上、どうにかして血路を切り開くことができるだろう。
 ただ、唯一懸念するべきところがあるとすれば、それはガクポ側に軍師に足る人物が存在していないことだろうか。
 「本当なら、ルワールから参謀を派遣したいところだけれど。」
 申し訳なさそうに、リンは言った。
 「構いませぬ。知恵比べは確かに不得手ですが、牽制程度なら十二分に責務を完遂することができるでしょう。」
 その答えに、リンは宜しくね、と答えた。

 「帰ったらお義父さまに絞られてしまいますね。」
 会議から数日後、漸くルワールへの帰途を歩み始めたリンに向かって、セリスはからかうようにそう言った。セリスもロックバードにきつく言われていたのである。すなわち、戦には参加するな、と。
 「本当ね。三時間は覚悟しないと。」
 苦笑しながら、リンは答える。でも、そのロックバードの気持ちはほんの少し、嬉しくも思う。
 まるで、お父様みたい。
 まだリンが幼いころに病死した父親の影を思い出す。
 偉大な父親が、否、黄の国創始者であるファーバルディ大王ですら成し遂げえなかった、ミルドガルド統一という壮大な夢。
 それを歴史上初めて成し遂げたカイト皇帝という強大な敵。
 それに対して、こんなちっぽけな私が立ち向かおうとしている。少し前なら、気圧されて竦んでしまっていたのに。
 リンはそう思いながら、雲一つなく晴れ上がった、どこまでも遠い空を眺めた。
 「天下、統一。」
 リンは呟いた。なんとなく、格好いい言葉だと思った。
 騎乗した馬が、得意げに嘶き、少しその速度を上げた。
 自分は覇者になるつもりはないけれど、少しは気負ってみてもいいのかもしれない。
 風を感じた。溢れるような草の香りと一緒に。
 「セリス、行きましょう。」
 皆の力で。
 「国取り合戦よ!」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハーツストーリー 70

みのり「ちょっと待て。」
満「みのり、落ち着け。」
みのり「落ち着けないわよ!何よほんの数時間前に『また会う日まで~』とかいわせといて!」
満「久しぶりにハルジオンから読み直したら続きが書きたくなったらしい。」
みのり「あの人は。。。(溜息)」
満「とはいえ以前と違い、不定期連載になると思う。」
みのり「・・こんな『俺たちの戦いはこれからだ!』的な締め方しておいてどうなのよ。」
満「・・知らん。」
みのり「もう、ということでハーツストーリー再開?かも知れません。暫く投稿なくても怒らないでくださいね。」
満「気長に・・もうかなり待たせていると思うが気長に読んでいって欲しい。」
みのり「ではでは、これからもよろしくね!」

閲覧数:303

投稿日:2012/10/07 11:10:14

文字数:3,975文字

カテゴリ:小説

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