――――――――――#3
正午を過ぎたあたりで承認の判子を桃音に渡して、テトは保留を弾くだけの作業に徹していた。
「ほら手が止まってるよモモちゃん。もっと早く」
「うるさいです」
「ほら我慢しないで。こんなに音を出しちゃって、いやらしい」
「この変態を撃ち殺したい」
「やだそんな激しいのもっと突いて」
テトが書類の束を次々と積み上げて、判子が割れそうな勢いで連打される。それでも綺麗な印になってるのが流石である。重音テト麾下の師団には司令を代行する副官がいるので、不在の間に溜まっていた書類で、何時間も頭を悩ませるような決裁はあまり入ってない。そういうのは保留にすると、さっきみたいに将官達が持って帰る。
「保留が多いみたいですけど、また見ることになるんですよ」
「いいじゃないか。その時は君の手は借りない」
「やだかっこいいなあこの一瞬だけはこの何回も聞いた台詞だけはかっこいいなあ」
「濡れた?」
「排卵しそうです」
結局、判子祭りは午後3時にまで及んだ。保留の束は明日の朝一で見るという白手形を桃音の部下に預けて、遅くなった昼食を二人しかいなくなった食堂でとる事にした。
「おいしいですね」
「まあな」
今日の昼食はビフテキにミネストローネとフランスパンである。前菜に金平糖入りシーザーサラダを出してきたので軽いな助かると思っていたら、まさかのビーフステーキを出してきた。ばあやの食べていけという意思が強く感じられた。どんな理由であれ、これを残していくと後が怖い。無言の圧力バトンを桃音にも渡して、食い切るまでは一蓮托生である。
「あ”ー!!!なんで軍の書類に税務調査が混ざってくるんですか!!!」
まあ、思った程には桃音も急いでないのか、何か愚痴りだした。ビフテキがそれなりに高い肉だからだろうか。
「しかたないじゃないか。革命オタクがどさくさに紛れて政府倒しちゃったんだから」
「あの偽善者達、見つけ次第拷問にかけてくださいよ!」
「言われなくても、残党狩りはするよ」
メディソフィスティア僭主討伐戦争で政府が倒された結果、行政組織がボロボロになった。役人達が命の危険にまで晒されていたのを、蒼音タヤと重音テトが自分達の連隊に引き込んだ。無用な処刑による混乱を避けるためだったが、彼らは今では蒼音タヤ麾下VIP統合軍が権勢を握るパワーソースとなっていた。
「事実上の軍政だからねえ。向こうのクリフトニアがうらやましい」
「スパイごっこは楽しかったですか?」
「まあね。旧体制と共存する道も面倒そうだったよ。初音ミクが肩身狭そうにネギ育ててたよ」
桃音参謀長の目が光る。口元のソースもきらりと光る。
「まさか、初音ミクが冷遇されているという噂は本当ですか」
「まあね。だが、軍営内にネギ畑を作るくらいの権勢はあるらしい」
「ネギ畑ですか……。それは、冗談ではなく?」
「実物は見てないが、基地から出てきたトラックが市場に入っていった。正直、目を疑ったよ。しかも卸値が相場の1.8倍だ」
「ネギが……」
「道徳的にはともかく、かなり好き勝手して咎めもないようだから、これ以上の左遷をされる可能性は無いだろうね」
「ですよね。という事は、エルメルトは初音ミクの制空権、という事ですか」
「ああ。最初が私でよかったよ」
今のUTAUに、敗走しながらスパイ活動を出来るような人材はそうはいない。メディソフィスティア戦争の英雄はみんな将官になってしまったか、さもなくば退役して民間人に紛れている。クリフトニア相手に戦闘行為とスパイ活動を両方できる天才は、なかなか探し出せない。
「はっきり言って、腑抜けたと思っていました」
「もちろんだ。だが、奴等はもう未来を見ている。私達の国はどうなるだろうな」
カチャカチャと食器の鳴る音だけが響く。
「おいしいですね」
「口元にソースがついてるよ」
モモが左手でナプキンを取って左の口元を拭う。
「逆ぎゃく」
そう言いながらテトも自分の口元を拭った。ステーキだけはなかなか上品には食べられないものだ。
機動攻響兵「VOCALOID」第5章#3
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