『娘のため…………だと?』


 クロスケの喉に爪を突き付けたまま、ロシアンが眉間にしわを寄せる。


 『どういうことだ?詳しく話してみろ。』


 少し凄みを効かせた声に、伏し目がちになりながら、クロスケはぽつりぽつりと語り出した。



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 三年前のことさ……。俺はこの町にふらりとやってきた。ちょうどあんたを探す旅にも少し飽きてきて、しばらくここに腰を落ち着けようとしたんだ。



 そこで俺は―――――一匹の黒猫と出会った。



 名を小雪って言ってな……俺と同じ純血の日本黒猫だった。もちろんそいつは普通猫だったが……俺らはお互い惹かれ合い、やがて番って―――――5匹の仔を得た。


 ……ところがだ。小雪は出産のとき、産道に火傷を負っちまったんだ……その時はなぜかはわからなかったけどな。……その時の怪我が元で、小雪は息を引き取った。


 それからの俺はきりきり舞いだった。小雪が残した5匹の仔猫を死なせるわけにはいかなかった。

 スーパーから粉ミルクを盗んだり、ペットショップから保温器具を掻っ攫ったり……人間に対して焔をけしかけて追っ払ったことも一度や二度じゃない。


 ……だが悲しいかな、雄親だけじゃとてもじゃねえが乳呑児の世話はできなかった……一匹、また一匹と仔が死んでいった……。

 そして残ったのはたった一匹の女の仔……。



 ……だが!その残った仔をよく見て俺は驚愕と感動に包まれた……!!





 その子は―――――生まれつきの猫又だったんだ……!!





 全て納得がいった。小雪の産道が焼けたのも、次々仔が死んでいく中でこの子だけ生き残ったのも。

 全ては、この子が猫又だったからなんだと。


 だがだからと言って、小雪の敵をとろうなんてことは考えなかった。むしろ感動で体が震えた……俺の血を、本当の意味で引いていてくれた、本当の俺の子なんだって……!!


 俺はその娘っ子に、『クロロ』と名付け、大切に育てた。

 猫又だからか、俺の拙い世話でもしっかりと育ってきてくれた。そして優しくて、元気な娘に育ってくれた。こんな俺に育てられたっていうのに、しっかり女の子してやがった。

 あいつと暮らす日々は、幸せな日々だった。こんな日々が、ずっと続けばいいと思ってた。



 ……………ところが……………。



 一年半前……クロロが一歳になったころだ。

 突然あいつは体調不良を訴えて倒れこんだ。それまで大した風邪も引いたことのなかったあいつが、いきなり『苦しい、息ができない』と言い出したんだ。

 訳が分からなかったが、とにかくこのままじゃいけねぇ……そう思った俺は、近所で一番の名医といわれる獣医に駆け込んだんだ。既にその頃、人間に化けることもできるようになってたのが幸いしたよ。



 獣医の爺さんの下した診断を聞いて……俺は目の前が真っ暗になるかと思った。

 そうかもしれないと思っていた。そうであってほしくないと思っていた。

 だが現実は非情だった―――――――――――――――





 クロロは……………『一重の猫又』だったんだ…………!!





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 『『一重の猫又』……だと?あの有名な『一重の猫又』か?』

 『……ああ、そうさ……!!』


 これまで黙ってクロスケの話を聞いていたロシアンが、わずかに眉を動かした。


 「え……ろ、ロシアンちゃん?なんなの、その『一重の猫又』って……!?」


 ルカが少し身を乗り出して尋ねると、ロシアンは振り向かず、クロスケの喉に爪を突き付けたまま答えた。


 『……『一重の猫又』ってのは、猫又と普通猫の間に、1/10000の確率で生まれると言われる突然変異種だ。2本の尾のうち片方の尾がボブ種のように短く、1歳を過ぎたころから虚弱体質を発現し、猫又という長寿生物でありながら3歳までの死亡率が100%といわれる、哀しい変種だよ。だがまさか……本当にそんなものが生まれるとは……!!』


