それは、名も無い時代の、誰も知らない御伽話。
物語の中心になるのは、名の無い少年。
少年はいつも一人だった。
来訪者の途絶えた小さな小さな集落で、その少年の格好はひどく目立つ。
村人は全員和服であるのに、彼は西洋の服を着ていた。
なんでも、他国の若き皇太子だそうだ。
だが、産まれついたときから普通でなかった。
母親は生後の少年の頭に生える角を見るなり大騒ぎし、自分の子であるにも関わらず、監禁することを決める。
少年を嫌ったのは王妃に留まらず、城中の誰もが避けていた。
彼が閉じ込められたのは塔の最上階。
手錠で壁と繋がれ、そこでその身に余る罰を受ける。
少し力を込めただけで、鎖は呆気なく壁から離れる。
自由になった少年は黒い服に着替え、真夜中の城をこっそりと抜け出した。
歳は十七、八くらいになる。
自分の誕生日を知らない上に年齢や月日を知らされていなかったので、正確なものはわからないが。
そんな無知でも、言葉は覚えた。
毎日心の内に巣食う『鬼』と対話していたため、会話も自然なものになってくる。
そうしてのらりくらりと旅をして、この集落に辿り着いた。
ただ、彼がここを見つけたわけではない。
集落の周辺まで来たところを、白いワンピースに長く綺麗な髪を揺らす一人の女性に見つかった。
その出で立ちから、彼女も他国の者だとわかる。
周囲から疎まれ続けていたので寧ろ嬉しく、悲しいことは何も無いけど、その女性は "君は悲しそうね。目からそう、伝わるわ。" と言って、夕焼け小焼けの中、少年の手を引いて集落へ連れた。
それからというもの、少年はその女性に御世話になっている。
あるときは食器を割って怒られ、あるときは雨の中を二人で歩いて。
叱られた後に優しくされたり、雨上がりに手を握られたりしたが、その優しさや温もりを少年は知らない。
何せ、十数年実の両親に監禁され続けてきたのだから。
それゆえ、本当は心が寒かった。
鬼の子といえど、寂しいと思う感情くらいは持ち合わせている。
あまりに辛く自殺を図ったこともあったが、常人でないからであろう、死ねなかった。
あの出来事が悪夢として現れないか、心配したこともある。
でもそう案ずることもなく、理不尽なことに、鬼の子は夢の一つも見れなかった。
少年がいくら思おうと、この話が誰かに知られることはない。
もっとも、彼自身がそうしたくなかった。
そして暫く月日が経った今、少年はふと『あの日』のことを思い出していた。
思い返すは吐き出すように流れ出る暴力と、蔑んだ目を向けられる毎日。
心と体を衰弱させて、抵抗力を無くそうという魂胆だろう。
そんなことをせずとも暴れたりしないが、心配性なのか恐れているのか、その手は緩まなかった。
『君』の存在に気づいたのは、城を抜けた後のこと。
各地を渡り歩いているとき、気づいたらそこに立っていた。
その少女は胸元の開いた黒いワンピースを着ていて、首と足には首輪と足枷を付け、少年と同じ髪色を顔の前で三つ編み状に結っている。
目も少年と同じだった。
周囲の人間に疎まれ、恐れられ。
少年は少女の前髪を捲って確認を取らずとも、出で立ちと雰囲気で同じ鬼の子だとわかった。
しかし少女は姿を現したきり、一度も少年に会いに来ない。
少年がそう思って外へ出かけた矢先、少女は、いた。
あのときと同じ格好で、表情で、滝の流れる森の中に、少女は――いた。
少女が放つ雰囲気に、少年は動じることができない。
話しかけたいと思うのに、口だけ自分のものではないように開かない。
少年はただ、少女の名が知りたかった。
すると少女は、口頭ではなく手話で対話を始める。
小さな手をスムーズに動かして "ごめんね。名前も舌もないんだ。" と伝えた。
そんなやりとりが続き、少年は少女は幼い頃、すぐに喋り出したのを気味悪がって、舌を抜かれたのだと知る。
