注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の設定を使った、ハロウィンのショートエピソードです。
 おまけ的なものなので、外伝としてのナンバリングはしておりません。
 ただし、『ロミオとシンデレラ』を、第三話ぐらいまでは読んでないと、話の背景がよくわからないと思います。
 クオ視点で、クオとミクが高校一年生の時のエピソードです。


 【ハロウィンなんか大嫌い】


「トリック・オア・トリート!」
 十月の最後の日のことだ。俺が部屋のベッドに寝転がって雑誌を読んでいると、そんな声と共にミクが部屋に飛び込んできた。起き上がって、ミクを眺める。
「……何やってんだ、お前。というか、なんだその格好」
 ちなみにミクが現在着込んでいるのは、絵本の中の妖精が着るようなひらひらドレスだ。ご丁寧に背中に羽根までついているし、手に握られているのは星の飾りがついたステッキだ。非常に似合っていて可愛らしくはあるのだが……すまんミク、俺には「なんだか頭の中身がかわいそうな子」にしか見えない。五歳児ならともかく、高校生にもなってその格好は無いだろ。
「トリック・オア・トリート!」
 俺の言葉に怒ったのか、ミクはむくれた表情で、さっきと同じ言葉を繰り返した。……だから何がしたいんだよ。
「全くもう、クオ! どうしてそうノリが悪いのよ。わたしがさっきから『お菓子かイタズラか』って訊いているのに!?」
 怒りまくった口調で、そう言い出すミク。おい、俺はそんなに怒られるようなことをしているのか。
「何だよそれ?」
「ちょっとクオ、何とぼけてるのよ。今日はハロウィンでしょ!」
 あ~、そういやそんなイベントがあったな。日本じゃ馴染みの薄い日だからほとんど忘れかけてたけど。ミクの家に預けられて最初の年も、ミクは同じようなことやってたっけ。あの時はお姫様ドレスだったな。今年は妖精ドレスなのか。……よくやるよそんなこと。
「で? 俺にどうしてほしいんだ?」
「お菓子ちょうだい」
 はいっと手を差し出される。俺はその手をぼけっと眺めていた。そんな俺の反応に、ミクが苛立つ。
「クオ、お菓子は?」
「持ってるわけねえだろそんな都合よく!」
「どうしてわたしのために買っておいてくれないのよ!」
 ミクはそんな無茶苦茶なことを言い出した。あのなあ。
「できるかそこまでっ! 大体、数日だけとはいえ俺の方が後に産まれてんだぞ。むしろお前の方が俺にくれるべきだろ!」
 ミクはむすーっとした表情で、俺を睨んでいる。誰が何と言おうと、俺にミクに菓子をやる義理はないっ!
「わかったわ。お菓子をくれないのなら、イタズラを決行するまでよっ!」
 言うやいなや、ミクは俺めがけて飛び掛ってきた。うわ、と思う間もなく、手にしていた雑誌が奪い取られる。
「雑誌はもらったわ!」
 そんな叫びを上げながら、ミクは部屋を飛び出して行った。おいこらっ!
「こら待て! それまだ全部読んでないんだぞっ!」
 俺は慌ててミクを追いかけた。なんだかんだ言って足は俺の方が早い。俺は廊下でミクに追いついた。ミクをふんづかまえて雑誌を取り返そうとする。
「雑誌返せっ!」
「きゃーっ! 助けてーっ! クオが変なことするーっ!」
 そんな叫びをあげるミク。こいつの頭の中はどうなってやがんだ。
「お前は言うにことかいて何てこと叫んでやがんだっ! ちょっと黙れっ!」
「いやーっ! へんたーいっ!」
「誰が変態だこらっ!」
「あの……ミクオさん……」
 おずおずとかけられた声に振り向く。そこにはお手伝いさんが立っていた。げ、まずい。
「お嬢様とスキンシップを取られるのはいいんですけど……」
「はっ、いいやこれスキンシップじゃないです。言うなれば躾という奴で……」
 何とか取り返した雑誌を片手に、もごもごと俺はそんなことだけを言った。ミクも隣でバツの悪そうな顔をしている。さすがに悪ふざけが過ぎたと思ってんだろう。
 お手伝いさんは苦笑混じりに「旦那様と奥様には黙っておいて差し上げますから」と言って、去って行った。……絶対、何か誤解された気がする。


