小説版 コンビニ パート9

 「お疲れ様でした。」
 誰かがそう言った。サマーライブは無事に終了し、今はライブハウスの従業員が中心となっていそいそと機材の後片付けが進行されているが、未だ興奮冷めやらぬ観客はまだ帰宅する気分にはならないらしい。少しは観客と触れ合った方がいいだろう、という沼田先輩のお言葉に甘えて、俺達は楽屋裏からライブハウスへと戻ることにした。まだ、ほとんど全員が残っているのだろう。他の団体もそれぞれのファンとの交流を始めている。
 誰か知り合いは来ているのだろうか。
 俺はそう考えながら周囲を見渡した。なんてな。探している人は一人しかいない。藍原さんだ。来てくれているといいけれど、と俺が祈るように藍原さんの姿を探していると、一人の女性と目が合った。
 藍原さんだった。
 「藍原さん、来てくれたんですね!」
 思わず俺はそう叫び、彼女の元へと駆け寄って行った。清楚な白いワンピースはこの会場には合ってはいなかったが、藍原さんにはこれ以上ない程に良く似合っていた。考えてみれば、藍原さんの私服を見るのは今回が初めてだ。
 「はい。せっかくチケットを頂いたので。それに、友人もこのライブに参加していましたし。」
 「友人?」
 「はい。そこの・・鈴木君です。」
 藍原さんはそう言ってドラムの鈴木を指し示した。
 「え?」
 驚いて、俺は振り返る。そこにいたのはニヤケ面の鈴木だった。
 「鈴木、お前、藍原さんと知り合いなのか?」
 俺がそう訊ねると、鈴木は無邪気に笑った。
 「そうっす。実は藍原とは腐れ縁なんですよ。中学校の時から一緒で。だから今日来るって知っていたんですよね~。」
 「大学も同じだって言ったら、鈴木君大爆笑しましたから。」
 藍原さんがそう答える。というか鈴木、今日藍原さんが来ると知っていたなら教えやがれ。それよりも。
 「大学も一緒って・・藍原さん、立英大学生なのですか?」
 世間は予想以上に狭い。俺はそう思いながら藍原さんにそう訊ねた。
 「はい。鈴木君と同期で今年入学しました。だから大学に近いあのコンビニでバイトしていたんです。」
 「な、成程・・。」
 だから今年の春に突然コンビニに現れたのか。妙に納得しながら俺は思わず頷いた。
 「で、どうだった藍原。藤田先輩の曲は?」
 鈴木がそう言った。
 「とても素敵でした。あたし、久しぶりに感動しました。」
 藍原さんがそう答える。そして、続けてこう言った。
 「そう言えば藤田さんとおっしゃるのですね。あたし、今までお名前知らなくて。」
 そう言われてようやく気が付いた。
 俺、名前すら教えて無かったのか!
 その事実に愕然としていると、鈴木が笑いながらこう言った。
 「藍原、この後納会あるから参加しろよ。」
 「納会?参加してもいいの?」
 藍原さんが少し戸惑ったようにそう言った。
 「そりゃ、ね、藤田先輩?」
 鈴木がにやにやしながら俺を見る。もちろん、決まっている。
 「ぜひ、参加して下さい、藍原さん!」
 「でしたら、参加します。よろしくお願いします、藤田さん。」
 藍原さんはそう言うと笑顔を見せた。
 普段見せている営業スマイルではない。俺が初めて見る、心からの笑顔だった。

 翌日。
 俺はまだ開き切っていない瞳を無理矢理に開けると、学校への支度を始めることにした。ライブの疲労が出たのか随分と寝坊してしまったが、今日は四時限だけだから登校時間は相当遅い。この時間なら、藍原さんがバイトをしているはずだ、と考えながら俺はいつものようにコンビニへと向かうことにした。
 携帯を開くと、新着メッセージが一通。今日の朝に届いていたらしい、藍原さんからのお礼のメールだった。そう、俺は昨日とうとう藍原さんの連絡先を取得したのである。この為に二カ月かかり、その為に四曲の作曲が必要だったわけだが、考えてみれば安いものだ。
 一応、鈴木と藍原さんの関係は昨日確認している。鈴木曰く、藍原と付き合う訳がない、とのこと。中学の時から一緒なんです、今更恋人関係なんてなれませんよ、と鈴木は笑顔で答えた。男女の友情が存在するのかどうかは今の俺には良く分からないが、つまりはそういうことなのだろう。
 とにかく、朝一に藍原さんからのメールを拝めるなんて、今日はきっといい日に違いない。ふわふわと心が躍るような感覚を味わいながら、俺は返信メールを打つと自宅を出ることにした。
 ミクは昨日からご機嫌だ。大勢の人の前で歌って気持ちが良かったのだろう。根本的に歌姫としての感情を強く持っているミクはライブの熱狂が忘れられなかった様子で、次のライブはいつだと、昨日の晩さっそく俺にせがんで来ていた。もちろん、ミクには次のライブにも参加してもらうつもりだ。次は、文化祭かな。文化祭ではどんな曲を作ろう、と俺は早速フレーズを考えながらコンビニに入店する。
 「いらっしゃいませ。」
 レジカウンターから、藍原さんがそう言った。俺の顔を見た瞬間に、藍原さんは自然な笑顔を見せた。
 ああ、幸せだ。
 俺はそう思いながら、藍原さんに笑顔を返した。そのまま弁当のコーナーに行き、弁当を一つ掴む。流石に朝飯も昼飯も抜かしては夕食まで持たないと思ったのだ。ついでにジュースも手に取ると、藍原さんのレジカウンターに置いた。
 「昨日はありがとう。」
 藍原さんに向かって、俺はそう言った。
 「こちらこそ、ありがとうございました。」
 藍原さんはそう言いながら、弁当とジュースのバーコードを読み取った。
 「六百八十五円です。」
 藍原さんが、レジに表示された金額を読み上げる。それを受けて、俺は財布を取り出して中身を見た。
 あれ、お札が無い。
 小銭は・・あ、あった。危な・・。
 俺はそう思いながら、銀色の硬貨を七枚、藍原さんの目の前に置き、そして気が付いた。最後に取り出した一枚に。
 ・・・五十円玉じゃん。
 「ご、ごめん、これ、やっぱりやめときます・・。」
 俺が慌ててそう言った時である。くすくすと笑った藍原さんは自分のポケットから小銭入れを取り出すと、五十円玉をレジの上に置いたのである。
 「え?」
 意味が分からず、俺は藍原さんの瞳を見た。透き通るような、優しい瞳で、藍原さんはその形のいい唇を開いた。
 「昨日の曲のお礼です。また、素敵な曲を聞かせてくださいね。」
 藍原さんは満面の笑顔で、そう言った。