すぐに捨てられたので名前がない、ということも。
そして少女は立ち上がり "一緒に帰ろう。" と示して、少年の手を引く。
お互い鬼の子であることを知られたら、居場所は無くなってしまうというのに。
集落に戻っても、少女が自身について語ることはなかった。
少年は結局、唯一の同じ鬼の子でありながら、少女のことをほとんど知らない。
年齢も知らないから、子供であるのかどうかもわからない。
成長が人間と同じなら、少女も少年と大差ない。
体のつくりがほぼ同じであった。
戻るときに少女は少年の手を握っていたが、それは女性の家に着いても終わらない。
少年はその女性以外に触れるのは初めてだったが、慣れない他人の手の温もりも感じることができた。
触れていると、生きているのが本当のことだと実感できる。
その晩、二人は隣り合って寝た。
少年が寝ようとすると、少女は彼の肩をトントンと叩く。
それから、少年は少女の話に付き合った。
彼女はまた経験談を話し、彼はそれを真剣に聞く。
今晩の話は、こうだ。
少女は少年に比べてもっと過酷な状況で、鬼の子だと判明した途端、殺して根絶やしにしようという話が持ち上がる。
少女は恐れをなして、聞いた翌日に逃げ出した。
ならば外をふらつくべきではないのでは、と少年は思う。
だがここで二人は眠くなり、外で雨の降る中眠りに落ちる。
少年少女は毎日日が暮れるまで遊んで、女性に捕まえられて帰宅し夜が明ける。
それの繰り返しなので、言わずもがな疲労は溜まった。
その女性は二人を養っているが、それは今の話だ。
真の姿を知れば、彼女もいずれは離れていくだろう。
少年は、それが恐かった。
恐いがゆえに、少女以外いなくなればいいのに、と思っている。
目覚めると、外が何やら騒がしいと気づく。
少年がカーテンを開けると、少女は震えた。
表情だけで、とても怯えているのがわかる。
少女はすぐに伝えてくれた。
" あれは私たちを殺しに来た。"
" 見つかれば殺されてしまう。"
" 早く逃げよう。"
と。
少女はそれを女性にも伝えた。
すると彼女は家の裏口を開けて、ここから出ろと逃げ道をつくってくれる。
彼女もまた、話を聞いて恐怖を抱いたのだろう。
庇うことも、心配してついてくることもしない。
いつもの暖かな笑みも、最早無機質な作り笑いだった。
二人は、自分たち以外の見知らぬ全人類の嘲笑う声や罵声が聞こえたような気がして、背筋を凍らせる。
少年はその声に抗う間もなく、少女に手を引かれて女性の家を飛び出した。
向かっている先がわからないので呼び止めようとしたが、名を知らない。
そのまま滝まで走り続けると、少女は "これからどうするの。" と訊いた。
少年にだって、これからのことなど知らない。
首を横に振る。
すると、すぐ近くで声がした。
姿こそ見えないが、声の主はわかる。
集落に乗り込んできた人々だろう。
怖がらせようとしているのか、稀に銃声が聞こえた。
相手は大人、少年少女は子供。
勝ち目などない。
抵抗も無駄だと察知してじっとしていると、やがて人々の姿が見えた。
しかし、今はこれでいいと、少年は思う。
無論、こうするしか術はなかった。
仕方のないことだが、本当にそう思う。
生き延びたところで、鬼の子は命を狙われ続ける。
ならば、一度死んでしまえばいい。
大人たちは二人が抵抗しないことを確認すると、迷うことなく引き金を引いた。
静かな森に、銃声が二発響き渡る。
驚いた鳥が飛び立つのと同時に、後ろに倒れた。
血液が混じり合う滝に流され、意識はほとんど薄れてゆく。
絶命する最期まで、二人は手を握っていた。
生まれ変わったら、次は普通の子として。
血の涙を流す少年少女の骸は、夕焼けの中に吸い込まれて消えていった。
End.
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