目が、覚めた。


「出来た・・・」
音声を確認した。この声はどの物体が発する音なのだろうか。
「リン、こっちにおいで」
こっち、おいで。
その意味を瞬時に変換する。「こっちにおいで」と音を発した人物の元へ歩いてゆく。
「やっと逢えた!やっと、やっと、やっと・・・!」
涙、というものを流すその人物は、ワタシを抱きしめた。



――それが、新しいワタシと博士の出会いだった。











「博士、朝食の準備が出来ました」
「あ、ご苦労様、リン」
「そんな事ありません。これは博士がプログラミングした事でしょう?」
「そんな事言ってもね・・・」
いつもと変わらない朝。ワタシの視界には朝の光が映っている。
「さ、てと。いつもの研究でも始めますか」
朝食を食べ終わった博士が伸びをする。
「ワタシは、食器を洗って、磨いて、仕舞います」
「よろしくね」


皿を洗いながら思考する。

――ワタシは何故創り出されたのだろうか?――

何故。どうして。
この言葉をワタシが発した時、博士は笑った。微笑んだ。見た事が無い程に。
「君は、疑問を持っているのか?」
「博士がワタシを創ったんじゃないですか」
「そうだけれど・・・じゃあ、君は(ココロ)が分かるかい?」
ココロ――心。
「心とは、人間の精神作用のもとになるもの。
人間の精神の作用そのもの。
知識・感情・意思の総体。
おもわく。気持ち。思いやり、情け・・・です」
ワタシがそう答えると、博士は困った顔をした。
「うーん、そういう事じゃなくて、もっと抽象的にさ!理解できる?」
「抽象的、には難しいです」
「だ、よね・・・」

その時の博士は、とっても悲しい顔をしていた。


逆に、ワタシが博士に聞いた事もあった。
「博士は、何故ひとりなのですか?」
博士は、ワタシが何か聞いたときはとても喜んでくれる。なのに。
「う・・・ん。いろいろとあって、ね」
博士の答えは、なんだか釈然としないものだった。

その時の博士は、とっても寂しい顔をしていた。


心。
心=感情。
感情・・・感情。悲しい、寂しい。



そうか、博士は悲しいのだ。心をもっているから、悲しいのだ。
ワタシには、心は無い。故に悲しさも感じない。
博士には、心がある。故に悲しさを感じるのだ。




どうやって、ココロは消し去れるのでしょうか?





「消し去れたならば。
貴方が悲しみや寂しさを感じる事はなくなります。
消し去れるのなら、ワタシが消します」
博士に言った。そう言った。
「・・・リン?よく聞いてね。僕は、ココロを失いたくなんかないよ」
「何故?悲しみを進んで感じたいというんですか?」
「ココロはね、悲しい、寂しいって事以外にも、嬉しいとか楽しいとか、怒り、とかいろんな感情を理解して、感じる事ができるんだよ」
感じる事が「できる」。
「本当に君は、その事を思って、言葉を言えるかい?」
「ハイ。博士が悲しまないように、と思ったから今の事が言えたのです」
「それは、思いやりって事だね。悲しさから出た言葉はあるかい?」
「無いです」


「・・・じゃあ、君がココロを感じるのは、まだまだ先かもね」

「そもそも、(ココロ)の理解が、できません。ワタシの理解を超えています」

「・・・そうか」









しばらくして。





「時間が無いんだ」
唐突に、博士が言った。
「どういうことですか?」
「僕の命はもうすぐ尽きる。だから、君に分かって欲しいことがあるんだ」

え?

命が尽きる?