 終

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 コンビニ ⑨

最終話です☆

楽屋裏

立英大学
藤田君はじめ、ミク以外の全登場人物が通う、都内にある大学です。モデルは僕の母校です。ドラマの撮影などでたびたび使用される、由緒ある大学ですよ☆

藤田君
本家様楽曲『コンビニ』に登場する男の子役として思案した結果、天然ボケのミュージシャンというキャラにw
普通に書くとボカロが登場しないので、ミクのマスターという役割を演じてもらうことにしました。そうなると現実世界でもバンドを組んでいる方がいい。そして時間に自由がある人間と言えば、必然的に大学生しかないな、と考えて大学生になりました。

藍原さん
コンビニでバイト→大学生、とまあ直結でした。藤田君がどの時間に行ってもだいたい勤務しているとなるとフリーターか大学生しかないと思いますが、藤田君とのつながりを考えると同じ大学にした方が話が早く纏まると考えまして・・。

沼田先輩について
このバンドのボスキャラで、現実世界での藤田君のナビゲート役として登場してもらいました。流石に藤田君が毎日ミクとだけ会話していると寂しいこと限りない(笑)

鈴木君と寺本君
寺本君は今回セリフなし。ごめん。
鈴木君もモブキャラの予定だったのですが、書いている最中に、藍原さんは果たしてチケットを渡しただけで来るのだろうか、という疑問が急速に浮上。ならば友人が実はバンドやっている、という設定にすれば藍原さんもライブに来やすいのではないか。なら同級生が良い。後輩キャラは・・あ、いた。鈴木だ。
ということで鈴木君後半大活躍。ほんとそれだけです。何も考えずに付けた、鈴木君は藤田君の後輩という設定だけが鈴木君を救いました(笑)。

初音ミク
早く紅白に出てくれ!という俺の願望を実現させるために、今回ライブで歌うというストーリーを追加しました。
本当の裏話をすると、実は別ストーリーも考えていまして。実は藍原さんがルカの使い手で、同じボカロ廃として仲良くなる・・。という構想もありましたが、話の先がどうしても見えずに破棄。小説の単純化の為にミクだけの登場になりました。
次回作はミク以外も登場させたいと思います(^^ゞ

さて、最後になりましたが、素晴らしい元ネタを提供して頂いたcokesiP様ならびに、お読みいただいた皆様に、厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

閲覧数:213

投稿日:2010/02/07 21:26:46

文字数:2,662文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • twilight000

    twilight000

    ご意見・ご感想

    ①~⑨まで読ませていただきました。
    とてもほんわかしていてあったかい物語でした。
    読んでいる自分もニヤついているのを自覚しながら読んでいましたw

    簡単な感想ですみません。

    素晴らしい作品をありがとうございました。
    次回作も読ませていただきます。

    2010/03/31 00:49:38

    • レイジ

      レイジ

      わ?!
      たくさんコメント頂きありがとうございます!
      どうしよう・・とりあえずこのコメントのお返事から。

      先程仕事から帰って来たのですがメッセージが沢山来ていて吃驚しました^^;
      『小説版 コンビニ』はのんびりまったりな空気を感じていただければと思います。

      読んで頂きありがとうございました☆

      2010/03/31 23:12:17

  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    執筆お疲れ様でした☆ 50円の縁結びですね。最後の藍原さんの台詞でほのぼのしました^^

    私も吹奏楽部でした。藤田くんが舞台裏で本番モードに切り替わっていく緊張感と静けさは、なるほどと思うと同時に、この心境にいたるまでは相当量の練習と本番への自信がないと到達しないなぁ……と、懐かしく思い出しました。

    レイジ様は、いい舞台を踏んできた方なのだな、と思いました☆
    ほのぼのと懐かしい雰囲気をありがとうございます。

    2010/02/08 00:12:04

    • レイジ

      レイジ

      お読み頂き、ありがとうございます!!
      wanita様も吹奏楽経験者なのですね!
      これもなにかの縁でしょうか(笑)

      ちなみに僕の演奏技術はたいしたことないです。。どちらかというとこんな音楽家になりたいなあという願望を藤田君に押し付けているので・・。
      大学卒業以来まともに吹いてませんので、もう五年位ブランクが(?_?;)

      また次の作品をうpした時は宜しくお願いします!!

      2010/02/08 23:17:06

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