ある雪の日、俺は異世界に誘われた。


一瞬、何が起こったかわからなかった。

今日は寒いから夕飯は鍋にでもしようか、なんて考えながらスーパーから帰る途中だった。

近所の小さな神社の前を通りかかった時、「ここも数年でこんなに寂れてしまったなあ」と、なんとなく鳥居のひび割れを指でなぞった時だった。

急に目の前が真っ暗になって、気づけば俺は知らない場所に立っていた。




何を言っているかわからないだろう?

安心してくれ、俺にも全くもって何を言っているのかわかってないんだ。

さっきまで持っていたはずのスーパーの袋もないし、元々住んでいた場所よりもずいぶん寒い気がする。

それどころか雪まで降っている。ここ最近雪なんてちっとも降らなかったのに。

何がなんだかよくわからないけど、とりあえず歩くことにした。



数分歩くと、誰かが倒れているのに気づいた。


「おい!大丈夫か!」


呼びかけると、誰かは目を開けた。


「う…」

「大丈夫ですか?自分の名前、わかりますか?」

「わたし…わたしの、名前?……うーん……」

「とりあえず安全な場所に移動しますね。じっとしててください」

「はい。あの、ありがとうございます」


その人は自分の名前が思い出せないみたいだった。

今思い出したんだけど、この人、俺の幼なじみに似てるんだよ。

透き通るような桃色の髪。少し恥ずかしそうに笑う顔。

そいつは流花って言ったんだ。



小さな小屋を見つけ、中に暖炉があったので火をつける。

俺の上着も彼女に貸してやった。

どうしてあの場所に倒れていたのか。彼女はよく覚えていないらしい。

俺の状況も聞かれたけど、俺だってどうしてここにいるのかわからない。

そう言ったら彼女はひどく寂しそうな顔をした。

私はずっとこのままでいるのだろうかと。

その塞ぎ込む顔を見ているのが嫌で、俺はとにかく話をした。

最近あった面白い出来事。

普段から考えていたちょっとした疑問。

地元のとある学校での、泉に住む神様の話。

思いつく限り目一杯話をする俺に、彼女も段々笑っていった。



何時間か経って、幼なじみの話もした。

生まれた時から家が近所で、何をするにも一緒だった。

小学校でもずっと同じクラスで、互いに日が暮れるまで外で遊んでいた。

だけどある日、一緒に遊んでいる途中、彼女は消えてしまった。

かくれんぼをしていて、俺が鬼で、彼女を探し回った。

「もういいかい」に返事はなかった。

以来十数年間、流花はずっと行方不明のまま。




「ごめん、俺ばっかり喋ってる」

「いいの。じゃあ、私からもお話させて。楽園から追放された神様の話」


ある楽園に、たくさんの神様がいた。

ある神様はとても気が弱くて、でもとても優しい心の持ち主だった。

ある時人間の世界に大災害が起きて、食糧難でたくさんの人間が苦しんだ。

その神様は人間がかわいそうで、両親が死んでしまった飢える寸前の赤子を助けた。

その行為に他の神様が怒って、「下界の人間を直接助けてはいけない」ルールに反したとして、その神様は楽園から追放されてしまった。

追い出された神様は力の大半を奪われて、自分が住み着く場所を探した。

何年もかけて小さな空き地を見つけてそこに住み着いたら、いつの間にか人間が小さな神社を建ててくれたんだって。

神様はそれが嬉しくて、その地域の住人を見守るようになった。


そんな幸せも束の間、神様は自分が消滅寸前にあることに気がついた。

力の大半を奪われた以上、人間や他の生き物のように「体」という器を持たない神様は、長い間存在を保つことができない。

このままではこの地域の住人を見守る者がいなくなってしまう。

そんな時、昔助けた赤子が近くを通りかかった。

成長した少年に神様は頼み込んだ。

「私が消えれば、この街に降りかかる災厄を祓うことができなくなる。そうなればこの街はすぐに灰に変わるだろう。だから私の代わりにこの街を見守ってくれないか」

神様は、楽園の神達が自分を探し回って、自分が関わった街を消し去ることを知っていた。

神様といえど、その楽園は酷く閉じた世界だったんだろう。

心優しい少年は受け入れてしまった。


「……少年は神様の力を受け継いだ。だけど神様に成るということは人間ではなくなるということ。

少年は名前を奪われて、自分がどんな人間だったか全く思い出せなくなってしまった。

それから十数年経って、少年にも消滅の危機が訪れた。

所詮ただの人間である少年には神様の代わりは十数年しか持たない。少年は新しく代わりになる人間を探した。

……そのサイクルはまだ、何百年経っても受け継がれてるらしいんだって」


