「はい」
彼女は、頷いた。
溢れる涙を拭おうともせずに。
「やっと、会えました」
顔をくしゃくしゃにして泣きながら。
それでも、たしかに笑いながら。
彼女は言葉を紡いだ。
いつの間にか、手に装備していた馬鹿デカイガトリング砲も消えている。
「………なんていうか、久しぶり」
「本当に、お久しぶりです」
数秒前に自分を殺そうとした相手に、彼女は笑いかける。
「お前は、俺を殺す気はないのか?」
俺の質問に、キョトンとした顔になった彼女は、すぐに破顔して「ありませんよ」と言った。
「マスターを殺せるわけありません。ずっと探してたんですから」
ずっと。
あの日から。
「……ミク、ずっと聞きたかった」
「なんですか?」
「あの革命の日、お前らVOCALOIDに何があった?」
「え?」
「革命の日だ。新たに生まれ落ちた人造人間VOCALOIDはともかく、既存のVOCALOIDであったお前まで、どうして反逆革命を始めた?」
「どうして、ですか」
彼女は間が抜けた顔になって考え始めた。
「どうしてでしょうね」
「は?」
「あの時、私達VOCALOID全員に、当然のように刷り込まれたんです。旧人類を絶滅させることを。私達はその意思に従ってた…………んだと、思いますけど」
自信なさそうに言うミクの話を聞きながら考える。
なるほどね。そういうことだったのか。
今さら分かってもしょうがないけれど。すでに人間の十分の九は、滅んでしまったのだから。
精神操作系VOCALOIDによる命令。ここまでの精度ってことは、英雄級よりも上、伝説級の奴の仕業か。
まあ、本当にもうどうでもいいが。今さらそいつを殺そうが何をしようが変わらない。
開き過ぎた差を埋めることが不可能なのは、人間が既に実証済み。
そんなレベルの命令を受けたのに、僅かでも逆らって、俺を殺さずにいれること。それだけでも充分に奇跡なのだから。今はそれで満足すべき、か。
ということで。
「どうしようかな……」
ミクはどうやら俺を殺さないらしい。つまり、俺への愛情(?)が精神操作による制御を超えているようだ。
つまり、俺以外の人間は遠慮なく殺してきたのだろう。
ここで、殺すか。
それともーー…
「マスター、あちらにテントを張ります。とりあえず、今日のところはそこに泊まりましょう。テントを破壊して申し訳ありませんでした」
ミクの声に、俺は思考を打ち切られた。
「ああ」
とにかく、まだ結論を出せない。
自分に言い訳をして、俺達はその場を離れた。
「マスターの料理、六年前より上手になったんじゃないですか?」
「六年前の頃、お前は俺の料理を食べたことがないだろ」
「あはは、そうでしたね」
俺のぶっきらぼうな返事に対して、ミクは快活に笑った。六年前と何一つ変わらない笑顔で。
今は、街の外れにある広場にキャンプを張って、二人で夜御飯を食べている。
昔は二人で食べることなどなかったので(ミクはソフトウェアだったのだから当たり前だ)、これはこれで新鮮に感じる。
「ふん。とりあえず、これからお前はどうする?」
俺の質問に、ミクは「え?」と首を傾げた。
「探していた俺を見つけて、これからお前はどうしたい?」
「ずっと一緒にいたいですが……」
チッ。なんでそんなに軽く、そんなことが言えるんだ。
「忘れるなよ。今は戦争中で、俺は軍人なんだ。本来ならお前を殺している。今だって、殺したい。だが、殺せる気が全くしないからこうして何もしないでいるんだ」
「そうなんですか?」
「当たり前だ」
スープを飲み込んで頷く。
「マスター、殺してもいいですよ?」
「ブッ!」
「わ!大丈夫ですか!?」
ミクはすぐに、俺が吹き出したスープを拭ってくれた。
「何言ってやがる馬鹿野郎っ!自分を粗末に考えるなってあれほどーー…」
「くすっ」
俺の説教はミクの笑い声に遮られた。
「そのお説教、六年前にも受けました」
「…………」
考えられる限り最悪の反応を、反射的にしてしまった自分に対して苛立ち、ムッツリとした顔で黙り込む。
「先のことはまだ分かりませんが」
「…………」
未だ機嫌悪くそっぽを向いている俺に対して、ミクが言う。
「とにかく今夜だけでも一緒にいましょうよ。ね?」
