お前ら爆発してしまえ。と、思わなくは無い光景だけれども。
けれど、お互いが好きなのがよく分かるその様子は微笑ましくも眩しい。お互いを大切に慈しみ、幸せを繋いで冠にしていくような。その様子に、うらやましいな。と思わずメイコは呟いた。
「いいわね、羨ましい」
微かな、心の隙間から落ちた小さな弱い音だったのにもかかわらず、さすがボーカロイド、というべきかカイトはその音を拾い上げてしまった。
「羨ましいですか?」
そう問うカイトに、取り繕うに様に笑みを浮かべて、そうね。とメイコは言った。
「あんな可愛い人がマスターで恋人だなんて。羨ましい以外の何物でもないでしょう?」
茶化すようにそう言うが、けれど、拾ってしまった弱い音を吟味するかのように、カイトは自分の手のひらを眺めて。メイコさんはマスターとうまくいっていないんですか?と訊いてきた。
図書館内だからと配慮した小さな囁き声で、直球の問いかけをしてくる。それをかわす事が出来なくて。ええと、と呟いたきりその後に言葉を続けることが出来なくなったメイコに、カイトがじっと探るように見つめてきた。
「俺のマスターが、メイコさんはなんだか元気がないみたいだったのよね。と昨日、言っていたんです。なにかボカロ同士ならば分かり合う事もあるだろうから。ってそんな事を言っていて」
その言葉にメイコは、はっと目を開いた。確かに昨日、ちょっと言葉に詰まった。けれど、そんな些細なことに気がつけるなんて。
來果さんは凄い人なのかもしれない。と驚くメイコに、カイトがふと視線を背けて、ごめんなさい。と突然謝ってきた。何で謝ってきたのか分からず、きょとんとしたメイコに、あのですね。と言いにくそうにカイトが口を開いた。
「正直な所、マスターに心配してもらったメイコさんにずっとむかついていました」
「え?」
「だから、メイコさんとメイコさんのマスターの間で何か問題があるのなら、早く解決してください」
きっぱりとそう言うカイトに本日何度目かの驚きを感じながら、メイコはそれってつまり。と口を開いた。
「つまり、私に心配されるような事が無くなれば、來果さんもまた私の事を気にかける事が無くなるから。って、そういうこと?」
一応、確認するようにメイコがそう言うと、その通りです。とカイトは真面目な顔でうなずいた。
ぶはっと再びメイコは噴き出した。
一応ここは図書館なので色々と手加減をしてください。とメイコはなんとか笑いをおさめようと涙目になりながら思った。
「あの、カイトさん。もっと自信を持って良いですよ。絶対私には無理だから。來果さんにとって、あなた以上の存在には誰もなれないから」
はあはあ、と苦しい息の下でなんとかメイコがそう言うと、カイトは嬉しそうに、花開く様な笑顔を見せた。
―別に、マスターとはそれなりにうまくいっていると思う。
自分がこうして見つけた場所を、休みの日に一緒に散策したり。DVDを見ながら夜更かしをしたり。たまには凝ったものをつくろう、と二人で台所に籠ってなんだか大きな肉の塊と格闘してみたり。
他愛のないことの積み重ねは、それでもささやかな幸せを与えてくれる。これで十分なのではないか。と積み上がった楽しさが、そう耳の内で囁く。
音楽的才能もある、少し大人びた皮肉な物言いをする事もあるけれど、酷い事をしてくるわけでもない。私よりも、それどころか場合によっては大人よりもしっかりとしている、小さなマスター。
そう、マスターの弾く音に関して何も言わなければ、マスターの抱えるものに触れなければ、きっとずっと一緒にやっていける。
けれど、そしたら。ずっとこうなのだろうか。ずっとマスターは、ただの音、としか言いようのない音色を奏で続けるのだろうか―
別に、うまくいっていないわけじゃないのよ。とメイコは苦笑しながら言った。
「だけど、たとえば。あなたみたいなボーカロイドの方が。真っ直ぐに愛しむことができるボカロが居た方が、マスターにとっては良かったのかもしれない」
そう。ただ純粋にマスターの事だけを一番に思う事の出来る子が、彼女の傍にいた方がマスターには良い事なのかもしれない。
そんな風に思ってしまったりもする。
メイコの言葉に、カイトは、うーん、と考え込む様に上を向いて。ぼそりと呟いた。
「そもそもの話、俺がマスター以外の人間の横にいる、ってこと自体がまずあり得ない話なんですけど」
「うん、それはもうよくわかったから」
予想通りの返事に苦笑しながらメイコは言葉を続けた。
「私は、駄目。そんな風に、真っ直ぐに気持ちを向ける事が出来ない。色んな事を計算してしまう。こう言ったら駄目じゃないか。とか色々と打算を働かせて、本音を隠して。結局、何がマスターにとって良いのか、分からなくなってきているのよね」
言葉を連ねているうちにだんだんと視線が下を向いてしまう。
俯いてしまったメイコに、カイトがそれはなんとなくわかります。と言った。
「俺は自分の事が信じられないから。俺自身の事を全て信じる事は、やっぱりどうしてもできない」
そう淡々と言ったカイトの声音は、ぞっとするほど平坦だった。境界線上にぱっくりと口を開く不穏な気配にメイコが顔を上げると、カイトは昏い目でじっと自分の右手を見つめていた。
メイコが何と言えばいいのか分からないまま、その様子を見つめていると、まるでその手のうちにある何かを逃すまいとするようにカイトは右手を強く握り込んだ。
「俺は自分の事を信じられなくても、マスターはおれの事を好きだと言ってくれたから。愛しいと言ってくれたから。それで良い」
そう言ってそっと右手の握りこぶしを左手が包み込むように覆った。愛しむ様な、慈しむ様な。
そういえばさっき來果さんが握ったのは、右手だった。
その事に気が付いたメイコは、ふと笑みをこぼした。ともすれば束縛に近い愛情を、ひたむきなゆるぎないその思いを、持つ事が出来るカイトが羨ましかった。
「私も、あなたみたいになりたい」
「いや俺になられたら困りますけど」
「それはつまり、やっぱり來果さんを取られやしないかと心配だから?」
もうすっかり分かりきってしまっている事だけど。わざわざメイコが確認するように言うと、全くもってその通りです。と少しばつが悪そうにカイトは笑った。
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