「それは博士が、死ぬ、という事ですか?」
「簡単に言ってくれるね・・・」
「それで、ワタシに分かって欲しい事とは?」
「・・・と。それは、(ココロ)だよ」
「またですか」
ワタシは、少し呆れたような声を出した。
ココロという言葉は、もう聞き飽きていたから。
「新しい言葉を教えて下さい」
「新しい言葉かぁ・・・(ありがとう)は?」
「感謝の意を表す言葉、ですね。それぐらいワタシも知っています」
「でも、大切な言葉だよ?よく覚えておきなさい」
「・・・?ハイ」












その数日後。

博士は、いなくなっていた。
安らかな笑顔で。






博士がいなくなっても、ワタシは何も感じなかった。
毎日が、淡々と過ぎてゆく・・・


でも。
やっぱり。

ココロ。気になってしまう。



(ありがとう)。とても大切な言葉だと博士は言った。

「ありがとう、博士」

呟いてみた。

「ありがとう、博士。ありがとう、博士。ありがとう、博士。ありがとう・・・」
ずっと言い続けた。そうすれば、ココロを理解できると思ったから。

目から、何かが滴り落ちた。

「ありがとう、博士。ありがとう、博士。ありがと・・・」
声が詰まる。
(涙)が床に落ちて。落ちて。落ち続けた。
「あ・・・あ、あ、・・・うわぁぁぁん!」
大声を出して、泣いた。

これが、悲しいという事なのか。

胸が苦しい。張り裂けそう。重い。
博士は、もうこの世にはいないのだ。
私と、しゃべる事も議論する事も何かを見るのも・・・できないのだ。

博士は、いなくなってしまったんだ――

死んでしまったんだ――












博士、私はココロが理解できたよ?
貴方ともう一回喋りたいよ?

私が生まれた理由。

貴方は、孤独は嫌だったのね?誰かと喋りたかったのね?
だから、私にココロを理解させようとして・・・



何か、この気持ちを博士に伝える方法があるだろうか。
一番いいのは、昔の貴方に直接メッセージを送る事。

うまく、いけばいいけど・・・













僕は苦悩していた。
リンに、ココロを分かって欲しい。それだけの事なのに・・・

ココロなんて、ロボットには分かるわけが無いのか・・・


不意に、リンが動き始めた。

「メッセージヲ受信シマス・・・発信元ハ・・・未来ノ」

未来の?
慌ててディスプレイを覗き込む。

「ワタシ」

未来の・・・リン?
ディスプレイに、光が溢れた――

「博士、私はココロが理解できました。
貴方は、嬉しいってこと、思いやり、悲しみを理解させてくれました。
博士に伝えたいことがあったので、メッセージを送ります」

こんな・・・嘘だろ?
リンの、涙混じりの声。

「ありがとう。この世に私を、生んでくれて。
ありがとう。一緒に過ごせた日々を・・・」

涙に濡れるリンの笑顔。

「ありがとう。貴方が私に、くれた、全て。
ありがとう。永遠に歌います。貴方のためならば。永遠に。ずっと、ずっと、ずっと・・・」

ぷつり。映像が途切れた。

ああ。未来の天使からの、メッセージ。
「アリガトウ」という言葉のリフレインが、頭の中で響いていた。
「出来た・・・」
ココロ。けして出来ないと思っていた、ココロが出来た。
リンを呼び寄せる。
「リン、こっちにおいで」
今までとどこかが違う笑顔で近づいてくる君。
ココロを持った君に、今やっと出会えた。
「やっと逢えた!やっと、やっと、やっと・・・!」

涙を流し、僕はリンを抱きしめた――






アリガトウ・・・






ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ココロ【を、小説化してみた】

瑠璃です。

何を思ったか、やってみたかったのでやりましたw



ココロはこちら⇒http://www.youtube.com/watchv=7XkmLj33Md0&feature=related

ココロ・キセキはこちら⇒http://www.youtube.com/watch?v=4-32OwCfe68&feature=related

でわでわ。

閲覧数:605

投稿日:2011/08/04 17:13:18

文字数:2,986文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    読みました! 悲しくて、けれど最終的には素敵な終わり方をする、良い作品ですね。
    心を理解する以前のリンの無機物っぽい描写も良かったです。
    素敵な作品、良かったです!

    2011/08/08 12:44:28

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