自分勝手なのは十分に分かってる。


<王国の薔薇.13>


遂に、人々の波は王宮まで押し寄せて来た。
もはやここにその波を遮るものは無い。今は城の外で様子を伺っている様だけれど、一昼夜もしないうちに攻め込んでくるに違いない。



流石に僕は慌てた。
急がないと、全てが台なしになってしまう。

とにかく、どうにかしてリンをここから逃がさなければ。


どうにか逃がそう―――そう思ったは良いけれど、肝心のリンはなかなか真面目に取り合ってはくれなかった。
だだっ広い謁見の間の中、最後に残った僕と王女だけが見つめ合う。

彼女は、今になっても動こうとしない。

「王女!お願いです、逃げましょう!」

必死で言い募っても、やはり彼女は動かない。

「どうして?」

代わりに、心底不思議そうにリンは問いかけてきた。

「どうして貴方、そんなに私を気にかけるのよ」



――――どうしてって。



何故そんな事を聞くんだろう。
僕は少し困惑した。

聞かなくたってわかると思っていた、のだけれど・・・

「それは、王女のことが大切ですから」

それは混ざり気のない本心の言葉。

しかし、返って来たのは否定の言葉だった。








「うそつき」








それは静かに、しかし叩き付けるように口にされた。


まさかの台詞だ。
だって、そんな。

うそ・・・だって?

「そんな事は」
「うそつきよ、貴方は」

言い募ろうとした言葉を遮って、リンは続ける。

「私のことが大切?貴方が?私を?大切にですって?馬鹿な事を言わないで」


冷たい言葉。突き放すような響き。

でも、僕を睨みつけるその目を見て、思わず駆け寄りたくなった。




彼女は誰も信じていない。
彼女は誰にも期待していない。


彼女は、ひたすらに孤独に苛まれていた。





「私は貴方に人殺しまでさせたのよ?なのに私を嫌っていないなんて、ある訳無いでしょう!」

段々彼女の声のトーンが上がる。


「さあ逃げなさいよ、他の奴らと同じように!憎い王女とやらに背を向けて、さっさとここから出ていったらどうなの!今私に媚びを売ったって無駄なのよ、残念ながらね!」


激昂していると言っても良い姿を見ながら、段々僕は哀しくなってきた。

彼女がここまで一人ぼっちだったなんて。



この王宮の中で、彼女が対等に会話できる相手なんていただろうか。

彼女の重荷を分け合える人なんていただろうか。

もしかして、あの王女の暴虐は重荷を独りで背負っていたが故のものだとしたら。
重荷、とは任務だとか義務だとかそんなものを指しているのではなく、心の負荷のことを表す。
淋しさという感情が簡単に心を蝕むのは僕だって知っていることだ。




それで全てが許されるわけでは無い。いや、許されてはいけない。

でも。





「王女―――」




いや。










「――――リン」










僕は、久しぶりに彼女に名前で呼び掛けた。




「確かに、君に言われたことで辛かった事は幾つもあるよ。やりたくないと思ったことだってやらないといけない時もあった」

思ったより優しい声になって、自分で苦笑する。

どうして今までこうしなかったんだろう。
臣下としての言葉でなく、「レン」として話しかけようとしなかったんだろう。

「でも―――リンを嫌うことも見捨てることも出来る訳無いじゃないか」

ぽかんとしてこちらを見返すリンに近づく。
ゆっくりと、静かに。

玉座に続く階段を一歩ずつ上る。








「だってただ一人の姉弟なんだから」







座ったまま彼女は僕を見上げる。
余りに無防備な表情に、また笑いが零れた。
頭に手を置くと、丁寧に手入れをされた髪がさらさらとした感触を伝えてくる。



リン。
例え世界中が敵になっても、僕だけは君を守りたい。





「全く困ったお姉ちゃんだね、リンは」





こっちにおいで、と手を取って引く。
今度は抵抗されなかった。

思ったより遥かに細いその手首を壊れ物のように感じながらも、謁見の間の隅に連れていく。
記憶が正しければ、広間側から開閉できる秘密の通路の入口があったはずだ。
小さい頃に二人で王宮を駆け回ったときに見つけた、狭くて細いいかにも「落ち延びる為の道」とでも言うべき通路。
指で探ると、確かに入口があるのがわかる。
よし、これなら。

