外からは暖かな日の光が差し込み、その部屋にはマスターが本をめくる音だけが響いていた。紙に並ぶ文字を追う目をふと下に向ければ、膝の上には双子の寝顔がある。右にはリン、左にはレンの頭が乗せられ、静かな寝息をたてていた。


「『春眠暁を覚えず』、って所か。そろそろ春の季節かな」


先刻まで話をしていていつの間にか眠りについた二人を見ながら、マスターは誰に言うでもなく呟く。気候も冬の寒さから徐々に、暖かな春へと移り変わっていくのを肌で感じていた。同時に足に掛かる重みも感じながら、目を本へと向け直して動きを再開させる。暫くマスターがそうしていると、洗い物を終えたテトが部屋に入ってきた。


「二人とも眠っちゃったんですね」

「お疲れテトさん。悪いけど、タオルケット持ってきてくれる?」


読んでいた本を一旦閉じて、マスターはテトにそう言った。テトは返事をせずに部屋を出ていくと、直ぐに薄手のタオルケットを手に戻ってきた。一枚をマスターに手渡し横になるリンにかけ、マスターも同じようにレンの身体にかぶせた。


「ありがとう。動けなくてどうしようかと思ってたから」

「先週と比べると暖かくなってますが、まだ風は冷たいですからね」


そう言葉を交わしてマスターは本を開き、続きを読み始める。その隣で腰を降ろしたテトは、どこか暇を持て余してる様子だった。


「その本、面白いですか?」

「…ん?面白いよ。テトさんも読んでみる?」

「検討しておきます」


それからテトが口を閉ざしてしまえば、部屋にはまた本をめくる音だけ響く。生返事をしたマスターの意識は、相も変わらず本に集中したままだった―――隣に座っていた、テトの動く気配に気付かない程までに。


「………?」


読書に集中していたマスターの目の動きが、背中にふと掛かった重みによって止められた。首を動かして後ろを向くと、視界に入るのは特徴的な髪型に見慣れた髪の色。それらからマスターは、テトが背中にもたれ掛かった事を把握した。


「テトさん、何か用?」

「…別に、なんでもありませんよ」


いつも通りの声で、いつもの様にテトは答える。マスターからはテトの表情は見えないが背中に掛かる重みと、背中越しに伝わる体温にマスターはどこか安心感を覚えた。故に問い詰める事もなく、彼は顔を向き直して本に視線を落とす。
しかし直ぐに顔を上げ、栞を挟み込んで本を閉じた。その音を耳にしたテトが、「読まないんですか?」と尋ねてくる。


「うん、気になって集中できないから」

「…すみません、邪魔でしたよね」


テトが申し訳なさそうに言って、立ち上がろうとする。背中に掛かる重みが軽くなった事からテトの行動を察知したマスターは、彼女の手首を掴んで引き止めた。


「せっかくだし、何か話を聞かせて欲しいな」

「でも読書の邪魔では…」

「気になるのは本の内容で、今はテトさんに集中したいんだよ」

「…意味が分かりません」

「本なんていつでも読めるから、今はテトさんと一緒にいたいって事」


笑顔でそう言ったマスターは、軽くテトの腕を引いて元の位置に座らせた。その際に、二人の後頭部が軽くぶつかる。


「っ…マスター、もう少し丁寧に出来ませんか」

「てて…ごめん、テトさん」

「全く、アナタって人は…」


そう不満を呟くテトだったが、その声はどことなく嬉しそうに聞こえた。


「でも私からは、そんな話すような事はないですよ?」

「別に特別な事じゃなくていいよ。俺が仕事に行ってる間どうしてるのか、とかさ」

「そんな事でいいんですか?」


マスターからは、返事は返ってこなかった。その沈黙が了承の意志であると同時に、話を促しているようだ。テトは少し考えて、静かに話し始めた。


「マスターが仕事に行ったらまずは…掃除ですね。先に食器を洗ったり、洗濯したりして」

「二人は手伝ってたりしてる?」

「ええ、もちろん。リンちゃんとレンくんのおかげで、大分助かってますよ」


マスターが膝下に視線を落とし、寝息を立てる双子の顔を見る。自然と顔に微笑みが浮かび、優しく二人の頭を撫でた。


「そっか…で、その他には?」

「あとは…買い物ですね。そういえば、この間リンちゃんが―――」


マスターとテトは二人を起こさないよう、話をし続けた。とはいえ殆ど話しているのはテトで、マスターがそれにときどき相槌をしたり、笑ったり。互いにしている事は対称であったが、どちらも楽しそうな表情をしていた。時の流れすら、意識から外れてしまうくらいに。











日の光は弱くなり、その色は段々と夕焼けへと変化していた。しかしながら、まだ十分に明るさはあった。少なくとも、本の文字を読み取る上で支障がないくらいには。


「…さすがに、ちょっと疲れてきたかな」


そう呟いて自分の膝を枕代わりにする双子と、背中にもたれ掛かかっていつの間にか眠りについたテトに目を向ける。三人に重みを預けられたマスターは、ますます身動きがとれなくなっていた。足の方は既に、僅かに痺れが走りつつある。


(でも起こすのもなぁ…)


何度か起こそうとも考えたが、それぞれの寝顔を見るとそれがしのびなくなって、実行するまでに至らなかった。時計に目を向けると、午後四時を数分過ぎたところ。夕飯の時間を考えた結果、現状の維持をマスターは一人で決定した。


(それにもう少し、こうしていたいし)


双子はまだしも、テトがこういった行動をとるのは珍しい事だ。理由は分からないにせよ、今も伝わる温もりにマスターは嬉しさを覚えていた。後の結果は想像出来ていた、それでも彼は今のままを望んで本へと視線を戻した。















(とても口には出来ない、「構って欲しい」なんて)


ライセンス

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背中合わせ

ややテトマス(マステト?)寄りのほのぼの。こういう家族みたいなのは、読むのも書くのも好きです。

閲覧数:318

投稿日:2011/05/03 17:46:46

文字数:2,427文字

カテゴリ:小説

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