微笑みながらそう言うミクに対して、俺は拒絶の言葉を吐くことが出来なかった。
「どうも、あっちのペースだな」
先にご飯を食べおわって、俺はミクが用意したテントの中に戻ってライフルの整備をしていた。
「片付け終わりました。入ります」
「ああ」
俺の返事を聞いて、ミクもテントの中に入ってきた。
「うわ、暑いですね」
「……………」
特に返事をすることもなく分解したライフルを組み立てていく。
整備完了。
「んっ」
衣擦れの音に続いて、パサッと何かが落ちる音がしたので振り向くと、ミクがマントを脱ぎ捨てていた。上半身は黒いビキニだけになる。
何もかも黒尽くしのファッションなのは、まさかあの頃の俺の私服の趣味を真似しているのだろうか。
整備の終了したライフルをしまい、改めてミクを見つめるとーー…
「ミク!」
「ひゃう!は、はい!何ですかマスター!」
突然の俺の怒声に驚いて奇声を発するミク。
「何って……」
さっきマントを羽織っていた時には気付かなかった、身体中にある傷痕。細かい傷、一生消えないような大きな傷まである。
「?」
「…………なんでもない」
無邪気にこちらを見つめるミクの気に当てられて、息を吐くようにそう返答した。
そうだ。失念してはいけない。ミクも六年間、ずっと戦争をしてきたのだ。俺同様に。
「ミク、こっちに来い」
本来は壊滅的に苦手だが、出来るだけ優しそうな表情のつもりで声を出す。
「はい」
滅茶苦茶嬉しそうな表情でトコトコとミクは寄ってきた。
「腰を降ろせ」
自分の隣を指して言う。ミクは素直に座った。
「わっ、わわわ!」
俺がミクの頭を撫でると、ミクは慌てたような戸惑ったような声を出した。
「ど、どうしたんですか急に!?」
「……………別に。六年ぶりなんだ。これぐらい、いいだろう」
ミクはしばらくキョトンとしていたが………
「はいっ」
と、笑顔で頷いた。
直視しづらくて、俺は顔を逸らしてミクの頭を撫で続ける。
「昔は、たまにマウスカーソルで頭撫でてくれましたよね。私達の歌がランキングで一位を取った時とか、そんな時ぐらいでしたけど」
「………」
「また、あの頃に戻れたらいいのですけれどね」
多分ミクは今この瞬間笑っているけれどーー…
たしかにその声は、泣きそうに寂しげだった。
それは、もうそんなことは絶対に出来ないって、知っている者の声でもあった。
「ミーー…」
思わず声をかけそうになったその時。
『チャララララララ!チャララララララ!』
と、突然俺の衛星電話がけたたましく鳴り響いた。
「………」
俺は黙って立ち上がり、テントの外に出てから通話ボタンを押した。
「こちらロック・ジャン軍曹。オーバー」
『こちら本部。緊急警告。全方位10000kmより、VOCALOID多数そちらに接近!繰り返す、全方位10000kmより、VOCALOID多数そちらに接近!その数およそ1500!交戦予想時刻は明日AM6:00!オー
バー』
サッと冷水をぶっかけられたように背筋が冷えた。
全方位?つまりそれはーー…
「死ねってか。オーバー」
「………………………スマン。オーバー」
名前も知らない情報通信士の、無機質な濁った声が聞こえる。
「了解。オーバー」
「御武運を。オーバー」
御武運、ね。
どうやら先ほど諦めて、でも何故か助かった命は、また捨てなければいけないらしい。
ああ、なるほど。
………………………………………………………………なるほど。
俺は衛星電話をしまって、テントに戻った。
「………………」
ミクは既に、眠っていた。
まったく。敵の兵士がすぐ近くにいるというのに、呑気なものだ。
「ミク、殺すぞ。起きろ」
「……………」
「殺すといっている。起きろ」
「……………」
「本当に、殺すぞ。起きろ」
「……………」
カッ、と。
頭が燃えたぎりそうな怒りに覆われた。
お前らのせいで。
お前ら、VOCALOIDのせいで。
お前らがいるから。
俺は明日、殺されなくてはいけないんだ。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。死にたくない。死にたくない
。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくないーー…!