一つ頷き、僕は前以て用意していた自分の服のスペアをリンに差し出した。

「リン、ほら、僕の服を貸してあげる。これを着てすぐにお逃げ」
「・・・え」
「同じ顔が同じ場所から二人も逃げたら、流石に目につくよ。僕は使用人の皆に知られているし、表から出る。反抗しなければ命までは取られないさ」
「ま、待って」
「とにかく着替えて。後ろ向いてるから」

ぐいぐいと服を押し付ける。
勢いに押されるように頷くリンを確かめてから後ろを向いた。

「脱いだドレスはどうするつもりなの?」
「彼等が来るまで時間がある。リンの部屋にすぐに返しに行けば問題はないよ」
「分かったわ」

面倒そうな手順を踏んで豪奢なドレスが床に蟠る音がする。




ごめん、リン。

こんな時に嘘ばかりついて、本当にごめん。

しかもそれにあんまり罪悪感がなくてごめん。





多分僕のしようとしていることは許されることじゃない。
本当ならリンに相応の罰を与えるべきなんだ。
皆の意志だから、というだけじゃない。リンの為にも、もしかしたらそちらの方が遥かに良いことなのかも。

だからごめん。

何度だって謝るし反省もするけど、後悔はしない。
これは飽くまで僕のわがままだ。

君が何も知らないまま死ぬ未来なんて、僕が見たくない。
だから嘘を沢山ついて君をここから逃がす。



無責任だ。そのあと君が生き残れるかどうかさえ分からないっていうのに。



でも、リン。



僕の前に君が死ぬなんて、
僕の前で君が死ぬなんて、


絶対に、嫌だから。




もしかしたらこれも僕の罪の一つになるのかも。
誰も幸せにならないかもしれないと知りつつこの道を選ぶ僕。
正義とは程遠い。









リン。
君が悪なら、僕だって悪だ。

同じ血を継ぎ、同じ罪を犯し、きっと同じ痛みを背負う。

そこには多分、違いなんて無い。











――――ちょっと頭を過ぎったことがある。

もしかしたらこの想いは、恋と愛の違いなのかもしれない。
最後の最後、リンを選んだこの想いは。

ミクさんへの想いは愛じゃない。恋だった。カイトさんへの憧れもまた、愛じゃなく恋に近いだろう。遠くから見て焦がれるような、そんな感情だった。
リンに対しては愛。家族や友人に対する感情。心の深くに根差して、なかなか枯れない思いだ。

・・・でも、本当に彼女を愛してると言うなら、こんな結末にしてはいけなかった。許すだけでなく諌めるのもまた、愛の一つなんだから。
諌めることを忘れた愛は、愛じゃない。


だからリン。最後の最後、捨て台詞は言わせてもらうね?

言い逃げになるけど、出来たら許して。
無理ならいいよ、許さないままで。






「レン、着替えたわ」

リンの声に、僕は笑顔で振り向いた。

「じゃ、行こうか」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

王国の薔薇.13

反省はするけど、後悔はしない
・・・・なんのタグでしょうねー。
書いてて「これどうしよう」と思ったけど、一番適切な表現な気がしたのでそのままで。


レンは怒られてからというもの、リンを面と向かって「リン」と呼ぶことはなかったし敬語のままでした。
それが取れたら、頑固なリンも動くかなーと言うことでこうなりました。
いや、なんかリンが全然逃げてくれなかったから・・・


あ、あの愛と恋の違いは個人解釈です。
恋人には恋。それが愛に変わって結婚だとかに踏み切れる。だから家族は愛。
まあ親愛とか友愛とかも「愛」なんだよね。と。

あと、私はレンの選んだ道が「リンのため」だとは絶対に認めない派です!
結局、突き詰めてしまえば人は自分のために生きている、が主義なので。
だからレンは「リンのために」ではなく、「自分が嫌だから」リンを守る道を選んだ、という事で。

まあそのへんぐだぐだ考えてるとだんだん訳分からなくなってくるのでさらっと流して下さい。

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投稿日:2010/01/08 05:04:30

文字数:3,051文字

カテゴリ:小説

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