テレビ制作会社での番組編集、そして広告映像制作を経て、現在はショート動画を専門に
企業のブランディングや教育系コンテンツの制作を手掛けている。
日々モニターに向かい、限られた秒数の中にメッセージを凝縮させる作業を繰り返す中で、ふと気づくことがある。
それは映像を作り込むという行為は、突き詰めれば
「自分自身を削ぎ落とし、裸にしていく作業」なのだということだ。
若い頃の私はどこか「こう見られたい」「世の中の流行に合わせなければならない」という鎧をまとっていた。
テレビ番組の編集に没頭し、トレンドを追いかけ、求められる正解を効率よく形にすることが
プロの仕事だと信じ込んでいた。しかし、独立し、企業や教育の現場で本質的な価値に向き合うようになってから
そのアプローチでは心の底から納得できるものが作れないと気づいた。
流行り廃りの激しいショート動画の世界だからこそ、一過性のバズや表面的なテクニックに頼るのではなく
「自分は何を美しいと感じ、何を本当に伝えたいのか」という自身の軸が問われる。
他人の評価や時代の風潮に合わせるのをやめ、自分が信じる編集や演出を貫く。
そうやって不要な見栄や恐れを手放していくたびに、映像の輪郭がクリアになると同時に
不思議と自分自身の輪郭もハッキリしていくような感覚を覚える。
仕事とは自分を偽って社会に合わせるための手段ではないのかもしれない。
むしろ、表現を磨き誰かの心に届く本質的な価値を追求し続けることで、纏っていた鎧が一枚ずつ剥がれ落ち
より「ありのままの自分」に還っていくプロセスなのだと思う。
今日も編集のタイムラインに向き合いながら、飾らない自分の感性を信じて一本の動画を世に送り出す。
動画の可能性を追求するその道程のすべてが私をより私らしくしてくれると信じている。
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