 クロスケは虚ろな目で、再び話し出した。





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 運がいいことに、その医者はこれまでに数回『一重の猫又』を治療した経験があった。

 そこで早速、治してもらおうと思ったんだが――――――――――



 『『一重の猫又』の治療には、使い捨ての特殊な器具が必要になる。そうそう簡単には手に入らん代物なんだ。』

 『いっ、いくらかかる!?金なら多少は……!!』

 『多少じゃ足りん!!器具をすべて合わせて……5000万。そして手術後1年ほどの無菌室での治療が必要だ!!それも合わせると……1億は下らないんじゃ!!』

 『いっ……1億だとぉっ!!?』



 愕然とした。どれだけ強くたって猫又は猫又だ。人間のように金を稼ぐ手段なんか持ち合わせちゃいなかった。

 終わりだ。もうクロロを助けることなんてできない。そう思った……。





 ――――――――――その時だ。電光のように閃いたものがあった。



 俺ら猫は今まで自らの欲しい物はどうやって手に入れてきた?



 ―――――そうだ、倒して、追い出して、時には殺して奪い取ってきたじゃないか。



 今回だって何ら変わりない。



 相手が人間に変わっただけじゃないか。





 ―――――奪い取れ。搾り取れ。





 ―――――人間どもよ、わが娘の糧となってもらう。





 それからだ―――――俺が金を集めるために暴力団『黒猫組』を作り上げ、暴れ出したのは。





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 『……それが、お前が暴力団を立ち上げた理由か。』

 『……ああ。』


 滔々と語られたクロスケの過去。誰も、口を開くことができなかった。


 『……最初の1年は苦労したさ。俺はクロロの傍を離れるわけにはいかねえ……だが金も集めなきゃならねえ……だからと言って、銀行を襲うには戦力が足りなさすぎる……そこで、少しずつ金を集めながら、俺は何人かの人間を集めて『黒猫組』を立ち上げた。だが実際には、細々としか活動できなかった……なんせ人手が足りなかったからな。……風向きが変わったのは半年前だ。兄貴も知ってるであろう男……富岡悪之介が数人の腕利きを連れてうちに入ってきたんだ。おかげで一気に金が集まるようになった……1週間前までに5000万集めたんだ。あと5000万……あてもあったのに……まさかこんなところで……!!』


 クロスケが叫びながら地面を叩く。

 その様子を静かに眺めながら、ロシアンが訪ねた。


 『富岡親子を襲ったのはなぜだ?悪之介からの情報で、奴等が凄まじい借金を抱えていることは知っていたはずじゃねえのか?』

 『……あの富岡初美って女はな。確かに元暴力団の女で借金まみれにはなっていたが、元々は超がつく大富豪の娘なんだよ。旧姓は確か……『初嶋(そめじま)』といったはずだ。』

 「初嶋……初嶋!?え、あの有名な初嶋工業の初嶋!?」


 ルカが驚きの声を上げる。

 初嶋工業―――――それは、日本の機械工業の歴史を変えたとして有名な巨大企業だった。何よりも有名なのは、世界で初めて『バイオメタル』―――――ルカたちの体にも使われている生体金属の作成に成功したこと。

 誰もが知る大企業だが、その後継者については誰も知らないことでも有名だった。


 「そんな大企業の社長の娘……だっていうの!?初美さんが!?」

 『ああ、そうだよ。』


 ルカの問いかけに、クロスケがぶっきらぼうに答えた。


 『あの女の父親―――――すなわち初嶋工業の社長は、娘に殆どの拘束を掛けなかった。自分が行うことすべてに自ら責任を持たせるためにな。だがその代わり、娘そのものはひどく溺愛していて、常に監視員を一人か二人置いておき、その身に何かあればすぐに吹っ飛んでくる準備ができていたそうだ。だからあの女を斬れば……必ず初嶋の社長が飛んでくると考えた。そして初嶋工業の金を、奪い取れると考えていた……!!……息子のほうはついでさ。邪魔だったからな。』