「大体ねえ、クオがちゃんとお菓子を用意してくれないからいけないのよ」
「まだ言うかお前は」
 お手伝いさんが行ってしまった後、ミクはそんなことをぶちぶちと言い出した。
「だって、去年も同じ話をしたじゃないの」
 まあ、確かにされたが……でもそんなこと、一々憶えてるわけないだろうが。
「あーあ、お菓子食べたかったのになあ」
「戸棚か冷蔵庫でも漁って来いよ」
 何かしらあるだろ、この家なら。
「それじゃ物足りないのよ。なんかこう……ハロウィンって奴が食べたいの」
 注文の細かい奴だな。贅沢言うんじゃねえ。
「……こうなったら仕方ないなあ。リンちゃんのところでも襲撃してこようっと」
「おい、お前、人様に迷惑かけるなよ」
 俺の脳裏に、巡音さんの家に押しかけてお菓子を寄越せとわめくミクの姿が浮かんだ。たちの悪いゆすりたかりと変わらないだろ、それ。
「リンちゃんのお母さん、お菓子焼くのが趣味なのよ。今日はハロウィンだから、絶対カボチャのタルトかパイを焼いているはずだわ」
 ミクは俺の言うことには答えず、そんなことをうっとりした表情で言い出した。そりゃ確かに、巡音さんが「おみやげ」と称して持参してくるお菓子はどれも美味しいが……。
「さっくさくのタルトに、ほんのりスパイスが香る甘いカボチャのフィリング……リンちゃんのお母さん、タルト焼く時は絶対台から手作りするのよね。カボチャだってちゃんと裏ごしするし」
 俺はミクの目の前で、手をぱっぱっと上下に振ってみた。だが、ミクは気づいてくれない。やばいぞ、色々な意味で。
「というわけで、わたし、リンちゃんのところまで行ってくる! クオ、留守番お願いねっ!」
「おい、急に押しかけたら迷惑だろ!」
 ミクはすごい勢いで駆け出して行った。俺の極めてまともな発言は、ミクの耳には届かなかったらしい。
 かくして、俺は廊下に一人取り残されたのだった。なんだか空しい。……ちくしょう、ハロウィンなんか大嫌いだ。


 二時間ほどで、ミクは戻って来た。なんとも満足そうな表情をしている。きっと巡音さんのところでお菓子を食べまくったんだろう。……すいません躾の悪い子で。
「美味しかったわ~」
「良かったな。というか、お前、迷惑だって思わないわけ?」
「え? リンちゃんもリンちゃんのお母さんも喜んでたわよ」
 のほほんとした表情で、ミクはそう答えた。それは絶対、向こうが気を使っていただけだと思うんだがなあ。
「はい、クオ。おみやげ」
 ミクはケーキを入れるような白い箱を差し出した。
「何これ?」
「だから、クオへのおみやげだってば」
 俺は箱を受け取ると、開けてみた。オレンジ色のタルトと、真っ黒なマフィンが入っている。
「リンちゃんのお母さんが持たせてくれたの。カボチャのタルトと、ブラックココアのマフィンよ。味はわたしが保証するわ」
 うわ……俺にまで気を使ってくれたのか、あそこのお母さん。なんだか申し訳ない気がしてくる。いつもいつもミクがすいません。
「俺がもらっちゃっていいの?」
「いいに決まってるじゃない。もう時間が遅いから、食べるのは夕ごはんが終わってからにしてね」
「あ……うん、そうする」
 俺は箱の蓋を閉めた。ミクみたいに滅茶苦茶甘いものが好きってわけじゃないが、美味しいものは美味しい。
「じゃ、これで『トリート』は渡したから、クオ、わたしにイタズラはできないわよ」
 ぱちんと片目を瞑ってみせると、ミクは手を振って去って行った。そういうことかよおっ! 感謝して損したぞ。いや、巡音さんのお母さんには感謝はしてます、はい。会ったことないけどね。


 たく……来年こそは、目にもの見せてくれる!


(おまけ 翌日、学校でのレンとクオのやりとり)
「とまあ、こんなことがあってさ。ミクの奴、なんでああなんだ」
「それくらいで済んだんならまだマシな方じゃん」
「……あのなあ。誰と比べてんだよ」
「俺の姉貴」
「何かあったのか?」
「あったっていうか……なんか、職場で急にハロウィンパーティーやることになったとかで、帰って来たの午前様だった。それも酔っ払ってフラフラの状態」
「…………」
「今日は自宅で潰れてるよ。本当は今日も仕事なんだけど、ボスも潰れて仕事にならないから今日は休みだってさ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハロウィンなんか大嫌い

ハロウィンネタ浮かばないとか言ってたわけですが、突然出てきたんですよね……折角なので形にしました。

『ロミオとシンデレラ』なのは……すいません、一から設定作ると大変なんですよ。連載中の話ならキャラ設定全部できてるんで楽というか……。

閲覧数:798

投稿日:2011/10/31 20:04:59

文字数:3,487文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました