深夜二時。
モニターの光だけが部屋に残っていて、キーボードを叩く音がやけに静かに響いていた。
AIにコードを補完させながら、自分はただ“選ぶ”ことだけをしている瞬間がある。
どの設計を採用するか、どの言葉を残すか、どの体験を届けるか。昔より圧倒的に速く作れるようになったのに
不思議と「なぜ作るのか」という問いだけは、どんどん重たくなっている気がする。
コードは人間の願いを翻訳したものだと思う。
便利になりたい。
忘れたくない。
誰かと繋がりたい。
少しだけ楽になりたい。
そんな曖昧な感情を、関数やUIやデータベースに変換していく作業。
それが開発なのかもしれない。
昔の自分は、動くものを作るだけで満足していた。
エラーが消えれば嬉しかったし、速度が改善すれば達成感もあった。
でも今は、その先を考えるようになった。
この機能は誰の孤独を減らすんだろう。
この導線は誰かの不安を軽くできるだろうか。
そんなことを考え始めてから、仕事は単なる作業ではなくなった。
人はなぜ、何かを作り続けるのだろう。
たぶん、自分という存在が世界に触れた痕跡を残したいからだ。
音楽を作る人も、小説を書く人も、映像を撮る人も、そしてコードを書く人も、本質的には同じなのかもしれない。
見えない心を、見える形に変えようとしている。
画面の中には無数の文字列が並んでいる。
でもその奥には、感情や記憶や願いが流れている。
開発をしていると、ときどき機械と対話している感覚ではなく
人類全体の知恵の続きに触れているような気持ちになることがある。
誰かが残した技術の上に、また別の誰かが積み上げていく。
その連続の中に、自分も静かに参加している。
気づけば外が少し明るくなっていた。
保存して、実行して、また少しだけ世界を更新する。
たぶん今日も、人は「生きている証拠」を作るために何かを作り続けている。
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