 「このっ……外道!!!」


 ルカの怒りの声が響く。

 だがクロスケは―――――それよりも大きな声で叫んだ。


 『人間の命なんかよりもっ!!!……クロロの命は、俺にとっちゃ重いんだよ……!!大切な一人娘の命を救うためなら……俺は何人だって殺す。殺せる!!』


 苦しみが、伝わってきていた。

 大切な娘を自らの手で救いたいがために、手を汚し続けてきた猫又の叫びが、ルカたちの心に突き刺さる。

 しばしの静寂が流れた後―――――――――――――――





 『言いたいことはそれだけか?』





 ロシアンの無機質な声が響いた。


 『え?』


 ルカたちと、クロスケの声が重なった。

 依然として焔の爪をクロスケの喉に突き付けたままのロシアンは、蔑むような目つきでクロスケを見下ろした。


 『……おめーの言い分はよくわかった。だがなクロスケ……おめーは一番肝心なことを忘れてんぜ。』

 『な……なんだと!?』


 クロスケが唸るとロシアンは周りの人間たちをちらりと見てから、話しだした。


 『それはな……お前が猫で、お前が殺してきたものは人間だってことだよ。』

 『……?』

 『わからねえのか!?俺たち野生動物と、彼ら人間では決定的に違うものがあるんだよ!!人間は社会性動物だ……俺たちのような放浪者と違って、どこかしこに人のつながりがある!!誰かが死ねば多くの人間が悲しむ……お前が殺してきた者たちの死を悲しむ人間が、何万人いると思ってんだ!?どれほどお前にとって娘が大切な存在であろうとも……それだけは絶対に天秤にかけられねえ!!そしてな……野生の掟はあくまで野生の掟!!その掟を、既に野生から切り離された人間に持ち込むこともまた!!……知性と理性を授かった猫又が一番やっちゃいけねえんだ!!』


 そして片方の腕でクロスケを押さえつけ、焔の爪を高々と上げて―――――!!





 『野生と!!人間の切り離された社会との!!境界もわからねえ猫又を!!おめおめと生かしておくわけにはいかねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!!!!!!』





 クロスケの喉めがけて―――――振り下ろした!!





―――――その瞬間。





 「……っ、ダメええええええええええええええっ!!!!ロシアンちゃん止まってえええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!!!」