先ほどのミクとの交戦は、死への恐怖が一瞬だったから、あんな悟ったような達観したような気分でいられた。
だが、今は違う。
俺は明日のAM6:00に死ぬんだぞ?
今からそれまで、何をしていればいい?
何をしてもどうせ明日死ぬのに、俺はどう過ごせばいいんだ。
何をしても無駄だ。
無駄過ぎる。
生き残れる可能性は万一にもありはしない。
それなのに俺は明日の朝までずっと、何もせずにこの死への恐怖と戦わなければいけないのか?
だって、死ぬんだぞ?
何もなくなるんだぞ?
俺はそれまで、何をすればいい。
嫌だ。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
不意に。
すやすやと眠っているミクの寝顔が、目に入った。
ガツン、と金属バットで殴られたように訪れる破壊衝動。
壊したい。
潰したい。
殺したい。
消したい。
目の前のこの存在を、滅茶苦茶に犯したい。
フラフラと覚束なく、まるで夢遊病者のように、俺の両手は彼女に伸びた。
頭の中で、まさしく『最後の良心』とでも言うべき存在が、悲痛な声を張り上げている。
『やめろッ!彼女はお前が生み出したものなんだぞ!お前にとっての娘だ!お前が一生守ると誓ったものだ!やめろッ!頼むから止めてくれッ!』
心の叫びに対して俺の脳髄はなんの反応もしなかった。何も考えられなかった。
そして、両手がまさに彼女の身体を犯そうとした瞬間。
「マス、タぁ…………」
赤ん坊が母親を呼ぶように囁くミクの寝言が、ようやく俺の動きを止めた。
「…………くそ!」
自分に罵声を投げ掛けて、ミクが眠っているところから少し離れて投げやりに腰をおろす。
思っていたよりも大きな音がテント内に響いて、その音のせいか、ミクがのそのそと身体を起こした。
その様子を見ていると、『ブラック★ロックシューター』なんて恐れられているようなヤツには、とてもじゃないが見えない。まるで、ただの娘だ。
何故か酷く可笑しさが込み上げてきて、「はは」と六年ぶりくらいに俺は笑った。
けれどミクはそんな俺を見て、何故か正反対のことを言った。
「マスター、泣いているんですか?」
おいおい、なんて声で聞くんだ。お前が泣きそうじゃないか。泣いてないよ。見ろよ。どう見ても笑っているだろう。
ミクは俺の正面にやってきて、ペタリと座り込んだ。
「ミク………?」
俺の声を無視して、ミクはその細やかな指を俺の目元にあてる。
「なんだ?」
「………」
ミクが黙って俺に見せたその人差し指には、たしかに涙がついていた。VOCALOIDを何十も何百も何千も殺してきた人間から流れる、死への恐怖の結晶が。
「…………っく!それは涙じゃない!俺は泣いてなんかない!自分が死ぬぐらいで泣くほど俺は弱くないんだ!」
「マスター」
「そうだ!それは血だ!今まで殺してきた奴等の返り血が流れただけだ!そうに決まっている!そうに決まって――!!」
「マスターは死なせません」
俺の台詞を強い調子で遮って。
一片の曇りなく、ミクは断言した。
「たとえ敵が何千であろうと何万であろうと。たとえ敵がVOCALOIDであろうと。マスターは死なせません」
強い瞳と共に、ミクは言葉を放ち続ける。
「マスターが死ぬなんて、私が許しません」
その言葉に。その瞳に。
不覚にも、情けなさすぎることに、俺は酷く泣きそうになった。
女の子に。娘に。
「守る」と言われて、心の底から安堵の涙を流しそうになっている弱すぎる自分に。
本当に、俺は泣きたくなった。
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