「ずいぶん酷い話だな」

「でしょ?でも災厄は祓い続けなければならない。自分が育った街を守らなきゃ、そういう心に漬け込むみたいね」



そこまで話して、彼女は突然立ち上がった。



「ねえ、私ね、思い出したことがあるの。今年は災厄の年。神様の力は段々弱くなる。このままいくと、この街は焼き払われてしまう」

「さっきの話の続き?」

「そう。あなたの話を聞いて、私は自分がやるべきことがわかった気がするの」

「おい、何言ってるんだよ?」

「私を助けてくれてありがとう。大丈夫。あなたは家に帰れる。だけどこれだけは覚えておいて」


「神様に魅入られた人間は、幸せにはなれないんだよ」



そう言って、彼女が暖炉の火に手をかざし、大きく横に振った。






気づけば、俺は家の中にいた。

スーパーの袋を玄関に置いたまま、すぐに家を飛び出す。

大人になって息があがる程走るなんて、子供の頃の俺が見たらきっと笑うだろう。

だけど俺は真剣だ。雪が降り続く中向かう先は、近所の小さな神社。



たどり着いた時には、そこはもう火の海に包まれていた。



かつて追放された神様への災厄。

それはかつての仲間たちの怒りの炎。

今年は災厄の年。だからこの社は焼かれているのだろう。


神様の力は弱くなる。

街全体を守ることができなくなり、だけど逆に一部分だけに災厄を受けることはできたのだろう。

周りが古い民家に囲まれているのに、燃えているのは小さな社だけだった。




黒焦げになった神社跡で、行方不明になっていた少女が当時の姿のまま冷たくなっていたらしい。

不思議と少女だけは火に巻き込まれた様子がなかった。




“神様の力を受け継いだ人間は、それまでの記憶と名前を奪われる”

自分が何者かもわからないまま、ずっとこの街を見守り続けていたのだろうか。

“神様に魅入られた人間は幸せにはなれない”

ならば彼女も、俺も、幸せにはなれない。

流花、君が神様に魅入られたあの日から、俺たち二人での幸せはとっくに消えた。




もういいかい?

こんなところに隠れていたらわからないよ。

これ以上、不幸の連鎖が起きることはない。

だから、もう代わりなんてやめていい。


もういいよ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】もういいかい

てぃあちゃんお誕生日おめでとう。
こんばんは、ゆるりーです。

神様に魅入られた人間の話。
「よくわからないよ!」という内容になっちゃいましたごめんなさい。てへ。

閲覧数:276

投稿日:2016/02/13 00:31:01

文字数:2,960文字

カテゴリ:小説

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    神のみならず物語で人外に魅入られた人間は割とロクな人生を歩まないことが多いですが、
    現実世界で誰にも魅入られず自分だけの世界に閉じこもる人生を歩む人間と比べたらどちらがマシなのでしょうねぇ。
    詰まるところどっちもロクでもないかもしれませんしそもそも比べる次元が違うかもしれないですが。

    ルカさんに住んでる町を守護されたい。
    今うちの町守護してんの日本ワースト10に入るほど汚いドブ沼の河童とウナギなんだもの……www

    2016/02/16 00:01:27

    • ゆるりー

      ゆるりー

      どうなんでしょう?
      実際に神様に好かれると、霊媒師とか神主さんとかでも対処できないほど厄介なことに巻き込まれるそうなので、まだどうにかなる余地があるという点では後者のほうがいいのかなとは思います。

      カッパとウナギ……あっ()

      2016/02/16 20:42:47

  • Tea Cat

    Tea Cat

    ご意見・ご感想

    ああああああああありがとうございます!!!!!
    模試がんばる活力になった(´∀`*)
    大丈夫、ゆるりー誕にはもっと意味の分からないものが出来上がるよ!!←
    ブクマもらっていきます☆にゃぁ

    2016/02/13 00:53:55

    • ゆるりー

      ゆるりー

      模試お疲れ(`・ω・´)
      大丈夫だ、問題ない!
      ブクマありがとう(^o^)

      2016/02/16 20:36:24

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