 ルカの絶叫が響き渡ると同時に―――――激しい破壊音と、土煙が上がった。


 再びの静寂が訪れて―――――。


 土煙が晴れたそこには―――――爪を地面に突き刺したロシアンの姿が。

 形成された3本の焔の爪。そのうちの2本が―――――クロスケの首を挟むように、地面に突き刺さっていた。


 『……!!』


 絶句したままのクロスケを横目で見てから、ロシアンは焔の爪を解いた。


 『……ルカに感謝しろよ。そうでなきゃ俺の爪は、確実に手前の喉をアタマごと消し飛ばしてたぜ。』


 そしてそのまま、ルカたちの元へと歩いていく。

 ルカの横を通り過ぎる瞬間―――――ぽつりとつぶやいた。



 『ありがとう、ルカ。もう少しで、『吾輩』は越えてはならぬ一線を越えてしまうところだった―――――。』



 「あ……!」


 『吾輩』。いつもの堅苦しく、真面目なロシアンが、そこにいた。


 その時。


 『ま……まって下せえ……兄貴……!』


 クロスケがふらつく足で立ち上がって、ロシアンを見据えた。


 『一度……娘に会っちゃくれませんかね……?俺を……ここまで狂わせた、俺の最愛の娘に……!』


 それを小さく睨みつけたロシアンは、やがてため息をついて、クロスケのほうに向きなおった。


 『……いいだろう、案内しろ。ルカ、お主らはどうする?』

 「え!?あー、えっと……。」


 調子のもどったロシアンに調子を狂わされ、しどろもどろになるルカ。

 その時、ミクが大慌てでルカに駆け寄ってきた。


 「たたたたたたたたたたたたた大変大変!!」

 「ど、どーしたのミク!?」

 「『黒猫組』の奴らみんな逃げてる!!」

 「えええええええええ!!!?」


 どうやら気づかぬ間に、天空塔から脱出していたようだ。

 それを聞いて、顔面蒼白になる松田。


 「んぬ泡wswれwr下dふぁえrgtdyjykhgt区jが!!!!俺の昇進がああああああああ!!!」

 「阿保かお前は―――――!!?んなこと言ってる暇があったら探しなさ――――――」


 そこまで言って、はっとしたルカ。


 その時―――――誰も感じなかったのだが、ルカにはしっかりと感じ取られた―――――森の奥から叩き付けられた、力強いメッセージ――――――





 ――――――――――――ここは拙者に任せるがよい――――――――――――





 「……!!皆、ロシアンちゃんについていきましょ!」

 「え……でも!?」

 「大丈夫。……『彼』を信じましょう。」


 戸惑うミク達を連れて、ルカは2頭の猫又の後ろをついていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ボーカロイド達の慰安旅行(16)~ロシアンとクロスケ-伍【想いと堕ちた心】~

クロスケの果てしない愛。
こんにちはTurndogです。

未成年かつ彼女なんてもんに縁遠いブサメンかつ昆虫馬鹿の私には子供を持つ親の気持ちをちゃんと理解することはできませぬが、少なくとももし私が娘を持ったとして、その娘が不治の病にかかって、その治療には大金がかかるなんてことになったら絶対こうするなあっとか考えながら書きました。
ん、誰だ今おまわりさんに電話したやつ。

そしてロシアンがようやく鎮火。目覚めてみればあっつい男だったロシアンですが、何のことはない考えてることはいつもどーりでしたねw
ん、誰だ今『ひゃは――――――!!とか言ってたろw』って言ったのは。

次回……逃げた組員の前に、白刃が舞います!

閲覧数:241

投稿日:2013/05/07 20:08:45

文字数:5,711文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    いや、いくら鬼人……あ、鬼猫化してるといっても、そこクロをやってしまったら……
    結局、自分で言った事を速攻で破るとこだったね
    クロにもクロ(娘)がいるんだからw

    え?あれは?
    過去に付き合ってなかった?
    あれは片思いだっけ?
    あ、でも、あれはただの猫時代か?

    2013/05/16 20:07:54

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      そういえばそうだなw
      案外血の気の多い猫又、ロシアン。

      付き合ってましたよー。
      でもあれは何だろう、片思いじゃないけど両想いでもないような・・・w

      2013/05/16 23:25:13

  • ゆるりー

    ゆるりー

    ご意見・ご感想

    イケメンロシアンが戻ってしまっt←
    クロさんクロさん、あなたが本当はすごく娘思いのいい人(いや…猫か)ってことはわかったが、大事なことを忘れてるぜ?
    それは…なんであんたリア充なん?((

    最後の人ってやっぱりアレですよね、紫のh
    「やかまし」(サクッ☆)
    おおおお卑怯プログラムが発動して閉じ込められちゃったんだぜ!?((どこに
    ちょっとカイト!何奇跡の監禁しちゃってるn「カイト{いや…俺じゃないけど]」
    ん?まさかあなたh…あのもちもちとした大福食べたかったああああああ(おい

    2013/05/07 23:45:01

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      どうせしばらくしたらまた来るに決まってr←
      娘想いすぎるが故に馬鹿やっちゃったどうしようもない猫ですww
      いやいやいや、むしろ逆なんだよゆるりーさん!
      300年も生きて誰とも付き合ってないロシアンのほうがおかしいんだ!←

      そりゃまぁあのがく(ry
      (シャキーン☆)
      ハッ!?……ふえああああああああああ(((

      2013/05/08 11:04:09

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